第三章 明日のために 1.住環境の改善のために(その1)
当面必要な事を済ませてしまうと、ユーリは今後の計画について考え始めた。
基本的にユーリは臆病なほどに用心深く、安全マージンを充分に取った上で行動に移る性格である。生前は発病・入院というアクシデントのせいでその主義を充分に活かす事はできなかったが、ここは異世界。いつ、どこで、何が起こるか判らない世界である。不測の事態に備えておくのは当然かつ必要な事……という判断の下に、ユーリは余裕を持った計画を立てていこうとして……
「……紙が無い……」
トイレで用を済ませた後に出てきそうな台詞であるが、実際は考えを纏め、記録しておくための紙が無いという事である。
紙など生活必需品ではないという意見もあろうが、記録魔にして計画魔のユーリにとってみれば、記録媒体が無いという事は不都合極まる事態である。早急に対処すべき問題の筆頭に挙げられたのも、蓋し当然であったろう。
とりあえずこの時は、土魔法で作製した石版の表面に、これも土魔法で文字を刻む事で乗り切ったが……
「……耐久性は高いだろうけど……やっぱり重いし、嵩張るのもなぁ……」
◆記録媒体と筆記用具の確保
――が、解決すべき課題としてまず挙げられた。
ここフォア世界でも既に紙は作られているらしく、製紙原料となる植物についても【田舎暮らし指南】に情報があった。紙漉の手順も載っているため、原料さえ見つかれば、紙を作るのも難しくはなさそうな気がする。
しかし、それは後に回して……
「さてと……改めて、最初は衣食住の住から始めるか」
快適なだけでなく安全な住居の確保ができてこそ、それ以降の課題を考える余裕もできてくる。まず着手すべきは住環境の整備だと考えて、ユーリは現在の問題点と改善すべき課題を挙げていく。
◆住環境の改善
・防衛設備の構築
・家屋の高床化
・竈の改造
・煙突の追加
・照明器具の作製
・暖房設備の追加
・風呂の増築
・敷物の確保
・燃料の確保
・木材の確保
・雨具の作製
既に老朽化して役に立たなくなっている村の柵をどうにかする必要があるが、これは土魔法でどうにかするしかない。村全体を囲うのには時間がかかるだろうし、当面は自宅の周辺だけでも壁で囲っておいた方が良いだろう。
防壁について予定を決めたところで、ユーリは自宅の改築について考える。元日本人であるユーリにしてみれば、土間での生活というのはどうにも馴染めない。できれば日本式の家屋が欲しいところであるが、廃村には改築用の木材など無い。空き家を解体すれば若干の木材は手に入るだろうが、今度はそれを加工するための大工道具が全く無い。それに、木材欲しさに無闇に建物を解体するのも下策のような気がする。
そういう判断から、ユーリは次善の策として、土魔法で部屋の高床化を実行した。幸い天井が高かったので、壁や柱は弄らずに、内部の床だけを高くしてある。ただし、入り口から入ってすぐの台所の半分強、およそ十五畳ほどは、敢えて低いままにしてある。かつての日本の農家などでは普通に見られた構造だ。奥の方は高床化して食堂にしたが、そこだけでも十二畳ほどの広さがある。ユーリ一人では持て余すのだが、あまり狭い食堂にするのも構造上面倒なのである。食卓なんて気の利いたものは残されてなかった――最初から無かった可能性もあるが――ので、これも土魔法でサクッと作った。
ちなみに、表口とは対角の位置、物置に使う予定の端の部屋にも角に裏口があるのだが、そこも入ってすぐの部分は、沓脱ぎとして低いままにしてある。
木造の床と違い、土魔法で底上げした床は石造りのようなもので、冬にはひんやりと冷たくなるだろうが、そこは敷物でどうにかするしかない。毛皮か、あるいは蓆でも編む必要があるだろう。