第二十九章 大いなる?遺産 4.錬金術素材の採集
チッポ村で一泊した翌朝、宿の食堂で朝食を摂っていたクドルたちに、ユーリが怖ず怖ずとお伺いを立てる。
「あの、クドルさん。帰る途中に寄り道をする余裕はありますか? 勿論、追加の料金はお支払いします」
「ん? 別に追加料金なんざ貰うつもりは無いが……どこに寄るんだ?」
「あ、はい。昨夜ブンザさんの遺稿を読んでいたら、少し離れた森で素材を採っていたみたいなんです」
「なるほど、錬金術の素材か……」
故人ブンザはユーリと同様の記録魔であったらしく、書き付けの山を遺していた。身の回りの出来事や仕事上の工夫、錬金術素材のあれこれなどを、内容ごとに分類して書き残していたのである。
この時点でユーリは故人に強い共感と感謝を覚えていたが、それはともかく――昨夜のうちに作業日誌を調べていたユーリは、看過できない記述に目を留める事になった。
それは、故人が雑貨店に頼まれてガラス壜の作製を請け負っていたという事実であり、原料となる珪砂を村から少し離れた山麓で採集していたという事実であった。その採集場所が、丁度ローレンセンへの帰路に当たっている事から、ユーリは帰りの寄り道を申し出たのであった。
「……あぁ、確かにそこなら大した寄り道にもならんだろう。今日のうちに帰り着ける筈だし、構わんと思うが?」
クドルから視線を向けられた他のメンバーも、うち揃って頷き同意を示す。
「じゃあ、お手数ですけど、お願いしますね」
斯くいった次第でユーリたち一行は、帰路に問題の小さな森へと立ち寄る事にしたのだが……
・・・・・・・・
目的地へ向けて田舎道をひた走る馬車。その脇を軽快に伴走しつつ、結構な頻度で素材を採集しているのはユーリである。
息も切らさず馬車に追随するだけでも大したものなのに、走りながら目敏く素材を見つけては手早く採集していく。既に手際が良いとかいうレベルではない。何か特別なスキルでも持っているのか?
「いえ、何となく覚えただけですよ。これくらいできなきゃ田舎暮らしは務まりませんし」
本職の方には叶いませんよ、と謙遜するユーリであったが……
(「……そうなのか?」)
(「いえ……あれは素人の真似事ってレベルじゃないですよ……」)
(「けど、手早く採集しないと駄目というのは解る気がする。場所が場所だし」)
(「塩辛山か……」)
(「確かに、それはあるかも……」)
と、クドルたちを唸らせた採集芸であるが、種を明かせば【探査】スキルである。素材として使えるものを視野に表示させ、それを片端から採集しているわけだが、ユーリはここで一手間加えていた。すなわち、過去の採集記録に照らし合わせて、塩辛山の周辺では採れないものだけが表示されるようにしていたのである。
まぁ手品の種はどうあれ、クドルたちを驚かせた採集技術であったが、あまり時間をかけ過ぎても拙かろうと、少しずつ控えめにしていった。やがて見えてきた小さな広場に馬車を止めると、ユーリは徐に小さな踏み分け道へ入り込み、クドルが慌てて後を蹤いて行く。踏み分け道を少し進むと、小さな崩落跡地へと出た。剥き出しになった土砂の質を確認すると、ユーリは麻袋――ローレンセンで大量買いしたもの――を取り出して、土を詰め始めた。
「おいユーリ、この土が素材なのか?」
「はい。珪砂ですね。ガラスを造る時の原料ですよ」
「ガラスだと?」
「えぇ。故人は壜を造っては納品していたみたいですね」
そう喋っている間にも、ユーリは土魔法で珪砂を……正確には、石英質を多く含む山砂を袋詰めしてはマジックバッグに収納していく。あっという間に三十袋ほどを詰め込むと、とりあえずはこんなもんだろうと腰を上げた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょうか」
・・・・・・・・
一通りの素材を回収し終えたユーリは、今度は大人しく馬車に乗って帰途に就いている。他愛無いお喋りを楽しんでいたユーリたちであったが、ふと思い付いたようにクドルがユーリに問いかけた。
「なぁ……ユーリはガラスを造れるのか?」
「まさか。故人の遺した資料を基に独学でやってみるつもりですから、資料に書いてある素材は確保しておきたいだけですよ」
「でも……それらしい砂なら、あの小屋にもあったじゃない?」
「どれだけ失敗するか判りませんからね。原料は多いに越した事が無いです。それに、今回採った土にしても、そのままでは原料になりませんから」
「あれ? そうなのかい?」
「えぇ。最初に使える部分を選り分ける必要があるんですよ。小屋に残っていたのは、選り分けた後の珪砂ですね」
それは結構大変なんじゃないかと言うクドルたちに、
「冬の間の仕事ができました」
――と、けろりとして答える。
そう答えた事で思い付いたらしく、
「そう言えば、クドルさんたちは、冬はどうするんですか?」
冬になって雪が積もったら、狩りも移動も難しくなるのではないか? そう懸念したユーリが質問する。
「あぁ、他の連中だと、南下して少し暖かい町へ行く者も多いんだがな」
「うちらはそうもいかないし」
「?」
不得要領な顔のユーリに、クドルたちが説明してくれる。C級以上の冒険者は、勝手に町を離れられないのだと。万一の場合の防衛戦力としてカウントされているかららしい。その分、ギルドから幾ばくかの手当が出るとの話であった。
「ま、ローレンセンは商都だしな、冬も結構護衛依頼はあるから、それをやって食いつなぐさ」