第三十四章 ユーリ村改修計画 1.製材者の秘訣
「転生者は世間知らず」再開します。タイトル少し変更……と言うか、サブタイトルを追加しました。
山の秋は短い。
言い換えると――冬は目前に迫っている。
本格的に寒くなる前にやっておかねばならない事があるのなら、今から即座に動く必要がある。ユーリ村の住民は、現在ユーリ一人しかいない。ノンビリしている暇など無いのだ。
どうにか農作業の目処を付けたユーリが、急ぎ行なおうとしているのは製材である。エムスの木工所で板材角材をそれなりの量買い込んできたとはいえ、建物の補修や増改築を考えるなら、木材は多いに越した事は無い。
それというのも、問題はユーリの村の特異性にあった。
元・日本人のユーリはついぞ気付かなかったが、ユーリの村の家々が揃って木造建築というのは、これは滅多に無い事であった。何しろ山林に魔獣が跋扈するこの世界では、木材を得るのも簡単ではない。通常は魔獣の出る山奥は避けて、森林の浅い部分でのみ採集活動に従事する。必然的に、建材に使えるような大きな木は伐り尽くしてしまうため、村の家などは柱だけを木材で都合し、壁などは粗朶を編んだ上に泥を塗ったものがほとんど。漆喰で上塗りされていれば上等である。エンド村ではほとんどの家が漆喰仕上げであったのを見てユーリは感心していたのだが、実は板材が入手できないための苦肉の策であると聞いて驚いた。
ユーリの村が木造なのは、場所が場所だけに大急ぎで建築を済ませるべく、プレカットした木材を持ち込んで現地で組み上げるという、所謂プレハブ工法を採用したためであった。投資する額は大きくなるが、岩塩による収益でその分は償却できると目されていたらしい。
そういう裏事情までは判らなかったものの、現実としてユーリの村の家々は木造建築であった。必然的に、家屋の補修には板材が必要という事になり、ユーリは間に合わせの補修しかできなかったのである……板材が入手できるようになるまでは。
「買ってきた分だけでも足りるとは思うけど……自前で準備できるというなら、その努力はしておかなきゃね」
こまめに手を入れているとは言え、人が住まなくなった家は傷みも早い。ユーリが自宅に使っている家ですら、他の家屋に較べると傷みは少ないものの、修繕が必要な箇所は多いのだ。他の空き家など推して知るべしである。
とは言え原木自体は、森から伐り出した枯れ木の中で腐朽が進んでいないものをそれ用に分けてあるので、当面の使用には充分な筈だ。【収納】しておけばそのままの状態で保管できるが、その反面で乾燥もしない。木材として使うために乾燥させたいユーリとしては、それでは困るのである。よってユーリは、村の中でも大きく風通しの良い――言い換えれば隙間風が能く入る――建物を倉庫代わりにして、使えそうな原木を保管しておいた。
尤も、ユーリも自然乾燥だけに頼っていたわけではない。魔法で木材の脱水乾燥ができないかどうか、木っ端を使って色々と試してはいたのである。当初の予想どおり、木材を急速に脱水すると、反りだの罅だのが生じてしまう。それでは木材として使いにくい。あれこれ試していくうちに、水・風・木の三属性の魔力を併用して徐々に乾燥させれば、反りや罅を生じる事無く乾燥できる事が判明した。現在倉庫には自然乾燥中の木材の他に、魔法で脱水乾燥した木材も合わせて保管してある。どちらの方法が良いのかは、今後の検証待ちになる。
「ま、今回は時間も無いし、魔法で脱水乾燥した材を使うしか無いんだけどね」
小さく呟くと、ユーリは乾燥済みの丸太を一本外に運び出した。
「さて、まずは……加工し易い長さに切断するか」
言うが早いか、ユーリは新たに作成した魔法を発動し、丸太を適当な長さに切っていく。簡単な作業に見えるが……この魔法を創るのにも、実は結構な手間暇がかっているのだ。
最初ユーリは簡単に考えていた。ローレンセンの木工所で得た着想のとおり、無魔法の刃を動かして木材を切断すればいいだろうと。
しかし、無魔法で作った刃を往復運動させるのは思いの外に難しく、結局は丸鋸のように回転運動させる事で落ち着いた。そこまでは良かった。
良くなかったのはそこから先……と言うか、そこから斜め脇に逸れた事である。
無魔法の丸鋸なら、それを飛ばして攻撃用にも使えるんじゃないかと安易に考えて試してみたのだが……できなかったのである。
正確に言えば、丸鋸としての回転運動を保持したままそれを飛ばす――しかも狙いを付けて――事が、ユーリの技量では不可能であったのだ。複数の魔法の同時発動に熟達したユーリをもってしても、全く異なるベクトルを持った無魔法を同時に発動するというのは……想像以上に困難であった。悪戦苦闘の挙げ句に音を上げたユーリが、無魔法ではなく別の魔法ならどうだろうかと思い付いたのが突破口になった。無魔法ではなく風魔法のウィンドカッターを改良して風の丸鋸を作り上げ、それを無魔法で飛ばす――言い換えると、二つの魔法で運動ベクトルを分担する――事で、ようやくにして念願の魔法が手に入ったのである。
翌日、試しに狩りに使用してみたらあっさりとバイコーンベアを両断したのはいいが、投げた後のコントロールが難しくて、素材の多くを無駄にしてしまった。しかし、折角創ったにも拘わらず狩りには不向きであった事など、いつまでも気にしてはいけない。どのみち木材の切断に際しても丸鋸を動かす必要があるので、【切り裂く輪】の魔法――最初「八つ裂き風輪」という名前が浮かんだが、あまりにも直截的で物騒な気がしたので改名した――は必要なのだから。
ユーリは少し離れた位置から【切り裂く輪】を発動させ、あまり高速にならないように注意して切削していく。……最初目の前で発動させたら、おが屑や木っ端が飛び散って、それはそれは酷い目にあったのだ。
ゆっくりと、風の刃が曲がらないように注意して、真っ直ぐに丸太を挽き切っていく。慌てずに、焦らずに、ゆっくりと。そして……
「……できた……!」
まだ少し斜めになっている部分はあるが、短めの板にして使う分には問題無いだろう。
転生以来苦節五年、この日ユーリは板材の自給に成功したのであった。
暫くの間、連日投稿といたします。
「従魔のためのダンジョン、コアのためのダンジョン」・「スキルリッチ・ワールド・オンライン」・「なりゆき乱世」・「デュラハンの首」・「飽食の餓死者」など、他作品もよろしくお願いします。