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第三十二章 蒸しのいろいろ 1.アドンからの相談

「貴族受けしそうな料理……ですか?」

「そう。ユーリ君なら何か知らないかと思ってね」



 十二歳の引き籠もりに無茶振りをしているのは、この屋敷の主人アドンである。(もっと)も、本人も無茶振りなのは解っているらしく、問い詰めるような気配は無い。あくまで、何か出てくれば儲けもの――という程度の感じである。



「冬が社交シーズンなんですね」

「積雪のせいで道が閉ざされると、どうしても商取引などは下火になるからね。特にここローレンセンは商都だから、その傾向も強い。まぁ、他領や他国との往き来が途絶えるため、貴族様方も暇になるのは同じらしくて、王都でもパーティ三昧(ざんまい)らしいよ」

「それで、パーティ向けの料理ですか」

「そう。商人にとってパーティの場は戦場も同じだ。どれだけ相手の度肝を抜けるかに懸かっていると言ってもいい。ただ、料理の方はどうしても代わり映えしなくてね」

「なるほど……」

「例のパパス芋が使えれば良いんだが、さすがに手配が間に合わなくてね。料理長は早く手に入れろとせっついているんだが」

「マンドさんが?」

「あぁ。君が作った揚げ料理が気に入ったみたいで……他の材料でも色々と試してみているらしいがね」

「あれ? だったら、揚げ物で良いんじゃ……?」

「悪くはないんだが……どうしても見映えがね」

「あぁ、なるほど」



 肉も魚も野菜も、衣を付けて揚げてしまえば、どれもこれも同じに見える。茶色いフライが並んでいるだけでは、見た目が地味になるのは避けられない――とユーリも納得の(てい)であった。

 ……(もっと)も、〝衣を付けて揚げる〟などと考えているのはユーリだけで、揚げ物自体を知らなかったアドンやマンドが試みているのは、何も付けない素揚げであった。……ユーリはそこまで気が廻らなかったのだが。



「う~ん……ソースで彩りを添える手もありますけど……それでも五十歩百歩でしょうね」

「マンドも色々と試していたようだけどね。ユーリ君、何か面白いソースを知らないかね?」

「生卵を使ったソースの事を祖父から聞いた事はありますが……怖くて作れないんですよね」

「あ~……生卵かぁ……ちょっと怖いね」



 生卵を使ったマヨネーズやタルタルソースは、生卵がサルモネラ菌などに汚染されていると、食中毒を起こす危険性が高まる。【鑑定】して汚染されていないと確認できれば良いのだろうが、ここローレンセンで汚染されていない生卵が手に入るかどうかは怪しい。商人として、危険なものは避けるべきであろう。



「う~ん……」



 パーティ料理となると、美味しい事は言うに及ばず、アドンが先程述べたように見た目の美しさやインパクトも重要になる。たとえば挽肉を使ったハンバーグステーキなどは、屑肉料理だと誤解されかねない。家庭料理としては一押しでも、パーティ料理には向かない可能性があるのだ。それに、地球だとこの時代に既にミートローフが存在していたし、目新しさの点でもインパクトは小さいだろう。ロールキャベツはまだ知られていないかもしれないが、これもどちらかと言えば素朴な家庭料理である。レシピを教えるに(やぶさ)かではないが、アドンの要求からは微妙に外れている気がする。

 なら、オムレツはどうか。フランス料理の花形とも言えるオムレツだが、見た目はどれもこれも同じようなものだ。鮮やかで柔らかな黄色は確かに目にも美しいが、インパクトの点ではどうなのか。ケチャップでもあれば、赤と黄色のコントラストが目を奪うだろうが……



(確かケチャップは……と言うより、ケチャップに必須のトマトが知られていないんじゃないかな。ペピットなら使えるかもしれないけど、現状で多数を提供するのは不自然だし……)



 一応候補には挙げておくとして、他には……



(う~ん……ステーキやシチューは似たようなものがあるだろうし、煮物や焼き物ではインパクトが弱いかな。揚げ物はさっき言ったような欠点があるし……魚料理も、材料の入手に不安があるしね。刺身系は珍味と言うより下手(げて)(もの)扱いされそうだし……チーズや酒は手配が間に合わないかな。菓子系は……生クリームがネックになりそうだし、チョコレートは入手不可か。どのみち砂糖を大量に使うけど、この国だと砂糖はあまり使われずに蜂蜜とメープルシロップなんだよな……味の違いがどうなるか、僕だと()く判らないし……)



 無茶振りをし過ぎたかと隣でオロオロしているアドンを尻目に散々悩んでいたユーリであったが、やがて蒸し料理――虫料理も悪くはないが、少しハードルが高いだろう――はどうなのかと思い付いた。思い返せば、ここへ来てから蒸し物系の料理を食べた事があまり無いような気がする。台所には天火(オーブン)があったから、蒸し焼きができないわけではないだろうが、意外にレシピが乏しいのかもしれない。

 とは言え、()かし芋などはあまりにも単純過ぎて……いや、逆にウケるかもしれないが、とりあえず候補から外すとして、茶碗蒸しは出汁(だし)がネックになるだろう。残るは餃子(ぎょうざ)焼売(しゅうまい)、中華饅頭……。野菜の蒸し物は彩りには良いか。他には……



「アドンさん。奉書(ほうしょ)焼きとか塩釜(しおがま)焼きってご存じですか?」

マヨネーズに関しては、後ほど第四部で再び触れる予定です。なので、〝あれ?〟と思われた方は、口を噤んでいて下さると助かります。

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