第四十一章 異世界情報整理学事始め 1.厚紙とカード(その1)
「さて……早めに済ませておくべき事は大体済ませたし……そろそろ厚紙の準備に取りかかるかな……」
ローレンセンで紙を入手する事はできたが、その品質は想像以上に良くなかった。高級紙はそれなりの品質なのだが、お値段の方もそれなりであって、メモに殴り書きにと気安く使えるようなものではない。
なのでユーリは、日常持ち歩くメモ用紙にはお値段も手頃な中級紙を使い、清書して保管する分に自作の紙を使う事にしていた。ちなみにローレンセンで購入した中級紙は、転生前の去来笑有理の父親が藁半紙と呼んでいたものとほぼ同等である。対して、ユーリ自作の紙は手漉き和紙に相当。品質に大きな差があった。
その品質差が問題として顕在化した結果が、メモ帳の表紙に結び付いたわけだが……これには少々説明が必要だろう。
今まで使用していた自作の紙は、基本的に和紙に準じた製法と品質であったため、懐中に入れて持ち歩いても表紙が擦り切れるような事は無かった。まぁ、擦り切れる前に使い切っていたわけだが。
ところがローレンセンの町で購入した中級紙は、自作の紙に較べるとずっと脆い。いつものように懐中に入れていたら、早々に一番外側の紙が破れていた。
これでは色々と差し支えが出ると思ったユーリが採った対策が、厚紙の表紙を付ける事であった。
「まぁ単純に、紙を漉く時に厚めに漉くだけの事なんだけど……パルプの使用量が増えるんだよな」
とは言え、メモ帳の表紙に使う分など高が知れている。然程心配する必要はあるまい。そう考えていたユーリであったが、厚紙からの連想で思い出した事があった。
「厚紙でカードを作ったら、データベースの構築が可能かな?」
――再三述べてきた事だが、ユーリは稀に見る記録魔である。日常生活の中で気付いた事思い付いた事はその都度メモに残し、就寝前にそれらを清書しておくのを日課としていた。
そうやって貯め込んだデータは、随時使えるように整理しておかねば、単なる死蔵品と同じである。生前の有理はデータベースソフトを活用する事でそれを成し遂げていたが、ここフォア世界にそんな便利なものは無い。密かに魔法に期待していたユーリであったが、それとなくアドンやクドルに訊ねても、そういった類の技術は存在していないようであった。
なのでデータベースの構築は半ば諦めていたユーリであったが、厚紙からデータカードを連想し、そこでとある物品の事を――向こうの地球世界では既に忘れ去られた情報整理技術の事を思い出したのである。
――「縁穴カード」。英語でHole-sort cardなどと呼ばれるものであった。
長方形の紙製カードの周囲に二列の穴が開けてあるもので、それぞれの穴に適当な検索語を割り当てておく。記載された内容に該当する検索語の穴の縁を切り、外に向けて開いた状態にして保管しておく。保管の際に特に類別や整理は必要無い。情報を検索する時には、当該検索語の穴に棒を通して振り回すと、切り欠きのある、すなわち件の検索語にヒットしたカードだけが落下するという仕組みであった。
カードが紙製であるため傷むのが避けられない事、莫大な量のデータを扱うには不向きである事などから、データベースソフトの発展に伴って姿を消したが、個人で扱う程度のデータであればそこまで不自由は無いし、何より彼により、現状で他のデータベースシステムは構築できそうにない。
「僕の記憶だけだと怪しいし、何よりブンザ師匠が遺したメモ類を整理しておかないと、折角のデータも宝の持ち腐れだしね」
直接に教えを受けたわけではないが、チッポ村の錬金術師ブンザ(故人)が遺したあれこれは、ユーリにとって非常に有益なものであった。山のようにあるデータを上手く活用できるかどうかは、大袈裟でなくユーリの将来を左右しかねない。そのデータを整理するという事は、極めて重要な案件であると言えた。
「問題は、同一規格のカードを量産する方法なんだけど……」
同じサイズのカードを作るのは、木枠さえあればそれほど難しくはない。カードに枠線や罫線を記すのも、版画の技術を使えば何とかなるだろう。残る問題は、カードの周囲の寸分違わぬ位置にきちんと穴を開けていく事なのだが……
「……こういう事に使うとは思わなかったけど……買っておいて好かったな……」
ユーリの目の前には一組の道具があった。