幕 間 料理長殿、ご執心
「ユーリ君……あのナイフじゃが、もう残ってはおらんかね?」
「はい?」
ローレンセンへ来る途中に各人に一本ずつ渡した筈だ。それだけでは足りないとでも言うのか、この老人は。
欲深には思えないだけに訝しんでいたユーリであったが、
「いや……アドンのやつは口に出さんじゃろうが……実はな……」
と、事情を説明するオーデル老人。
「……料理長さんに持ってかれちゃったんですか……」
フライドポテトの時の食い付きっぷりを思い出し、あの料理長ならさもありなんと納得するユーリ。きっとナチュラルに借りパクして、そのまま使ってしまうような気がする。料理に使うというのなら、確かにアドンとしても文句は言いづらいだろう。
「あいつは自分が軽はずみだったと諦めておるようじゃが……どうにも不憫でのぅ……」
「はぁ……」
土魔法で作れるとは言え、魔力を馴染ませて魔製石器にまで育てるのは、結構手間がかかる。第一、材料からして制限がある。奇妙に聞こえるかも知れないが、普通の土でなくてはならないのだ。
実は、ユーリは岩塩坑の近くで粘土層を発見していた。陶器やセラミック製品の知識のあったユーリは、早速その粘土を使ってナイフを作ってみたのだが……上手くいかなかったのだ。
いや、ナイフ自体は問題無く作れたし、心持ち硬度も高いようだった。ただ、その後の〝魔力を馴染ませる〟工程が上手くいかなかったのである。
実はここフォア世界では、魔力への親和性は魔素に触れた期間の長さに比例するという大原則が存在している。言い換えると、魔素に触れた事の無い物質には魔力が馴染みにくいという事である。地中深くに堆積していた鉱物や粘土などは、魔素に触れた期間が短くなるため、その分だけ魔力に馴染みにくい。鉄に代表される金属器の多くが魔力に馴染まないのは、これが一因となっている。
翻って普通の表土は、普段から魔素を含んだ空気に触れているため、その分だけ魔力への親和性は高い。結果として、地中から掘り出した粘土で作ったナイフは、単なる硬度は普通の土で作ったものに優るのだが、魔力を流した時の切れ味では寧ろ劣るという結果になったのである。
なお、これは別に魔素の濃い塩辛山の土だからというわけではなく、試しにローレンセンの土で作ってみたものでも同じ結果になった。……まぁ、濃い魔素に触れていた塩辛山の土製の方が、若干品質は高くなるようだが。
長広舌を振るってきたが、要するに〝幾らでも作れると思われては困る〟のである。
しかし……とユーリは考える。アドンには色々と世話になっているし、多分今後も世話になるのは間違い無い。また、今後の事を考えると、料理長とも良い関係を築いておきたい。
ユーリは溜息を吐くと、マジックバッグから予備の魔製「庖丁」を取り出すのであった。
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「いや……、ユーリ君、大いにすまなかった」
「いえ……ナイフ、返してもらえました?」
「あぁ、君のお蔭だ、助かった。……うちの料理長は、腕の方は良いんだが……思い込みが激しいというか……料理の事になると傍が見えなくなるところがあってね」
地味に危ない性格だな、と思いつつ、アドンに釘を刺しておく。
「まぁ、それはともかく、料理長さんにはしっかり口止めしておいて下さいね? 土魔法で作れるとは言っても、作るのには結構手間が要るんで」
「無論だ。面倒を起こしたら包丁を取り上げると言ってあるから、料理長も下手な真似はせん筈だ」
「ならいいんですが」
ユーリもアドンも――なぜかは判らないが――すっかり失念していた事があった。
同じようにナイフを分け与えた冒険者パーティ「幸運の足音」……特に、尋常ならざる食い付きぶりを見せたハーフエルフの二人の事である。
エルフは保有魔力量が多く、また魔力に通暁するが故に、魔力と親和性の低い金属器とは相性が悪い。その結果、ナイフなどの武器を装備するのに大いに苦労している。ドラゴンなど魔獣の素材を材料としたものなら装備できるが、それらは押し並べて数が少なく、価格も高い。自助努力で素材を入手したとしても、それを加工するのがまた難物である。その結果エルフたちにとって、使い易い自前の武器の入手は、種族的な課題となっていたのである。
そんな苦境にあるエルフやハーフエルフの間に、ユーリの魔製石器の情報が流れればどうなるか……。
ユーリたちはまだその事を知らない。