第三十七章 木工への遠い道 2.仏師
折角だからローゼッドの心材で作ろうかとも思ったが、あの材は木目こそ美しいが堅く緻密で、【木工】スキルすら持たないユーリの手には間違い無く余る。力の入れ具合を間違えて、彫り損ねる未来しか見えてこない。神像を彫るというのに失敗するのも拙いような気がして、最初は彫り易い木で作る事にする。【木材変形】のスキルを使えば削り損ねた箇所も元に戻せるのだが、そういうズルをして彫るのも何か失礼な気がしたのだ。
「まぁ初心者なんだし、一気呵成にってわけにもいかないしね」
失敗しないように、少しずつ丁寧に彫っていく事にする。記憶に残る神様の姿に似せるべく、何度も出来具合を確かめながら。
「ふぅ……あ……もうこんな時間なのか……」
朝のうちから彫り始めて、気が付いてみれば既に陽は暮れていた。手元の明かりだけは無意識のうちに【点灯】を使っていたらしい。ずっと同じ姿勢で座っていたため、筋肉がすっかり強張ってしまっている。うぅんと伸びをして、彫りかけの像を眺める。まだ完成にはほど遠いが、大まかな形はできつつある。改めて見直しても、ここまでに大きな失敗は無いようだ。
後はこのまま彫り進めればいい・の・だ・が……
「…………な~んか…………納得がいかない…………」
どこにも不都合は無い筈なのだが、それでいて何かが違う、これじゃないという感じがどうにも拭えない。納得のいかない思いを抱えつつも、この日は作業を終える事にした。
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「う~ん……ひょっとして……殊更似せようとしたのが良くなかったか?」
翌朝になって途中まで彫った像を改めて検分していたユーリは、似姿を彫ろうとしたのが善くなかったのかと考えていた。キリスト教の神エホバは自身の偶像を作る事を禁じたというし、こちらの神様も同じなのかもしれない。
「……しまったな。ローレンセンで教会にでも行ってれば、神像を彫っていいのかどうかくらい判ったんだろうけど……」
今更言っても詮無い事だと諦め、試しに似せようと意識せずに、改めて彫ってみる事にする。
――一心に、無心に、ただ感謝の念だけを込めて――
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「…………できた…………」
そろそろ陽も落ちようかという頃になって、ユーリは作業の手を止めた。
昨日彫っていた像に較べると、衣裳もプロポーションも曖昧なものになっている。更に言えば要所々々の彫りが甘く、どう見ても未完成だとしか思えない。
しかし、ユーリはこの形こそが最終形であると感じていた。これ以上どう手を加えようとしても、現在より悪くなる未来しか見えない。矛盾した言い回しではあるが、この像は不完全な姿こそが完全なのだ。
ただ……ユーリが少し気になっているのはポーズである。
記憶ではもう少し砕けた感じで座っておいでだったように思うのだが、出来上がった像を見ると、弥勒菩薩の半跏思惟像のような感じになっている。前世で見た国宝、広隆寺の半跏弥勒像の記憶が混じったのだろうかと悩んで作り直すべきかとも思ったのだが、その必要は無い、これで良い――という感じが強くする。
まさか神からリクエストや修正が入ったとも思えないが……
「……まぁ……神様がこれでいいっておっしゃってるんだろうから……」
できあがった像を神棚――はまだ作ってなかったので、大急ぎで、しかし雑にならないように神棚を作り、そこに祭る。神棚の材料はちゃんとした木材である。パーティクルボードで作る事もできたのだが、それも何か敬意を欠いたような気がしたので、ローレンセンから買ってきた板で作っておいた。今のところは剥き出しのままだが、これは祠のようなものを作るべきだろうか。
「う~ん……今はこれでいいかな。何か、凄くしっくりきてるし」
ローレンセンで購入した小さな盃――未使用――に酒を注いで、御神酒として捧げる。何かの果実酒のようだが、原料までは聞いてこなかった。享年三十七歳の記憶を持つユーリが、少しくらいはいいんじゃないかとこっそり買い求めてきた分である。幸いにしてまだ封を切っていなかったから、御神酒として捧げても不敬には当たるまい。
パンパンと思わず柏手を打って一拝したが、後で正式な作法を確かめておかなくては。オールマイティの【鑑定】先生に訊けば判るだろう。
ふと気が付いて、ステータスを確認する。【木工】が解放されていればいいのだが――との淡い期待を胸に確認したステータスボードに表示されていたのは……
「……【仏師】って……何、これ?」
解放されていたのは【木工】ではなく【仏師】であった。生前、地蔵菩薩の木彫りに手を染めたせいなのか。それとも、神像だというのに半跏思惟像など作ってしまったせいなのか。
「いや……神様が認めてくれたみたいで、これはこれで有り難いんだけど……」
【木工】スキルが解放されるのはいつなのか、解放には何が必要なのかと思うと、些か複雑な思いを禁じ得ないユーリであった。