第三十七章 木工への遠い道 3.人形師
一服した後で、昨日途中まで彫った像を、ただの人物像に変更して最後まで仕上げる。習作という形になったが、出来自体はそう悪くない気もするので、これはこれで残しておきたい。
「……て言うか、【仏師】なんてスキルが解放されたのは、うっかり神様の像なんか彫っちゃったからだよね? だったら……」
――神像以外のものを彫れば、普通に【木工】スキルが生えたのではないか?
半ば意地になったユーリは、【木工】スキルを覚醒させるべく、新たに何かを彫る事を決意するのであった。……まぁ、今日はもう遅いので、明日からの事になるのだが。
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「う~ん」
ユーリは悩んでいた。ただ彫るだけなら題材は幾らでも思い付くが、無目的に彫れるほど木材に余裕があるわけではない。できれば何かの役に立つものを彫りたいのだが……
「轆轤とかあればお椀でも挽くっていう選択肢もあったんだろうけど……」
――この村にはそんな機材は残されていない。さすがにローレンセンの道具屋でもそういうものは見かけなかったし、第一、探そうとも思わなかった。
はてさて何を作ろうかと思案していたところ、轆轤挽きで作るという事から小芥子人形の事を連想し……
「あ、セナへのお土産用に人形を作るのはどうかな?」
姉とともにこの国へ流れてきたセナはまだ七歳。日本で言えば小学校の低学年。まだまだお人形遊びがしたい年頃だろう……と、ユーリは前世の記憶で判断しているが、この国の子供で人形を買ってもらえる、あるいは作ってもらえるような子はほんの一部である。女の子がお人形遊びをしないわけではないが、そういった「お人形」は木切れであったり粘土を固めたものであったりで、その「服」もボロ布と言うのが普通であった。
しかし、そんなこの世界の事情など、元・現代日本人にして現・引き籠もりのユーリが知るわけがない。セナに渡す人形をどうやって作ろうかと頭を悩ませていた。
できれば【木工】スキルの解放を期待して木彫りで作りたいところであるが、女の子が喜ぶような出来になるかどうか自信は無い。【木材変形】を使えばもう少し良い出来になるかもしれないが、作り方を説明できないような仕上がりになるのも目に見えている。一応粘土は見つけてあるので、陶製のビスクドールのようなものも作れるかもしれないが……
「焼き方とか能く判らないし、第一、焼き物用の窯なんか無いからなぁ……」
今回のところは見送るしか無いだろう。
残された選択肢としては縫いぐるみや編みぐるみがあるが……
「布も毛糸も、木材以上に払底してるからなぁ……」
中に詰めるボロ布などここには無い。干し草か何かを軟らかくして詰め込むという手もあるが、そもそも縫いぐるみに使えそうな布が無い。ユーリがローレンセンで買ってきたのは、実用一点張りの布と糸。可愛い縫いぐるみには向いていない。
結局のところは消去法で、人形は木製という事に決まった。ただし完全な木彫りではなく、ビスクドールと同じようにしてある程度手足が動くような構造にする。要は市松人形であるが、今回は木粉ではなく木彫りで作る事にする。中空の構造にすれば、子供にも抱えられるくらいに軽量化できるだろう。
大きさやデザインなどは、前世日本の抱き人形を参考にして決めていく。人形の髪の毛はどうしようかと悩んだが、思い切って熊系の魔獣の毛皮を――毛を軟らかく加工した上で――貼り付ける事にした。人形の頭に使うくらいなら、分量的には微々たるものだ。
「ちょっと猫っ毛になったけど……ヘアバンドか何かで纏めればいいよね」
木の丸彫りだった神像と違い、色々と小細工が必要であったため、衣服も含めた全体が出来上がるのに三日を要した。が、出来上がったものはユーリの目から見ても上出来のように思えた――自己満足のバイアスはかかってない筈だ。
やれやれと一息吐いたユーリであったが、ふと気が付く。
「……これって……サヤの分は作らなくていいのかな?」
サヤは確か十歳、ユーリの二つ下の筈だ。現代日本ではやはり小学校に通っている歳である。お姉ちゃんであるとは言ってもまだ子供。セナの分だけ作ってサヤの分は無しというのは、何となく拙いような気がする。
「頑張ってもう一体作るかぁ……」
……ちなみに後で確認したところ、期待した【木工】のスキルは依然として解放されておらず、代わりに【人形師】の名がステータスボードに燦然と輝いているのを見て、ユーリは肩を落としたのであった。
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余談であるが、後日ものを掛けるフックが必要になって柱に釘を打ったところ、あっさりと【木工】スキル獲得のインフォメーションが流れ……ユーリは膝から頽れたのであった。
「……そう言えば……これまで釘って……使ってなかったなぁ……」