第三十四章 ユーリ村改修計画 7.硝子戸の中~ガラス窓~
「さぁて、それじゃあ始めるか」
珍しく気合いの入った顔付きのユーリが、素材を前にして佇んでいる。
ユーリの目の前にある素材とは、チッポ村近郊の森で得られた――正確に言えば、採集して持ち帰った山砂に土魔法を用いる事で短時間で選別した――珪砂であった。すなわち、ガラスの原料である。
そう、ユーリは今からガラスの製造に取りかかろうとしているのであった。
誤解の無いよう説明を加えておくと、選別した珪砂からガラスの器を造る事自体には――ブンザの遺したメモを参考に――既に成功している。
ユーリの錬金術など素人に毛の生えた程度であるが、土魔法についてはそれなりに経験を積んできている。なので、水に溶いて掻き混ぜる過程で不純物を除くという方法でなら、鉱物質素材の選別が可能であった。尤もこれについては、前世で得た化学知識も幾ばくか寄与しているかもしれない。錬金術の初歩は物質の分離や抽出であったが、これについては相応の経験を持っていたため、ユーリも初歩の技術についてはすぐに会得できた。……尤も現状では、肉醤の塩抜きぐらいにしか使えていないが。
精製した珪砂を融かして器を造る事も、前世で吹きガラスの実演を見た事があったためか、割と早くできるようになった。ただ……今からユーリが造ろうとしているのは、単なるガラス器ではなく透明なガラスの板……要は窓ガラスなのである。
なぜまた窓ガラスなどを造ろうとしているのかというと、当初は温室のようなものを造ろうとしていたのである。内部気温を高めに保って醗酵を促進し、醗酵系調味料の試作と開発を促進しようという目論見であった。しかし、何やかやでその狙いが外れ、温室については当面延期という事になった。
それに代わってクローズアップされたのが窓ガラスであった。
ユーリが転生?したこの世界では、窓ガラス自体は作られているものの、未だに贅沢品の域を出ていない。当然僻地の農家に使われている筈も無く、ユーリが住んでいる家も、窓は所謂突き上げ窓――もしくは突き出し窓――で、上端を鴨居に蝶番などで留めて、突き上げるように開いた戸を斜めに棒で支えて庇としていた。
その窓も比較的小さめで、採光という点では不充分であった。現代日本で育ったユーリとしては、この点を何とかしたいものと常々思っていたのだが、ローレンセンで錬金術の手引き書と珪砂が手に入った事で、五年目にして漸く改善に着手できるようになったのだ。
「とは言っても……雨戸も無いのにいきなりガラス窓にするのも不安だしね。今ある突き上げ戸はそのままにして、内側にガラス窓を追加した方が良いかな?」
新たに追加するガラス戸をどう取り付けるか。蝶番くらいなら土魔法で幾らでも作れるが、いっそ鴨居と敷居を追加して引き戸にするのも良いかもしれない。
「て言うか……内開きにすると邪魔になるし、板戸が突き上げ方式なのにガラス窓までそうすると、開け閉めが面倒になりそうだし……」
では、雨戸を戸袋に仕舞う形式の引き戸に直し、ガラス窓を突き出しにするか?
「……そうすると、今度は庇が無くなっちゃうんだよね……」
戸袋に庇まで追加するとなると、地味に大仕事である。
「……面倒だし、板戸はこのままにして、内側のガラス戸を引き戸にするか」
内側の壁に鴨居と敷居を追加する必要はあるが、それは会得したばかりの【木質強化】と【木材変形】を使えばいい。ガラス戸の重みを支えるために、窓周りの壁も強化する必要はあるだろうが、それくらいは魔法を使えば大した手間でもない。
「窓からの陽射しが強過ぎるようなら、障子も追加する必要があるかな。レースのカーテンでもいいんだけど……多分、手に入らないだろうなぁ……」
土魔法建築の検証が進み、木魔法がもう少し上達したら、出窓のようなものを拵えてもいいかもしれない。
「それとも……いっその事、一から新築しようかな?」
検証の結果次第ではあるが、土魔法と木魔法を駆使すれば、一人でも何とかできるかもしれない。無論、その前に建築関係のスキルを得ておく必要はあるが……
「今度ローレンセンに行った時、そっち方面の人材を捜してみようかな……。まぁ、何にせよ今できる事は無いよね。……いや?」
建築は無理でも、解体の方はどうなのか?
「ここじゃなくて村落跡の廃屋なら……もうボロボロだけど、あれを解体してみたら、家の構造くらい判らないかな? 上手くすれば、そっち系のスキルだって手に入るかもしれないし……」
解体というのは、要は建築の裏返しである。解体関係のスキルが手に入るのなら、建築を学ぶ上でも資するところはあるのではないか?
今は時期が悪いが、来年になったら試してみるのもいいかもしれない。ユーリはそんな事を考えていた。