第三十三章 また会う日まで 2.旅立ち、そして帰郷
後書きにお報せがあります。
「長々とお世話になりました」
「とんでもない。こちらこそ、この一月ほどはユーリ君の世話になりっぱなしだった」
「あはは、まさかそんな事はありませんよ」
コロコロと笑うユーリであったが、その彼を見つめる周囲の目は生温かい。善くも悪しくも、ユーリが無自覚に色々とやらかしているのを、身に滲みて解っている者の視線である。
「ユーリ君、できれば年明けにももう一度会いたいのだが」
「あ、はい。そうですね……色々とご相談した方が良いでしょうけど……僕の方も野良仕事があるので……」
農作業のスケジュールを思い浮かべて、いつ頃であれば問題無いかを思案していると、その道のベテランであるオーデル老人から助けが入る。
「畑仕事が忙しくなるのは、四月の半ばを過ぎてからじゃろう。その前なら、そう慌てんでもいいのではないか?」
「でもその頃って、雪がまだ残ってて、交通が難しくありません?」
――というユーリの疑問に答えたのは、「幸運の足音」のリーダー、クドルであった。彼らは今回もエンド村までの護衛を請け負う事になったのである――主に、ユーリの秘密を知るものは少ない方が良いという判断で。そのクドルが言うには、
「いや、三月頃なら、確かに雪は残っちゃいるが、街道の雪はあらかた融けている。少しばかり泥濘んじゃいるが、それさえ気にしなけりゃ問題無い」
「あ、そうなんですか」
「三月と言えば丁度大市の時期でもあるし、来てみて損は無いと思うよ」
アドンの言葉にピクリと反応したのはドナであったが、ユーリの方はキョトンとした表情である。
「大市……ですか?」
「おや……そうか、ユーリ君は知らなかったか……」
と言ってアドンが説明してくれたところでは、この国では――隣国でも同じらしいが――三月頃にあちこちの町で大規模な市が立つのだという。近郷近在は言うに及ばず、遠く離れた町からも商隊がやって来て、地元の人間や他所の町の商人たちと、商取引を繰り広げるのだそうだ。
「平素なら手に入らない品が色々と持ち込まれるのでね、楽しみにしている者は多いんだよ」
「へぇ……他所の町の産物が……」
狙いどおりに食い付いたユーリを見て、してやったりと内心でほくそ笑むアドン。そんな旧友に、呆れ半分咎め半分の視線を向けるオーデル老人。そして、春の大市に気を引かれているユーリとドナ。
そんな光景も長続きはせず、馬車の支度ができたという声に、全員揃って我に返る。
「それではね、ユーリ君……」
「はい、来年の春、またお会いしましょう」
・・・・・・・・
ローレンセンの町を発ってから三日後、ユーリたち一行は――往きと違って何のアクシデントも無く――無事エンド村へ帰り着いていた。
そしてその日の夜、村では三人――ユーリも含む――が無事戻って来た事を祝うと同時に、ここまで三人を送り届けてくれた御者と護衛を労うという名目で、例の如く宴会が開かれていた。村の連中が呑みたい騒ぎたいがための名目という事が解っているので、ユーリも無粋に断るような真似はしない。と言うか、こんな事もあろうかとローレンセンで買っておいた酒樽を提供して、村人たちの喝采を浴びていた。
「気を遣わせてすまんのぅ、ユーリ君」
「いえ、これくらいは。オーデルさんの忠告のお蔭で、泡銭も手に入りましたし」
見かけはどうあれ、ユーリの中身は三十七歳――プラス五歳――のおっさんなのだ。気配りは日本の大人の素養です。
「……そう言えばユーリ君、新年祭はどうするの?」
「新年祭?」
「えぇ。新しい年を祝って、どこの村でもお祝いをするんだけど……」
「あ~……お誘いはありがたいけど……雪の中を出てくるのも……」
「それもそうね……」
「あの山裾ではのぉ……積雪も酷いじゃろう」
「村中の雪掻きと屋根の雪下ろしを……一人でやらなくちゃならないので……」
「うわぁ……」
「……手伝いに来ようか?」
「うぅん。そもそも、僕の村へ来る道自体が雪に埋まってるし……」
「そうなのよね……」
「今まで一人で何とかやってきたから、大丈夫だよ」
――と言うか、ユーリ一人なら風魔法や無魔法で雪を吹っ飛ばせば済むのだが、下手に外部の者がやって来ると、魔法が使えない分だけ却って手間取る恐れがあるのであった。
「まぁ、新年はいつもどおり、一人でお祝いするよ」
「何かあったら村に降りて来るのよ?」
「うん、ありがとう、ドナ」
ここまで降りて来る時に何か起きるという可能性には思い至らない少女。そして、そんな子供を微笑ましい目付きで眺める子供。
「あ、村長さんがこっちに来てるよ。何かユーリに話があるみたいだったから、その事じゃないかな」
「へぇ? 何だろう」
村長の話は、領主がアク抜きの事でユーリに会いたがっていたという話であった。間の悪い事に、領主は王都に用事があって出向く事になり、ユーリと会う事はできなくなったという。
「え~と……僕に王都に来いという話でしょうか?」
だとしたら願い下げだと思ったが、そこまでする必要は無いらしい。これから収穫の時期で忙しいだろうというのは領主も理解しており、冬になれば雪に閉ざされる場所だという事も解っている。なので、領主からの伝言は二つ。
一つは、当面はアク抜きの技術を広めないでほしいという事であり、もしローレンセンで誰かに話したのなら、話した相手を教えてほしいというものであった。もう一つは、来春時間がとれれば、一度会いたいというものであった。
ユーリとしても納得のいく話――正直、領主などに会いたくはなかったが――ではあったので、頷いて了承しておいた。
・・・・・・・・
そんなこんなで飲み明かした翌日、ユーリは村人たちに別れを告げて、自分の家に帰ってきていた。
『おかえり ユーリ』
『おかえり』
『ただいま』
馴染みの小鳥たちの出迎えを受け、帰宅の挨拶をするユーリ。
『もう そばとか みがなってるよ』
『うわぁ……サボってた分を取り戻さなきゃ……』
そう。ユーリは帰って来たのだ。
自分の村、自分の家に。
そして――自分の日常に。
『新しくやらなきゃいけない事もあるし……当分は大車輪だな、これは』
いつもの生活が、始まる。
「転生者は世間知らず」、第二部の終了です。
この続きはまだ終盤が書き上がっていなi……諸般の事情がありますので、次回からは暫く「なりゆき乱世」の第二篇をお楽しみください。本作とは少々作風が異なりますが、暫くの間お付き合い戴ければ幸いです。「乱世2」終了後には、「世間知らず」の続きをお届けできると思います。