第二十九章 大いなる?遺産 2.村へ
小さな村――その名もチッポ村――へと続く鄙びた道をガタゴトと走っている馬車。御者台に座っているのは獣人の斥候、フライである。
そう、ユーリの依頼を引き受けたのは、他でもない「幸運の足音」であった。
〝ユーリには色々と世話になってるから、これくらいしないと罰が当たる〟という、当のユーリには今一つ理解できない理由から、彼らはこの依頼を無償で引き受けたのである。さすがにそれはと難色を示したユーリが、せめて宿代と食費を持つという事で話が纏まり、馬車の方はアドンが用立ててくれたのである。
「へぇ……皆さんは一時他の町へ行ってらしたんですか」
「あぁ。帰ってきた早々に、あの熊公の討伐に駆り出されたってわけだ」
「ま、俺たちの事はいいやな。それよりユーリこそ、俺たちが留守している間に、大立ち廻りをやらかしたそうじゃないか」
「当たり屋のチンピラを虐めたって話が届いてるんだけど?」
「やだなぁ、虐めただなんて人聞きの悪い。大人のくせして少々おイタが過ぎたから、少しだけお仕置きしただけですよ」
「大の大人が泣き喚くほどのお仕置きかよ……」
「お仕置きって、本来そういうものですよね?」
真顔で問い返すユーリに、何とも言えない表情で、しかし頷くしかない一同。確かに、それこそがお仕置きの本質ではある。
「ま、ユーリの事だから、その後にも何かやらかしてるんじゃないのか?」
「失礼だなぁ」
などという掛け合いを交えつつ、これまでの事を話していくユーリ。身を乗り出して聞いていた一同であったが、アドンの屋敷の料理長マンドが魔製石器を借りパクしようとした一件の辺りから、カトラとダリア二人のハーフエルフの挙動がおかしくなった。
「……そう言えば、皆さんにも石器をお分けしていましたよね」
役に立ってますか――と、聞こうとしたところで、ハーフエルフ二人がビクッと身を震わせる。目敏くそれを認めたユーリが、嫌な予感を覚えて二人に問いを発する。
「……あの……ナイフの事は、あまり触れ廻らないでほしいんですけど……」
「御免なさいっ!」
「村への手紙に書いちゃった!」
――ハーフエルフ二人の話を纏めると、こういう事になる。
まず大前提として、エルフは保有魔力量が多く、また魔力に通暁するが故に、魔力と親和性の低い金属器とは相性が悪い。その結果、ナイフなどの武器を装備するのに大いに苦労している――という現状がある。ドラゴンなど魔獣の素材を材料としたものなら装備できるが、それらは押し並べて数が少なく、加えて価格も加工賃も高い。
ところがユーリの「魔製石器」は、金属でないためにエルフやハーフエルフが装備しても何ら問題は生ぜず、しかも魔力と親和性が高いという、ある意味でエルフのために生み出されたような代物である。刃物類の確保に難儀しているエルフたちが食い付かないわけが無かった。ならばエルフたち自らの手で造り出せばいいのではないかと言うと、事はそれほど単純ではない。
まず、エルフたちは確かに魔法は達者だが、使える魔法は木属性・水属性・風属性・光属性にほぼ限られており、火属性・土属性・闇属性の魔法を使える者はごく僅かであった。このうち火属性については、エルフたちの住まう森の中だと練習するのがほぼ不可能――と言うか厳禁――なので、仮に素質があっても上達しないという事情がある。一方で土魔法と闇魔法については種族的なものらしく、素質のある者がほとんど生まれない。ハーフエルフの場合は、片親である人間族の影響が大きいのか、火魔法以下の三魔法を使える者――身近な例を挙げれば、カトラが火魔法を使える――も生まれてはくるが、やはり土魔法と闇魔法に熟達する者はほとんどいない。つまり要点を述べるなら……
「ユーリ君が作ったような『石器』は、あたしたちには造れないのよ」
「喉から手が出るほど欲しいのに、自分たちでは造れないの。解る?」
「つまり……僕の石器に物凄く食い付く可能性が高い……そういうわけですか?」
「可能性じゃなくて、確定ね」
不吉な未来を幻視して頭を抱えたユーリに、情け容赦の無い追い討ちがかかる。エルフでなくても魔術師なら、こんな代物を見て食い付かないわけが無い、と。
「何たって新しい魔道具だしね、そりゃ食い付くわよ」
「魔道具!?」
「あら? ユーリ君、自分で造ってて気付かなかった? 歴とした魔道具よ、これ」
「魔石を付けたら魔力持ちでなくても使えるんじゃない?」
予想外の展開に唖然としているユーリであったが、ここでクドルたちが参戦する。
「いや、このナイフ、魔力なんか無くても上々の切れ味だぞ?」
「確かにユーリ君の言うとおり、得物の解体には持って来いだしね」
「えーと……解体はまだしも、戦闘には使わないで下さいね?」
「ん? なぜだい?」
「硬いのは確かに硬いんですけど、その分粘りが無いと思うんですよ。荒っぽく使ってると、折れたりする危険性があるんで」
生前の日本で見たセラミック包丁の事を思い出しながら、ユーリはその欠点を挙げていく。セラミック包丁と完全には同じでないとは言え、気を付けておくに越した事は無い。戦闘中に折れたりしたら命取りである。
だが、そう述べているユーリに御者台から声が届いた。
「――けど、使ってみた感じじゃそんな心配は無さそうだったぜ?」
声の主は獣人の斥候役、フライである。獣人特有の耳の良さで、車内の会話は漏れなく聞いていたらしい。
「使ってみた……って、フライさん……使っちゃったんですか?」
「あぁ。どんな感じだろうと思ってな。フォレストベアが相手だったんだが、別段何も問題は無かったぜ?」
「それは……すぐに折れたりはしないと思いますけど……さっきも言ったように硬度はともかく、靱性に劣る可能性があるんです。過信しないで下さい」
「解った。けどなユーリ、手応えから感じた限りじゃ、粘りも鉄剣に引けを取らない感じだったぜ?」
「そうなんですか?」
ユーリは気付いていないが、「魔」製石器は単なるセラミックではなく、ユーリの魔力で強化された逸品である。【鑑定】で「魔製石器」と表示されるようになった段階で、普通のセラミック包丁とは一線を画して、鉄器並みの靱性を獲得しているのであった。知らぬはユーリばかりである。
一方、ユーリとフライが魔製石器の性能について議論している頃、馬車の中では「幸運の足音」のリーダーであるクドルが、ハーフエルフの二人を問い詰めていた。
「……お前ら、まさかとは思うがユーリの個人情報を……」
「あ、さすがにそこまでは漏らしてないわよ」
「さる伝手から凄いナイフを手に入れたって教えただけ。……土魔法で作ったっていうのもだけど」
「あたしたち以外に誰が持ってる――とか、そもそも何本あるのかとかも明かしてないから」
「まぁ……それならいいが……」
……よくはない。
ローレンセンへ戻り次第、アドンと善後策を協議しよう。ユーリは固く決意するのであった。