第三十四章 ユーリ村改修計画 5.鋸
「この国の鋸って……押し切るタイプなのか……」
鋸には押し鋸と引き鋸があり、前世の欧米でもこの国と同じような押し鋸が使われていた筈だ。体重をかけて押し切る事ができる反面、その体重を受け止めるだけの強度が必要になるため、刃が厚くなる傾向にある。もしくは、鋸の背に補強が入っている。対して日本で使われているような引き鋸では体重をかける事が少なく、そのせいで刃は薄く、引き切るのにそれほど力を必要としない。
生前の乏しい作業経験を通して微かに覚えている使い方と違うため、ユーリは角材を切るのに酷く難儀したのである。ちなみに、鉋の方も押してかけるタイプであったが、ユーリは【木材変形】で表面を滑らかにできるようになったため、使い慣れない押し鉋で苦労する事は無かった。
なら、椅子の作製も【木材変形】でやればいいのではないかというと……
「……うわぁ……木目が無くなったよ……」
まるっと【木材変形】で椅子を作ってみたところ、継ぎ目どころか木目の全く無い木製椅子という、怪しさ爆発の代物ができてしまったため、その場で秘蔵が決定した。
試しに使ってみたところ、座り心地自体は凄く良かったので、自分一人の時に使おうかどうしようかと思案中である。
とは言え、来客の事を考えて木製椅子を作ろうとしたのだから、人目に曝せない椅子ができるようでは本末転倒である。つまり、普通の工具を使って椅子を作る必要があるのだ。地道に練習していれば、木工関連のスキルだって生えるかもしれないし。
「けど……この鋸だと使いにくいよね……」
今後も鋸を使って木工作業――もしくは練習――をするのなら、せめて使い易い道具が欲しい。その要望自体は間違っていない。
「工具ならあまり見られる事も無いだろうし……作っちゃおうかな?」
押し鋸を引き鋸に替えるだけなら、今のユーリには難しい事ではない。柄の部分を反対方向に付け直せばいいのだ。土魔法を使って鋸の部分を変形すれば、不格好にはなるだろうが、実用には耐えるものができる筈だ。ただし刃の厚さはそのままになるため、使い易さという点では難が残る。
「う~ん……【鍛冶】のスキル上げの事も考えると、最初から造ってみるのもありなのかな」
ユーリが頼みとする【田舎暮らし指南】にも、さすがに鋸の造り方までは載っていなかった。しかし【鑑定】の説明を探すと、説明文の中に和式鋸の簡単な造り方が載っていた。常にアップデートされているだけあって、網羅している情報が半端じゃない。既に百科事典並みである。
「えぇと……簡単に言うと、薄い鋼板を形どおりに打ち抜いて、狂いを取ってから切れ込みを入れて……焼き入れ・焼き戻しに狂い取り……」
――少しも簡単ではない。
「……目立てとあさり出しまでに、随分色々とやる事があるんだな……」
早速心が折れそうになるユーリであったが、今後の作業の事を考えると、使い易い工具の確保は不可欠に思える。そして、この国に無いなら自作するしかない。ウィンドカッター系の風魔法は、細かな切削加工には向かないのである。
「……やるしかないか……」
力無く呟くユーリであったが、着手早々高い壁にぶつかっていた。
鋸を作るための道具が無いのである。
鍛冶作業で使いそうなものを除けば、金属加工用の工具など買ってはいない。特に問題となったのが、鏨と鑢である。
同型同大の鋸の刃を成型するために、鋼板に等間隔の切れ込みを入れる必要がある。その作業は鏨を使ってやるようなのだが、生憎な事に肝心の鏨が手元に無い。
まぁ……鏨自体は土魔法を使えば作れなくはないかもしれないが、問題は次の鑢である。成型した鋸の目の一つ一つに、刃を付けていかねばならないのだが、和式鋸ではそれを鑢で行なうのである。
だが……そんな工具は手元には無い。
土魔法で作ろうにも、鑢のような特殊な工具は、今のユーリの技倆では作れない。
ならば、手作業の代わりに土魔法か何かで成型するしかないのだが……土魔法による変形は、細かな作業には向かないのである。向かないのであるが……
「……土魔法で鋸刃型の鏨を作って、それで付けた印のとおりに土魔法で成型して……あとは……鋸目の一つ一つに土魔法で刃を付けていくしか……」
――他に方法が無い。
うんざりするような作業であったが、ユーリはそれをやり遂げ、どうにか使えるレベルの――使い易いとは言わない――引き鋸を手に入れたのであった。