第三十一章 紙さまざまの話~異世界紙事情~ 1.雑貨店にて
「……文具店?」
不可解そうに問い返したアドンの様子を見て、どうやらこちらの世界では通じない単語らしいと気付くユーリ。
「えぇと……紙とか筆記具とか……そういったものを纏めて取り扱っている店の事なんですけど……」
ユーリの説明を聞いて、ふむ、という感じに考え込むアドン。やがて顔を上げると、そういうものだけを専門的に取り扱っている店は無いが、その手のものを置いている店ならあると言う。
「丁度注文に行く予定がある筈だから、ついでに案内するように言っておこう」
――という遣り取りの後、ユーリはアドン邸の執事であるヘルマンとともに馬車に乗っていた。ちなみに、筆記具なんか見ても面白くないという理由で、ドナとオーデル老人は不参加を表明している。記録魔のユーリからすれば、甚だ寂しい反応であったが、書物や紙の流通量が少ない事情に鑑みれば、無理からぬ反応ではあった。
「日用品の買い出しに、態々ヘルマンさんが出られるんですか?」
そういうのはもっと格下の、下男とかメイドとかの役目ではないのかと言いたげなユーリに対して、執事は生真面目に返答する。
「この手のものの目利きができる者が、他におりませんので」
食品や衣料品の品質くらいなら、判る者は他にもいる。酒や木炭も何とかなるだろう。しかし、さすがにインクや紙類の目利きとなると、他の使用人には荷が重い。という理由で、執事自らが発注に出向くという事になるらしい。
「最初に雑貨を商う店に参ります。そこはペンやインクなども扱っておりますので、ユーリ様のご希望に添えるかと存じます」
「あ、はい。どうもありがとうございます」
年長者に丁寧語で話しかけられるのはどうにも落ち着かないな――と思いつつ、ユーリは本日の予定を訊き出していく。最初に雑貨店でペンやインク、木炭、紅茶などを注文して、次に廻るのが書店という事であった。この国では紙はそれほど普及しておらず、書店が片手間に扱う程度の流通量らしい。
色々と話し込んでいるうちに馬車が雑貨店に到着したので、ユーリはヘルマンと共に店内に入った。
(う~ん……やっぱり、この世界の筆記具は鵞ペンかぁ……)
元いた世界では、紀元一世紀には万年筆――の原型?――が発明されていたとか聞き囓った覚えがある。だが、こちらの世界では筆記具は未だに鵞鳥の羽ペンが主流らしい。筆は存在している筈だが、あくまで画材の扱いで、筆記具として使われる事は無いようだ。
また、ざっと見た限りでは、金属製のペン先も置いてない。これだけ大きな雑貨商にペン先が置いてないという事は、万年筆どころか付けペンすら普及していないのかもしれない。なるほど、アドンが鉛筆に食い付くわけだ。
その鉛筆――正確にはチャコールペンシル――であるが、アドンが手配した粘土だか陶土だかが揃ったので、一通りのチェックを済ませておいた。粘土というより細かな砂のようなものもあったが、それ以外ではどれを使っても大差無いような気がする。土の種類や産地よりも、どれだけ細かな粘土を使うかの方が重要なようだ。この点は既にアドンに伝えておいた。ちなみに、木炭や粘土の微粉化作業に当たって呼吸器に障害が出る可能性と、それを回避するためのマスクの着用に関しても、既にアドンに伝えてある。早ければこの冬にも試作品が出来上がる筈だ。
商品化された鉛筆の使い心地が好ければ、自分でも購入する事にしようか……などと考えながら、あれこれと商品を見ていたが、ヘルマンの用事が済んだようなので、ユーリは店を去る事にした。