第三十章 魔製石器顛末
「あの石器の作り方を教える?」
「ユーリ君、本気かね?」
「ええ。尤も、再現性……上手く教えられるかどうかは解りませんけど」
ユーリとアドン、オーデル老人が何を話しているのかというと、魔製石器の製法についてである。
チッポ村への道すがら、「幸運の足音」のハーフエルフ二人から魔製石器が引き起こしそうな面倒事のあれこれを聞いたユーリは、自分の平穏な生活を守るために、魔製石器の製法を公表しようと決意した。魔製石器を求めるエルフや魔術師が大挙して自分を訪れるなど、引き籠もり体質で微コミュ障のユーリにとっては悪夢でしかない。しかしながら、ハーフエルフの二人が既に村への手紙に書いた以上、魔製石器の事を隠し通す事はできない。いずれは自分の事も明るみに出るだろう。
だが、魔製石器の事を隠すのは無理でも、製造販売を他人に任せておけば、自分は騒ぎに巻き込まれずに済むのではないか。
「しかし……だとしても、見切りが早過ぎないかね?」
「そのお嬢さん方の話では、まだユーリ君の事は漏れておらんのじゃろう?」
「僕の国には、転ばぬ先の杖という諺があるんですよ。情報が漏れてからでは遅いんです」
きっぱりと言い切るユーリを見て、商人との相違を自覚するアドン。一端の商人であれば、儲けのためなら多少のリスクは覚悟するものだが、この少年は、リスク回避のためなら莫大な利益を投げ捨てて、恬としていられる手合いらしい。
……とは言え、確かに事が公になれば……
「……大騒ぎになりかねんのぉ……」
「あぁ、エルフや魔術師、冒険者、それに料理人などが、挙って求めに走るだろうな」
「あの……他はまだ解るんですけど……料理人というのは……?」
訝しげなユーリに対して、アドンが事情を説明する。
「要するに、金属臭がしないんだよ、あれは。だもんで、食材が金気臭くならないと言って、料理長が絶賛していた。それはもう、口を極めて」
そんな効能もあったっけと、些か暗くなりながら納得するユーリ。我ながら便利な刃物を造ったものだと思うが、今はその便利さが恨めしい。
「アレが大っぴらになったら、確かに関係各方面が血眼になって探すだろうな……それを考えると、早めに動き出しておいた方が無難か……」
「じゃな。仮に全員が口を噤んでいたところで、使っていれば人目を引かずにはおかんじゃろう」
「それを考えると……そうだな、ユーリ君の言うとおり、早めに動き出して主導権を確保しておくのが上策か……」
しばし考え込んでいたアドンは、不意に顔を上げると、ユーリを鋭い目で見つめた。
「ユーリ君、本当に構わないのかね?」
「ええ。他のあれこれで既に充分な利益を得ています。これ以上は……」
「……確かに、他のあれこれで色々と目立っておるのぅ……」
「目立ち過ぎるな……確かに……」
魔製石器がもたらす利権は莫大だが、その分追及も厳しいものになるだろう。未成年のユーリをそれに曝すのは、一人の年長者としても同意しかねる。
「ユーリ君、この話を私にしたという事は……」
「僕は他の魔術師の方に伝手がありません。例外は『幸運の足音』のカトラさんですが、彼女は土魔法を持ちませんから、石器の作製には関われません。信頼できそうな土魔法使いの方を探すには、アドンさんのお力を借りるしか思い浮かばないんです」
そこまで言って一息吐くと、ユーリは続きを口に出す。
「土魔法使いの方が見つかったら、できるだけ詳しく造り方をお伝えします。その後の流通その他については、お手数ですがアドンさんにお任せしたいと」
――掛け値無しの大仕事である。
それだけの利権をあっさりと手放すユーリは、どれだけ平穏に執着するのか……と、思っていたのだが、ここへきてアドンは妙な違和感に囚われていた。何というか……自分たちとユーリの認識に、何か根本的な齟齬があるような、ちぐはぐな印象が拭えないのである。
アドンが感じた違和感は、ユーリの誤解――己に対する過小評価――が原因となっている。ユーリにしてみれば、〝最底辺の自分にできる事なのだから、コツさえ教えれば誰にでもできるだろう〟と、妙な確信を抱いており……そのせいで鉛筆にも魔製石器にもさほどの固執を抱かないのであった。
加えてユーリは引っ込み思案のプチ・コミュ障である。自分の平穏が最優先。金も名誉も地位も不要。何なら山奥に引き籠もる事も視野のうち。実際に塩辛山の山腹で、それ用の土地を物色していた。イメージとしては、前世地球のシェルターとか秘密基地のつもりである――この世界だとダンジョン扱いされるかもしれないが。結界の魔道具だって、見本として一応購入済みである。これを参考にすれば、憧れのバリアーだって張れるかもしれないではないか。
男とは、幾つになっても――十二歳だが――少年の心を忘れない生き物なのだ。




