第三十一章 紙さまざまの話~異世界紙事情~ 3.書店にて(その2)
店主に案内されて、書店に置いてある紙製品――革装幀の日記帳とばら売りの紙――を見せてもらったユーリは、内心でその品質の悪さに呆れ果てていた。
高級紙の品質はそれなりであるが、普及品の品質は――前世の日本での基準に照らせば――お世辞にも合格とは言えない。
(アドンさんが僕の日記を見て驚いていた理由が判ったな……変にくすんだような色合いだし……これって、着色してるんじゃないよね……?)
店主に製法を聞いたところで納得した。これらの紙は木材パルプでなく、ボロ布を原料として作られていたのだ。
(そう言えば……地球でも昔の紙は、ボロ布を醗酵させたり叩解したりして作っていたんだっけ……日本にいた頃、本で読んだよ……)
こちらの世界の製紙技術も、未だそのレベルに留まっているらしい。ならば、高級品は別として、普及品の紙が黄ばんでいるのも無理からぬ事か。
(確か……黄色がかった紙には、補色である青系の染料を混ぜる事で、白く見せる事が可能だって書いてあったけど……そういう技術も知られてないのかな? それとも、コスト的な理由でやってないのかな?)
確かめてみたい気はしたが、迂闊な事を口走って退っ引きならない羽目に陥るのは避けたい。ここは沈黙の一手だろうと、素知らぬ顔で製品を見ていく。
見た限りでは、紙は白……と言うか、生成りのものばかりで、着色された紙は無いようだ。高級紙の場合、漉く時に白色顔料のようなものは加えているのかもしれないが。
(……折り紙とか千代紙とかは知られてないのかな? 記録媒体として以外の紙の用途って、あまり広まってないのかもしれないな……)
色紙の類はともかく、メモ用紙の購入を考えていたユーリとしては、些か当てが外れた格好である。
(……と言うか……肝心のメモ帳が置いてないんだよな……)
前述したとおり、この世界の書写材と言えるものは革装幀の「日記帳」くらいであり、気軽にメモを取るような習慣は無い。必然的に、ユーリが求めるようなメモ帳だの手帳だのといった品物も存在しない。
その理由としては、第一に、使い捨てのようなメモを取るには、紙というものは高価に過ぎるのである。
そして第二に、手に持ったままの用紙に手軽に文字を書けるような筆記具が無い――もしくは少ない――事が挙げられる。地球と相似的な歴史を歩んでいるのであれば、万年筆くらい発明されていてもいいのではないか――地球で万年筆の原型が誕生したのは紀元一世紀のエジプト――と思うが、現実にそのようなものは――さっき訪れた雑貨店でも――見当たらなかった。鵞ペンだとペン先を一々インク壺に浸す必要があるので、立ったまま記録するには不向きである。筆と矢立くらいならあってもおかしくない気がするが、なぜか筆記用具とは見なされていないようだった。無論、この事に関しても黙秘を貫いておく。口は災いの元。余計な事は口走らないに限る。
(う~ん……自作の紙より品質が悪いのは気になるけど……中級品の紙を纏め買いしておくかな。……毎回紙を漉くのも大変だし……。裁断して綴じれば、メモ程度には使えるよね……)
そろそろ厚紙が欲しくなってきたのだが、またしても当てが外れた事に、この店にはそれらしきものが置いてない。この国有数の商都ローレンセンの、それも指折りの店に置いてないのであれば、この国で厚紙を入手できる確率は低いだろう。となれば自作するしか無いが、製紙原料をそちらに廻せば記録用の紙が割を食う事になる。その分は――些か品質には思うところがあるが――ここで購入する紙を当てるしかないだろう。
こういった判断の下に、ユーリは中級紙を大量に纏め買いしたのであった。店主は当然好奇心を刺激されたが、上客であるアドンの知人らしい少年の事を詮索するような下世話な真似はせず、また、この事を触れて廻るほど浅はかではなかった。その辺りを考慮して、アドンもユーリの同行を認めたのであったが。