第二章 来た、見た、食った 6.解体と調理
村へ戻ったユーリは、家の前に土魔法で作業台を生み出す。獲物を【収納】から取り出すと、深呼吸を一つしてから徐に解体に取りかかる。生前に解体などの経験は無論、作業を見学した事すら無い。ラノベには解体の場面も何度か登場していたが、一々仔細に憶えているわけでもない。【田舎暮らし指南】師匠だけが頼みの綱である。
「え~と……まず、腹の部分の皮を……」
おっかなびっくりといった体で解体に取りかかったユーリであるが、ユニークスキルの【田舎暮らし指南】からの補正が入るのか、思ったより良い手際で作業が進んでいく。
しかし、いくらステータスが強化されているとは言っても、所詮は未経験者、況して七歳児の体格でしかない。そうそう簡単に作業が終わるわけもなく、解体を終えたのは辺りがそろそろ暗くなる頃であった。終盤には生活魔法の【点灯】や、光魔法まで使っての作業になっていた。
「ふぅ……何とか終わったよ……」
枝肉や毛皮、その他の素材、という具合に纏めて【収納】していく。
内臓は捨てようかと思ったが、後で何かに使えるかもしれないと思い直して、これらも部位ごとに【収納】しておく。何しろ神様から直々に貰った【収納】だ。容量もきっと大きい筈だと楽観して、片端から詰め込んでいった。
幸い容量は本当に大きかったらしく、百キロ超のイノシシ(マッダーボア)の肉や素材を詰め込んでも、まだまだ余裕があるようだった。
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血で汚れた作業台を水で洗い流すと、ユーリはようやく家の中に入る。山菜採りからイノシシ狩り、血抜きと運搬などの大仕事をしていながら、昼は携帯食料――そろそろ底を尽きかけている――で軽く済ませただけである。村に戻って来てからは来てからで、今まで一人でイノシシを解体していたのだ。空腹を覚えるのも当然だろう。
ちなみに、正確にはイノシシではなくマッダーボアという魔獣なのだが、ユーリの脳内では「イノシシ」である。何しろ最低レベルの自分――と、思い込んでいる――に狩られる程度の残念魔獣なのだ。見てくれは少々大きくても、普通のイノシシと同じようなものだろう。
――大違いなのだが。
そんな些事は気にも留めないユーリ。さて、調理に取りかかって……と思ったところで、食器どころか包丁すら無い事に気付く。いや、それ以前に竈なんかは使えるのか? 昨日はざっと見ただけで、仔細な検分などしていない……。
「……初めての事ばかりとは言え……抜けが多いなぁ……」
がっくりと肩を落としたユーリが改めて台所の様子をチェックした結果、判明したのは……
・竈は一応使えそうだ。少なくとも、壊れてはいない様子。
・ただし、本来ならあった筈の、鍋釜を吊すための鎖や鉄鉤、あるいは鍋釜を据え付けるための五徳のようなものは、綺麗さっぱり持ち去られている。焼く時に肉を刺すための鉄串も無い。
・排煙用の煙突は無い。どうやら採光用に天井に設えてある穴が排煙孔を兼ねているようだが、現在それは閉じられている。棒か何かで支えて開けるらしいが、肝心のその棒が見当たらない。
・煮炊きのための燃料が無い。
「はぁ……」
結局その日は、切り分けるための包丁、肉を焼くための串、食器、などを土魔法で作成し、火魔法で肉を焼く事になった。泥縄もいいところである。
肉を上手に焼くのに適切な火力を維持するのは大変であり、これだけで火魔法が上達したのはここだけの話である。