第四十章 樽の中から生まれたもの 3.再びワイン
ブランデーの蒸溜――初溜と再溜――と貯蔵を済ませたユーリは、残ったワインの樽に眼を向けた。ここに残っている分は、調味料兼飲用という名目で購入してきた分である。甘味が強く、度数は――ユーリの好みからすれば――やや低いが、それでもこの国では上等な酒の部類に入る。ただしユーリとしては、これらの全てをそのまま飲もうとは考えていなかった。
「うん、やっぱり糖度が高いや。……って事は、樽のまま一年寝かせておけば、酵母が残っている糖分を使って醗酵を進めてくれないかな?」
火入れによって酵母を殺してあればそんな期待はできないが、【鑑定】してみたところでは、どうやら火入れはしていないようだ。そんなだから酒が長保ちしないのだろうが、今のユーリには好都合である。
「とりあえず一樽はこのまま一年ほど寝かせて……残りの分も幾つかは、壜熟成に廻してみようか」
ワインのボトルの形状は時代につれて変化してきて、最終的に前世で見ていた形に落ち着いたらしい。要はあの形が最適というわけだ。なのでユーリはサクサクと、見慣れた形のワインボトルを作成していく。魔法を使っての物づくりにもすっかり慣れた。寧ろ、魔法の方が妙な方向に特化しているのが気懸かりである。
前世のワインボトルと言えばコルク栓が不可欠なのだが、幸いにしてユーリは森でコルクのような樹皮を回収している。今まであまり使う機会は無かったが、ワインの栓に使われるのなら樹皮だって本望だろう。栓抜きのためのコルクスクリューはローレンセンでも見かけなかったが、形などは判っているのだし、必要なら自作すればいいだけだ。
「よしっ。あとは壜に詰めていくだけだね」
十二歳の初心者とは思えない手際で、てきぱきとワインの壜詰めを済ませていくユーリ。無心に壜詰め作業を進めていき、気が付くと五十本ほどのボトルが並んでいた。
「……やり過ぎたかな? ……まぁ、そうそう大量に飲んだら身体にも悪いし……残っている分でも、きっと充分だよね……」
残っている分だけで来春まで保つかどうか、そっちの方を気にしていたらしい。十二歳の子供の考える事ではない。
ともあれ、足りなくなったら壜詰めした分を開ければいいと、割り切る事にしたようだ。
「あっ……と、その前に……壜詰めした分は殺菌して酵母を殺しておかないと……」
このままでは壜の中に残った酵母などの微生物が勝手に反応を進めてしまい、品質が劣化する虞がある。なので火入れなどのパスツリゼーション処理を行なう必要があるのだが……今回はチルド設定をしないまま【収納】に放り込む事で始末を付けた。【収納】には生物は保管できない事を逆手に取った一種の小技なのだが、今回は手間というより加熱処理による変質を嫌ったようだ。
「で、これを保存しておくわけだけど……ワインセラーとかだと、壜の口が下になるように、少し傾けて棚に並べてたよね……」
――そんな棚など、無い。
無い以上は作るしかないのだが……
「問題は、木材の方もあまり余裕が無いって事なんだよなぁ」
ローレンセンで結構な量を購入してきたとはいえ、家々の補修にもそれなりの分量を消費した。その他、あれやこれや細々した事にも使った結果、残っているのはけして多いとは言えない分量でしかない。万一の場合への備えを考えるならば、残っている木材には手を着けない方が良いだろう。
「……だったら……この際、パーティクルボードで作るしかないか……」
ケンファの心材を原料にしたパーティクルボードは、幸いそれなりのストックがある。ものがパーティクルボードなので、構造材には使えないが、本棚くらいになら使えた筈だ。
「……棚が壊れてボトルが落下、割れてしまって中身がおじゃん……なんてオチは願い下げだけど……他に方法も無いし……最悪、来春にローレンセンで木材を買ってくるまでの繋ぎでもいいわけだし……」
という次第でパーティクルボードの採用が決定する。普通に鋸で切ると、切断面からポロポロと崩れてきそうな気がするので、製作は全て木魔法で行なう。【木材変形】を使えばあっという間だ。
「その代わり表には出せない仕上がりになったけど……まぁ、いいや」
どうせ酒蔵などに他人を案内する事はあるまい。なら、これで充分だ。
「……念のために、ボードは強化しておくか。【木質強化】が使えるかな……よし、大丈夫だね」
【鑑定】結果が《強化パーティクルボード》になっているのを確認し、ついでにその説明に《……硬木並みの剛性を持つ……》という記述があるのを見て安心する。これならワインボトルの五十本や百本、余裕で支える事ができるだろう。
……そんな代物を作ってしまった事を、安心していいのかどうかは疑わしいのだが。
「棚板の途中々々に支持用の板を置いたし、板が撓む心配は無いかな。どうせ時々は熟成の様子とか見に来るわけだし、そのついでに棚の様子もチェックすればいいや」
斯くしてユーリ宅の地下室は、その一画がワインセラーへとジョブチェンジを果たしたのであった。