第二十九章 大いなる?遺産 1.商業ギルドにて
「ここが商業ギルドですか……」
「そう。内部の造りは冒険者ギルドと大差無いだろう?」
「でも、集まっている人たちの様子と……雰囲気は全然違いますね。……酒場もありませんし」
「ははは、ギルドに酒場が併設されてるのは、世界広しと言えども冒険者ギルドぐらいだろう。他所で騒ぎを起こされるくらいなら、目の届くところで飲ませておこうという事らしいけどね」
――という会話から判るように、現在ユーリがいるのは商業ギルドの建物内である。後学のために見ておいたらどうかというアドンの勧めに従って、商都ローレンセンの商業ギルドを見学にやって来たところであった。
冒険者ギルドとの違いに興味を引かれてキョロキョロと辺りを見回していたユーリであったが、冒険者ギルドなら依頼票が貼ってある辺りに、やはり何やら貼られているのに気が付いた。
「アドンさん、あそこに貼ってあるのは……?」
「うん? ……あぁ、あそこは掲示板だよ。ギルドの会員に報せたい事などが貼ってある場所だ」
「見ても構わないでしょうか?」
「構わんだろう。ギルド内には商人以外の者も結構立ち寄るし、見られて困るようなものは貼ってない筈だ」
――というアドンからの回答を貰って、ユーリは掲示板に近寄っていった。人員募集や呑み会のお知らせなどが貼られているのを面白そうに眺めていたユーリであったが、その報せを見た途端に、軽く息を呑んで硬直した。
「……どうかしたかね? ユーリ君」
「アドンさん……これって……?」
ユーリが指差した張り紙を見たアドンは……
「うん? ……なるほど、遺品整理の入札か。これはあれだよ、身寄りの無い者が死んだんで、その遺品を整理しようというやつさ。競売にかける前に、こうして商業ギルドに報せが来るのだよ。欲しいものがあったら入札できるように」
「……もう、入札は終わってるんですか?」
「いや、ここに貼られているという事は、まだ入札者がいないんだろう。……こんな田舎の村に燻っていたような下級錬金術師の遺品じゃ、大したものはないだろうからね」
――そう。それこそがユーリを釘付けにした理由であった。
錬金術師の遺品を、その道具を、丸々一揃いを、手に入れる機会が、目の前に転がっているのだ。これを黙って見過ごすなどラノベ読者の名折れだろうし、それでなくともユーリには看過できない事情があった。
「……アドンさん……これですけど、ギルド員でない僕が応札する事はできますか? できれば全部を一括して」
「ユーリ君が? それは……別に問題無いと思うが……ユーリ君は錬金術の心得があるのかね?」
狩りの腕に魔法、農業技術ときて、その上錬金術とは欲張り過ぎだろうと言いたげなアドンであったが……
「いえ、スキルは持ってません。けど、スキル無しでも作業はできますよね? その程度の真似事でも、できるとできないとでは大違いなんです」
――と、納得できるようなできないような、そんな答が返って来た。
「錬金術師の遺品が纏まって手に入る機会なんて、そうそうあるものでもないでしょう。僕としては、千載一遇の機会を逃すわけにはいきませんよ」
「しかし……小さな村の名も無き錬金術だよ?」
高名な錬金術師の遺品というならまだ解るのだが――と、言いたげなアドンに向かって、しかしユーリは力強く反論する。
「いえ、だからこそ、ですよ」
「???」
わけが解らないという顔のアドンに向かって、ユーリは自説を開陳する。
「小さな村の錬金術師という事は、村人から色々な雑事を持ち込まれていたと思うんですよ」
「まぁ……そうだろうね」
「そういう様々な雑用を、恐らくですがさして豊かでもない錬金術師がこなしていくには、色々な工夫があったと思うんです。その工夫は、僕にとって喉から手が出るほどに貴重です」
ユーリにしてみれば、名工名匠になる気などさらさら無い。とりあえずで充分だが幅広く対応できる、鍛冶で言えば野鍛冶のような何でも屋こそが理想であった。そして、半端仕事で食いつないでいた下っ端錬金術師なら、そういうノウハウも豊富な筈である。依頼を選んでいる余裕などは無かった筈だから。
「勿論、生きている錬金術師に師事する事ができればそれに越した事はありませんが、だからといって今回の機会を見逃す事はできません」
――そう力説するユーリに、なるほどなぁという眼を向けるアドン。
〝喉から手が出る〟――の辺りで密かに聞き耳を立てていた周りの商人たちも、納得できたという表情である。
「まぁ、一筆書いてあげるから入手の方は大丈夫だろうが……しかし、ユーリ君はこの村の位置を知らんだろう? 私が同行できればいいんだが、残念ながら今はこの町を離れるわけにいかなくてね」
この町を離れられない理由の一つが、ユーリの持ち込んだ商品の処理である。
それを知っているユーリは寸刻考え込んだ様子であったが……
「冒険者ギルドに護衛と案内の依頼を出すというのはどうでしょう?」
斯くして、名も無き錬金術師の遺品を手に入れるため、ユーリはその小さな村へ向かう仕儀と相成ったのである。