第三十九章 豆腐 2.実作
「確か……江戸の豆腐屋さんは、石臼で豆を潰してたっけ」
石臼なら小麦粉を挽くのに使っているものがある。転生早々に土魔法で作ったものだが……豆腐作りに使うには大きすぎるような気がする。穀物の投入口なども麦類に合わせているので、ふやかして膨らんだソヤ豆だと少し窮屈かもしれない。
「だったら、別に作った方が早いよね」
土魔法での道具作製もすっかり手慣れたとばかりに、瞬く間に豆臼を作り出すユーリ。何はともあれ上手くいくかどうか試してみるのが先だ。不具合があったら直す必要があるが、これも土魔法でやれば時間はかからない。
幸いにして大きな変更も必要無く、ユーリは好い感じにソヤ豆を潰していった。
「えぇと……〝潰したものを呉と云い、沸騰させた水にこれを混ぜる〟――か。水の量は……あ……木綿豆腐にするか絹ごし豆腐にするかで、水の割合が違ってくるんだ……」
個人的には絹ごしの方が好みだが、ユーリには一つ気に掛かっている事があった。豆腐の製法をエンド村に伝えるかどうかである。
大豆ことソヤ豆は既にエンド村に渡してあるし、こちらの世界でも一部で栽培されているらしい。ただ、なぜか豆腐にする事は無く、乾燥したものを水で戻して煮て食べるのが一般的らしい。未熟なまま収穫して塩茹でにする枝豆の食べ方は珍しいらしく、オーデル老人は少し驚いていた。この秋の収穫量は微々たるものだったので、全て来年の種蒔き用に廻すそうだ。試供品としてユーリが持ち込んだ枝豆は大変好評で、乾燥させずにこのまま食べるのが主流になりそうな勢いだった。
しかし、やはり万一に備えて保存に廻す分もあるようで、それらは水で戻して煮るように教えたが……
「確か……大豆の場合は煮豆よりも豆腐とか納豆に加工するのが多いんじゃなかったかな。あとは油の原料とか」
発酵菌が酒造りを攪乱しそうな納豆はともかく、豆腐ぐらいは教えた方が良いのではないかという気がしないでもない。これ以上目立つのは回避したいが、オーデル老人やドナたちの食生活を改善するためなら、多少の事は我慢すべきだろうか。村人たちに頼み込めば、黙っていてくれるかもしれないが……
それはともかく、ここで問題になるのが豆腐の日保ちである。水分の多い豆腐は傷み易く、作ったその日のうちに食べるのが原則だ。ただし、それでは色々と使い勝手が悪いのも事実である。高野豆腐、一名凍み豆腐のように、凍結乾燥させて日保ちを改善する方法もあるが……
「確か、中国の豆腐は水分を抜く事で日保ちを良くしていたんだよね」
いわゆる豆腐干というやつだ。布で包んで重しをかけ、水分を抜く事で日保ちを良くする。要は木綿豆腐の強化版である。
「それを考えると、木綿豆腐を作って試しておくべきなのかもしれないけど……いいや、両方作っちゃおう」
子供ならではの思い切りの良さで、含水量を変えた呉を二種類作る。それぞれを絞って豆乳とおからに分離するまでは問題無かったが、説明文の次の箇所で引っかかる事になった。
「消泡剤……って、何?」
【鑑定】先生にお伺いを立てると、何でも大豆にはサポニンが含まれており、これは石鹸と同じようなものらしい。加熱すると盛大に泡立ち、そのままでは次の苦汁添加の工程が上手く進まないため、この泡を除く必要があるらしい。
「前にテレビで作り方を見た時には、そんなものは使ってなかったと思うけど……あ~……丁寧に泡を掬ってやればいいのか」
大量生産する場合にはそんな手間暇はかけられないので、消泡剤に頼るらしい。ちなみに、能く使われている消泡剤の一つが珪素系のものなので、錬金術で作れなくもなさそうではあるが……
「エンド村に教える事を考えたら、余計なものは使わない方が良いか」
――という判断の下、手作業で泡を掬い取る方法で作る事にする。大量生産するつもりは無いのだから、それで充分だろうと思っていたのだが……
「うわぁっっ! 噴きこぼれる噴きこぼれ――あわわ……」
慣れない作業に四苦八苦する事になったが、それでもどうにか噴きこぼれないように火加減を注意しつつ、丹念に泡を掬っていく。この時掻き混ぜる手が疎かになると、途端に呉が焦げ付くから要注意である。薄めていない絹ごし用の豆乳は特に焦げ易く……
「あ~……駄目だ……焦げ付いた。これ、火加減と掻き混ぜと掬い取りと……全部手作業だけでやろうというのが無理なんじゃないかな……」
――そんな事は無い。
豆腐職人は無論、家庭の主婦でもやっている事だ。……まぁ、火加減の方はコンロなりIHヒーターなりで火力を一定に保ってはいるが。
「……うん。温度管理は火魔法、掻き混ぜは水魔法でやろう。一定の状態に保つだけなら、面倒な調整は要らないだろうしね」
慣れてしまえば手作業でもできるだろうが、初心者の子供がいきなりやるにはハードルが高かったようだ。諦めて魔法を使う事にする。
……魔法の併行発動の方が難しいのではないかという疑問など、思い浮かぶ事も無かった。……まぁ、誰しも向き不向きというのはあるものだ。
粗方掬い取ったところで、苦汁打ちに移る。
「えーと……絹ごしの方はこのまま枠に入れて固めるのか。木綿の方は……少し固まったところで取り出して、布を敷いた枠に流し込んで固めるわけね」
その後の工程では特にトラブルも無く――木綿に乗せた重しが重過ぎて潰れそうになったが、未遂だから問題無い――二種類の豆腐が出来上がった。
「……今更だけど、豆腐作りには水質が大事だって言われてたような……」
出来上がった後になって重要な条件を思い出すが、それも含めての実験だと割り切って試食に移る。……別に自分を誤魔化しているわけではない。ないったらない。
「……うん、うんうん、初めての割りには上出来じゃないかな」
五年ぶりに食べたという事で評価が甘くなっているのかもしれないが、それでも久しぶりの冷や奴は殊の外美味しく感じられた。醤油の代わりに肉醤で食べてみたのだが、これも中々乙なものである。
「ただ……この味と食感が村の人たちに受け容れられるかどうかは……これは判らないな」
豆腐ステーキや田楽焼きという手もあるが、味噌も醤油も無い現状では美味いものになるかどうか自信が無い。湯豆腐のようにスープの具材に使う事はできるだろうが、やはり味が淡泊過ぎるかもしれない。まぁ、そこまでユーリが気を遣う必要は無いのだが、どうせなら故郷の味を美味いと思ってほしいのが人情である。
はてさてと考え込んだユーリであったが、生前酒のアテとして食べたものの中に、豆腐の加工品があった事を思い出す。それも二種類。
そのうち、「豆腐よう」というのは確か、豆腐を麹と一緒に泡盛だか焼酎だかに漬け込んだものだった。どちらも手元に無いからこれは無理。しかしもう一方は……
「確か……豆腐を塩漬けにしたものだっけ。チーズみたいな感じで悪くなかった。塩豆腐っていってたよね……」