序 章 終わりからの始まり その1
「まぁ、こちらにも業務上の規約とか内規とかがあって詳しくは言えないんだけどね、結論だけ言うと、君には異世界……君たち風に言えば剣と魔法の世界に行ってもらう事になったから」
「はぁ……」
ベッドの上で困惑した声を上げているのは一人の男性。
その彼が向き合っているのは、何も無い空中に悠然と腰を掛けている不可思議な人物であった。その身体は現実的な色彩を纏ってはおらず、ホワイトアウトしかかったような感じと言うか……とにかく、妙に白っぽい感じがする。喋り方は男性のようだが、声からは男性とも女性とも判別が付かない。案外、性別などと言う俗っぽいものとは無縁なのかもしれない。そもそも宙に浮いている時点で、一般の人間とは違う事が確定しているし。
ラノベなどでは定番の展開なのだが、いざ自分の身に起きてみると、やはり冗談としか思えない。ただ、悪い冗談でないのが救いである。
「薄々気が付いているだろうけど、このままだと遠からず君は死ぬ。別に我々としては君の生き死にに拘る理由は無いのだが、好い按排に異世界行きの人員募集が掛かっていてね。君の存在を向こうに動かせば面倒が無いのだよ」
身も蓋も無い理由ではあるが、確かに自分にとっても益のある話だ。断る理由は無い。況して……
「全く別の世界にいきなり放り込むのも何だし、多少の希望は聞いてやれる……所謂チートというやつだね」
こういう話を聞かされて、心が動かないわけがない。
……ただ、旨い話を手放しで喜ぶには、些か年を取り過ぎてもいた。
「一つ確認を。私は生贄としてその地へ行くのでしょうか? それとも、何らかの代行者、あるいは道具として……?」
「ふむ……生贄ではないな。どちらかと言えば後者になる」
「つまり、私が向こうの地へ行き、そこで活動する事がお望みだと?」
「そうだな」
「つまり、私が彼の地で早々に死ぬ事は、望んでおられない?」
「無論だ。それなりの手間を掛けて行ってもらうのだからね」
「言い換えると、私が向こうで生き延びる事は、何よりもまず神様のご意志であるという事ですね? 私ごときの卑小な願いに拘わらず?」
「そう……なるな……」
神とおぼしき人物も、この辺りで何やら風向きがおかしい事に気付いたようだが、既に言質は取られた後である。
「と、いう事は、私が生き延びる事に関わる能力は、全て神様が保証して下さるという事でよろしいですね? チート云々とは関係無く?」
――してやられた、という表情が浮かんだが、今更取り消す事もできない。神の言葉とは、そう軽いものではないのである。
「そう……だな……」
「ありがとうございます。それでは、チート云々よりまず先に、私が生き延びるための要件を片付けてしまいましょう」
――どうやら長い夜になりそうだ。
神は心の裡でそう嘆息し、同時に少しだけこの代行者を頼もしくも思っていた。
・・・・・・・・
「まず、身体的な能力……というか、最低限健康である事が必要です。単独で向こうへ行くのであれば、食糧を得るための能力も。あとは言語の能力ですか」
「その辺りは心配無用だ。これまでにも幾度か同じような事をやってきたのでね」
「ありがとうございます。それでは、食べられるものを正しく選び取るために、【鑑定】かそれに類する能力が必要となりますが?」
「承知している。過去にもそういう要求はあったからね」
……尤も、かつてそう要求した者は「チート能力」として【鑑定】を要求したのだが、目の前にいる者はそれ以前の必要条件として要求している。時代が変わったのか、それともこの者の言い分が正しいのか……。
「あと……向こうの世界では、私のような転生者、もしくは転移者は多いのですか? 私が転生者もしくは転移者と知られた場合の事ですが」
「ふむ……確かにそれは面倒な事になるかもしれん。少ないとは言え、【鑑定】の能力を持つ者も彼の地にはおるしな。……解った、【鑑定】を誤魔化すためのスキルも与えておこう」
転生者用に開発したユニークスキルに、確かその手の機能もあったはずだ。デフォルトで与える予定のスキルだが、願いを聞いた事にしてやるくらいは、ちょっとした茶目っ気の範囲だろう……決して意趣返しなどではなく。
「ありがとうございます。それと……擬装繋がりで、身を隠すための能力と、気配を察知する能力も戴けないでしょうか? なるべくなら、無用な諍いは避けたいのです」
「むぅ……確かに……生き延びるための能力には違いないか……」
次第に増える要求項目に呆れはしたが、要求の理由は筋が通っている。
些かの興味を覚えつつ話を聞いていた神であったが、続いての台詞には少々驚かされた。
「【鑑定】はともかく……【収納】もか?」
「初めて行く場所なんです。いつ、どこで、何が、必要になるのか解りませんから」
「それは……そうか……」
この強突張りめと思いかけたが、聞いてみるとその言い分にも一理あるような気がする。ここは試しに話に乗ってみるのも良いだろう。
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