第三十五章 異世界恒温室事始め 1.炬燵
「う~ん……極楽々々……」
のっけから年寄り臭い台詞を吐きながら、蕩けているのはご存じユーリ。これでもまだ十二歳――もうすぐ十三歳――の、見た目は年端もいかない子供である。
その子供が何でまたこんな台詞を吐いているのかというと……ユーリが入っているものがその答えである。
――そう。日本の冬の代名詞にして日本人の魂の揺り籠、炬燵であった。
「んぁ~……こっちの世界に転生して五年、まさか炬燵で寛ぐ日が来ようとは……思ってもみなかったなぁ……」
きっかけとなったのは、ローレンセンの魔道具店で手に入れた恒温の魔道具であった。
当初は加温醗酵蔵を造るつもりで入手したものであったが、諸々の事情から温醸についてはしばらく様子を見る事になり、魔道具の解析と試作のスケジュールに余裕ができたのである。
加温下での温醸それ自体を断念したわけではなく、試験を兼ねて小規模に行なうつもりではいる。なのでどのみち恒温器は必要になると、少しのんびりしたペースで魔術式の解析を行なっていたところ、それほど複雑な式ではなかった事が幸いして、どうにか自分でも作成が可能になった。【田舎暮らし指南】に統合されている【魔道具作製(初歩)】というスキルの恩恵も大きいだろうが。
そして、作った魔術回路が正しく動くかどうかは、実際に試してみるしかない。
元々の魔道具は手袋を温めるというニッチなものだったが、ユーリにしても今更そんなものを作ろうとは思わない。第一、ユーリは手袋など持っていない。
部屋全体を温めるほどの出力はなく、湯を沸かすほどの高温も維持できない。
こちらの世界の基準では、微妙に役に立ちにくい道具であったが……
「……これって……炬燵に使えそうだよね……」
そう。日本人にとっては願ってもない性能の魔道具であったのだ。
斯くいった次第で、ユーリは作製した魔術回路の検証を行なうという名分の下、炬燵の製作に着手したのであった。
【木工】のスキルこそまだ得ていないが、木工作業の経験はそれなりに積んできた。置き炬燵の櫓部分を作るくらい、さしたる手間ではない。寧ろ問題になったのは布団である。当然ながらこの世界には、炬燵布団などという代物は存在しない。自作するしかないのだし、縫製自体も対して面倒ではなかったのだが……
「布と綿……足りるかなぁ……」
元々、布も綿も敷き布団と掛け布団を作ろうとして購入したものである。他の客の手前もあるし、それほど余裕のある量は買ってこなかった。余れば綿入れ袢纏でも作ろうと思っていたのだが……余るどころか足りるかどうかが問題になりそうな気配である。
「それでも作るけどね、炬燵布団」
敷き布団ぐらいは新調したいが、掛け布団は今までどおりダウンの布団を使えばいいし、綿入れ袢纏は不可欠と言うほどではない。翻って、日本人の心を持つユーリにとって、冬の炬燵は譲る事のできないものであった。
斯くの如き次第で、冒頭に述べたような自堕落な光景へと繋がるのである。
「う~ん……問題は魔石の容量だよね。願わくば、もう少し増やせないかな」
すっかりバッテリー扱いされているが、要は魔獣の魔石にユーリの魔力を充填して、魔道具の魔力源として使っているのだ。使用している魔石が良質で大きい――豪気にもスラストボアの魔石を使っている――ため、そんじょそこらの魔道具では考えられないほどの容量を誇っているのだが、叶う事なら日がな一日炬燵でゴロゴロしていたいユーリにとっては、もう少し容量を大きくできないかというのが悩みのタネであった。
「これ以上大きい魔石っていうと……ティランボットかギャンビットグリズリーかなぁ。……けど、万一に備えて、容量の大きい魔石は控置しておきたいし……どっちにしても格段に容量が大きくなるってほどでもなさそうだし……」
これ以上大きな魔石となると、ドラゴンでも狩らなくては難しそうである。しかし――炬燵のためにドラゴンを狩ろうというのも問題ではなかろうか。
その判断ができるくらいには、ユーリも理性を残していた。
「そうすると……複数の魔石を接続して、実効容量を増やす事ってできないのかな?」
炬燵生活のためならば、魔道具作製のスキルを上げるくらいは頑張ろう。そう考えるユーリであった。