第三十二章 蒸しのいろいろ 2.塩釜焼き
「ホウショ焼きにシオガマ焼き……? いや、寡聞にして聞いた事が無いが……どういうものだね?」
「奉書焼きは主に魚に使われる料理法ですね。塩を振った魚を濡らした紙で包む、あるいは紙で包んだ後にたっぷりと霧を吹いて濡らす。その後で天火に入れて焼くんですよ。皿に載った紙を破ると、中から蒸し焼きになった魚が出てくるというわけです」
「ほぅ……演出としては面白そうだが……魚でなくてはいかんのかね? この辺りで手に入るのは川魚が主で、海の魚は干物ぐらいなんだが」
「あ~……川魚はあまり好まれませんか」
「どうしても泥臭くてね。以前に食した海の魚は美味かったが」
「紙に包むという料理法なんで、平たい食材の方が向いてるんですよね。あと、魚の場合は一尾丸々お出しできるんで」
――なるほど、とアドンが考え込む。
確かにユーリの言うとおり、肉の切れっ端を包んで出しても、あまり見映えはしないだろう。魚の方が向いているのは確かなようだ。しかし、川魚ではどうしても臭みが残るし、第一受けが宜しくあるまい。ここはやはり海の魚か。とは言っても、今の時期だと……
「あ~……海辺の町まで人を遣るには、季節が悪過ぎますか……」
「マジックバッグを持つ商人に頼めば、新鮮な海の魚を手に入れる事自体は不可能ではないんだがね」
そうすると、やはり本命にお出まし戴くしか無いか。
「なら、やっぱり塩釜焼きになりますね。これは、簡単に言えば肉なんかを塩で覆って蒸し焼きにする方法です。塩の塊にしか見えないものを叩き割ると、中から好い具合に蒸し焼きになった肉が出てくるという」
「ほほぉ……それはまた、演出としても面白そうだが……」
興味を引かれたらしいアドンのために、料理長にレシピを教えて作ってもらう事にした。
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「へぃ、お待ちどぉ」
そう言って料理長――何やらニヤニヤと笑っている――が持って来たのは、少し焦げ目の付いた塩の塊である。高級感溢れる皿の上に、無骨な塩の塊が無愛想にデンと載っているのが些か奇妙である。
「ユーリ君……これが?」
「はい。塩を卵白と混ぜたもので覆ってあります。卵白を使わないレシピもあるそうなんですけど、今回は卵白を混ぜて」
「これ……このまま食べるの……?」
些か引き気味のドナであったが、
「まさか。それじゃあマンドさん、お願いします」
「あいよ」
楽しげにマンドが取り出したのは木槌である。普通なら食卓に持ち出されるようなものではない。
「今回はありものの木槌を使いますけど、パーティでは特別な木槌っぽく飾るとかしても良いかもしれません」
「ふむ……」
話し込んでいる二人をよそに、マンドは木槌で塩釜を割っていく。と、中からぷぅんと良い匂いが立ち上る。
「まぁ……」
「ほほぉ……」
「これがそうか……」
切り分けられた肉を前に余計な講釈は無粋と、説明は後に廻すユーリ。一同は心置きなく舌鼓を打つ事にした。
すっかり満足したところで、アドンがユーリの方に頭を廻らせる。
「ユーリ君、説明してもらえるかな?」
一瞬マンドと目配せし合ったユーリであったが、事前に話がついていたのか、すぐにユーリが説明を始める。
「解りました。肉を塩釜に包む時には、幾つかの方法があります。そのまま包む、香草や葉野菜で覆ってから包む、薄い紙で覆った上から塩で包む、などです。肉が塩釜に直に触れると、どうしても塩がきつくなり過ぎるので。塩釜を割った後でその部分をさっと拭き取ってもいいんですが、お客様の前でそれをやるのも少し興醒めかと思いますので、今回は香りの良い葉野菜で包んでみました。手頃な紙があれば、それで包んでも良いと思います」
今回は使えそうな紙が無かったのだと、ユーリはアドンに説明するが、料理に紙を使うという発想は無かったらしく、アドンは随分と驚いていた。奉書焼きの時にも説明したのだが、あれは特殊な例だと思っていたらしい。
「だったら、商人さんがお客様の場合は、敢えて紙を使ってみるのも面白いかもしれませんね」
「誰が商売のネタを商売敵に渡すものかね。そういうのは、うちが手を着けた後からだよ」
強かだなぁと感心したユーリであったが、何となくテーブルを見ているうちに、もう一つ思い出した事があった。
「アドンさん、さっきお見せした折り紙ですけど……」
「うん?」
「テーブルナプキンを使って同じような事ができるのをご存じですか?」
テーブルナプキンを立体的に折り畳んで、薔薇だの王冠だの兎だのの形を作り出す事は、小洒落たパーティなどでは時折目にする事がある。入院生活の長かったユーリは、長期入院患児の誕生パーティなど――生前の去来笑有理が入院していた病院では、小児科病棟で時々やっていた――で、そういう折り方を披露して、子供たちに喜んでもらっていた。そういう――生前の――経験があるので、ナプキンの折り方なら色々と知っている。
ものはついでとばかりに、ユーリはそれらの折り方についてもアドンに教える事にしたのである。……アドンの目の色が変わったのは、これはもう仕方のない事であったろう。