第二章 来た、見た、食った 7.岩塩
翌日、ユーリは朝から村中の家々を虱潰しに捜索していた。
そしてその甲斐あって、三軒ほどの家から目当てのものを見つけ出す事ができていた。
――岩塩の欠片。
ひょっとしてあるんじゃないかと思って探し廻り、その賭に勝って、廃屋の片隅から首尾良く見つける事ができたものである。
「やっぱりか……多分この村は、岩塩を採掘するための基地……あるいは基地建設のためのキャンプ地として建設されたんだろうな……」
今更ながら言っておくと、この「廃村」は――部外者であるユーリの目から見ても――あまりにも山地に接した位置に、別の言い方をすると、他の村からとことん隔絶した位置にあった。なぜなのか。
昨日、調味料としての塩の事に思いを馳せていた時、この村では塩をどうやって入手していたのかという疑問が芽生えたのである。
塩は人間が生きていく上に必要不可欠な物資であるが、海辺でもない限り、簡単に手に入るようなものでもない。普通の村なら交易によって入手しているのだろうが、ここのようにあまりにも山奥に飛び離れた場所は、普通の商人が交易に訪れるには不向きに過ぎる。そこを敢えて立ち寄りを依頼するからには、相応の見返りを支払う必要が出てくるだろう。たかだか小規模な開拓村に、そこまでの余裕があるとは思われない。
村人が自分たちで買い出しに行く場合を考えても、不便なのは同じ事だ。それに目を瞑ってまで、こんな山際に村を構えたというからには、それ相応の理由が無くてはならない。
……となれば、考え付く可能性は一つ。
他ならぬこの場所に鉱山か……もしくは岩塩坑があるのではないか――という事になる。
そして、岩塩の欠片が無造作に転がっていた事から判断すると、この地にあったのは岩塩坑の可能性が高い。
「村の規模を考えると、多分この村は試掘のための拠点か、もしくは本格的な採掘拠点建設のための前進基地……だったんじゃないかな」
離村したという事は、コスト的に引き合わなくなったかどうかしたんだろう。
「だったら、どこかに岩塩坑――あるいはその試掘坑――の跡がある筈なんだけど……」
疑わしいものは既に見つけてある。
板に描かれた地図のようなものを、三軒ほどの廃屋から回収していたのだが、その三枚に共通して記されている場所が幾つかあった。
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「地図にあった道って……やっぱりこれなんだろうなぁ……」
ここのように人跡稀な奥地にあっては、歳月の力は偉大であった。地図に載っていた岩塩坑らしき印、そこに至る筈の道は、今や跡形もなく雑草灌木の茂みに覆い隠されていたのである。僅かに残る踏み分け道らしき痕跡から、どうやらここが問題の「道」らしいと、かろうじて判る程度であった。
「それでも……ここを辿らないって選択は無いんだよなぁ……」
ぼやきながら藪漕ぎを始めたユーリであったが、ものの数分も経たぬうちに音を上げた。……いや、別の手段に訴える事に決めた。
「……能く考えたら、何で馬鹿正直に藪漕ぎなんかしてんだよ、僕……この世界にはもっと便利なものがあるっていうのにさぁ……」
言うが早いか風魔法の【ウィンドカッター】を発動して、邪魔な草木を薙ぎ払うユーリ。余人に倍する魔力があるせいか、かなりなハイペースで道が開けていく。
時々休憩を入れ、あるいは道の跡を確認しながら、草木を薙ぎ払う事三時間。次第に植物が少なくなってきたかと思うと、やがてユーリはそれらしき場所に辿り着いていた。
「ここ……かなぁ……」
やや荒れた感じの斜面に、人為的に掘ったものと覚しき坑道が口を開けている。坑道は所々木枠で補強してある……いや、補強してあったのだが、今はそれも朽ちかけており、不用意に踏み込むのは躊躇われる。なのでユーリは……
「――! っと、これで坑道壁の補強は終わり……さて、入ってみるか」
既に不可欠なものとなった土魔法で坑道壁を補強し、崩落の虞が無くなったところで中に入って行った。
「……うん、【鑑定】してみても、やっぱり岩塩だね。これを目当てに村を作ろうとしたわけかぁ……」
この辺りが岩塩の鉱脈だと判れば、何も坑内に留まる必要は無い。土魔法で地中から、手頃な岩塩塊を掘り出せばいいのである。
斜面が崩壊や不安定化しないように配慮して、ユーリは岩塩の塊を掘り出す。どう考えても自分一人で消費できないほどの量を回収したのは、いずれ物々交換や売却に役立てようという腹積もりである。
さて、用も済んだし帰ろうか――と思ったユーリであったが、ふと地面のあちこちに動物の足跡が残っているのに気が付いた。
「……そう言えば、こういう場所には塩を求めて動物たちがやって来るんだっけ……」
しばし考え込んでいたユーリであったが、もう少しだけ斜面を崩して、岩塩を含んだ大小の岩石を剥き出しにしておく。動物たちが塩を舐め易くなるように。
尤も、あんまり派手に掘り返すと塩害が発生する可能性もあるから、その辺は考えて加減している。
(別に善人ぶるつもりは無いけどね……ただの気紛れだよ、うん)