第二十八章 珍品堂主人 1.ぼくのかんがえたさいきょうのまどうぐ
「ここが?」
「はい。ユーリ様ご希望の魔道具屋です」
今回ユーリがエトに連れて来てもらったのは魔道具店である。以前から興味はあったのだが、魔道具というのは押し並べて高価であると聞き、手が届かないだろうと諦めていたのである。ところが、ローゼッドの心材が想像以上の高値で売れて、一気に懐が暖かくなった。そこでアドンに相談してみると、良心的で品揃えの良い魔道具店に紹介状を書いてくれた上に、エトを案内人に付けてくれたのである。ちなみに、魔道具と聞いて好奇心を刺激されたドナとオーデル老人も同行している。
「知り合いの婆さんがやってるんですよ、ここ。少し偏屈だけど真っ当な婆さんですから、あくどい真似はしないと思います」
そう言いながら扉を開けたエトであったが……
「聞こえてるよ、小僧。生意気言ってないでさっさと入んな」
肩を竦めて店に入ったエトに向かって、店主の老婆曰く。
「誰が偏屈だって? あぁ?」
「だから、真っ当な婆さんだって言ったろう? 今日はお客さんを案内して来たんだ。大事なお客さんだから、失礼な真似はしないでくれよ?」
「お前以上に失礼な真似は、やろうったって中々できやしないよ」
店の中に座っていたのは小柄な老婆であった。白髪で、少し萎びた感じはするが、目と声には精気が漲っている。一頻りエトとの掛け合いを終えると、老婆はじろりと無遠慮な視線を向けてきた。ただ、無遠慮ではあっても下世話さや無礼さを感じないのは、年の功というものであろうか。
ユーリは名告ると同時にアドンからの紹介状――とは言っても、名刺の裏に走り書きを認めただけの簡単なもの――を差しだした。
「ふぅん……アドンの旦那の紹介かい。……最近あちこちで噂になってるのは坊やだろう?」
「噂……ですか?」
「チンピラを半殺しにしたり、あちこちで大名買いしたり……こないだは薬屋で高級ポーションを根刮ぎにしたっていうじゃないか」
「心外な。根刮ぎになんかしていませんよ。一通りは買いましたけど、ちゃんと町の人たちの分は残しておいた筈です」
ユーリは魔道具店へ来る前に薬剤店にも立ち寄り、高級ポーションを一揃い買い求めていた。抑身の安全を何より優先するユーリが、この手のポーションを買い揃えないなどあり得ない。
実は高級ポーション自体は、先日のティランボット討伐の時に、安全確保の名目でギルドから一本巻き上げていた。ただ、巻き上げたそれを【鑑定】したところ、原料の一部は判ったものの、今のユーリには作れない事も判明した。なら出来合いを買った方が早いとばかりに、薬剤店で一通り買い揃えたのである。
「まぁ、それはともかくとして、何が欲しいんだい?」
そう改めて訊かれると……
(……何だろう。魔道具ってだけで舞い上がってたからな……)
ユーリのように冷やかし半分の客も珍しくはないらしく、腕を組んでうんうんと唸り始めたのを見ても、店主の老婆――インバというらしい――は落ち着いたものである。ゆっくり考えな、と言って店番に戻った。
ちなみに、お供の三人――エト・ドナ・オーデル老人――は、ユーリを放って店内をきゃっきゃと見廻っている。薄情な連中である。
(う~ん……魔道具に期待するのは……第一に、身の安全だよな)
まず、現代日本的な意味でのセキュリティ……いわゆる防犯は考えなくてもいい。何しろユーリの住まう場所には、他に人間は存在しない。仮に近くまで迷い込んだ者がいても、村を囲む塀を突破できるわけが無い。
寧ろ必要なのは、魔獣に対する備えだろう。そうすると……
「魔獣避けとかありますか? それか、結界を張るようなのは?」
「無くはないね。効果の範囲はどれくらいがお望みだい? それと、対象の魔獣はどれくらいを考えてるんだい?」
「できたら村一つ分、最低でも家一軒。対象は……差し当たってドラゴンレベルですか。体長三十メートルくらいの」
グリズリー程度なら、魔道具抜きでもどうにかなる。魔道具が必要な魔獣となると、やはりそれくらいだろう。そう思っていたユーリであったが……