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苦手な方はご注意ください。

異世界世紀末拳法伝

作者: 8D

 一発ネタです。


 かなり適当な事を書いていますがお許しください。

 我はただ、対等でいたかった。

 目の前のこの男と。

 今、拳を交えるこの男と……。


 それは我の心からの望みだった。

 この世界がまだ、核の炎に包まれる前から。

 初めて、出会った幼きあの日からの……。


 だからこそ我は、奴の女をさらい、奴をこの洞穴へと誘い出したのだ。

 女は、洞窟の奥で気を失い倒れている。


 その前で、我らは拳を交えていた。


 ぶつかり合った我の手刀と奴の拳が威力を相殺し、拮抗した。

 同時に手を引くと、その軌跡を描くように血潮の線が辿る。


 それも束の間、拳と蹴りが両者を狙い放たれる。

 一度だけでなく、何度も何度も両者の間を殺気の篭った一撃が行き交う。

 拳を防御し、蹴りをいなし、ぶつけ合い……。

 互いの技が、互いの命を奪い合おうと交差する。


 我らの戦う洞穴は、その激しい音で満ちていた。


 我はこの男の友である。

 長らく共に有り、競い、友誼を育んだ。


 さしずめ好敵手……強敵《友》と呼べる間柄だ。


 だからこそ、我らに憎悪などあろうはずもなく……。

 このように命を賭けて戦うなどという事は、ありえるはずもなかった。


 だが、そのありえない事が起こっていた。

 起こしたのは、我である。


 我自身、その間柄を終わらせたかったわけではない。

 こいつとの関係は、我にとって大事な物だ。


 たがそれ以上に我は、確かめずにはいられなかった。


 我と奴、命を賭した戦いにおいて、どちらが勝るのか……。

 一度きりの死闘は、どちらに勝利をもたらすのか……。


 だから我は……!


「はぁぁぁぁぁっ!」

「おぉぉぉぉぉっ!」


 裂帛の気合が込められた我の手刀と奴の拳が再びぶつかり合い……。


 しかし、今度は拮抗しなかった。

 我の手刀が、拳によって打ち砕かれる。


 指が折れ曲がり、骨が砕ける。

 手刀を弾かれた反動が、隙を生む。

 そして、その隙を見逃す奴ではなかった。


 わずかばかりのその隙は、我らにとって致命的なものである。


 拳の数十の連撃が、一瞬にして我が体を何度も打ち据えた。

 吐血が迸り、体が宙を舞う。

 体が、地面へ打ち付けられた。


 もう、体が動かない。

 しかし……。


 奴が近寄ってくる足音が聞こえる。


 奴に見下ろされる事は、耐え難い……。

 我は、見下ろされず見下ろさぬ、奴とはそんな対等の関係でありたい。


 死力を振り絞り、我はもはや自由にならぬ体を無理やりに立ち上がらせた。


「……どこで、差が着いたと言うのだ。我らは……共に歩んでいたはずだ……。同じ武の道を……」


 我の問いに、奴は答える。


「俺はお前への闘争心で戦っていたわけではない」

「なら、何だと言うのだ? 何がお前を突き動かす? 何がお前をそこまで強くした!?」


 奴は我を通り過ぎ、女のそばへ行く。

 優しく抱き上げた。


「それは愛だ」


 そして答える。


「愛、だと? ……何だ? 何だそれは! 我にはわからない!」

「ならば、もはやお前は俺の敵ではない!」


 奴は悲しげな目で我へ振り返ると、そのまま洞穴の出口へ向かっていく。


「待て……! 行くな!」


 奴の背中へ手を伸ばす。

 その時だった。


 けたたましい音が洞穴内へ響く。

 天井が崩れ、洞穴内に岩が降る。


 今の戦いで、幾度か岩肌を傷つけた。

 その衝撃で洞穴が崩れようとしているのだろう。


 そして一つの岩が、入り口を塞ぐように落ちた。


 入り口が閉じられる間際、奴が振り返えるのを見た。


「シキ!」


 わずかに覗く隙間から、我の名を呼ぶ声がする。


「我は……死なん。我は必ず、帰ってくる!」


 叫び返し、閉じられた入り口に背を向ける。


 普段の我ならば、岩を砕く事もできるだろう。

 だが、今の我にその力は残っていない。


 それは恐らく、奴も同じ……。

 それだけの死闘を演じたのだ。


 洞穴の奥には、道が続いていた。

 もしかしたら、ここを行けば外へ出られるかもしれない。


 そう思い、歩み始める。


 何が奴を強くしたのか……。

 わからない。

 愛など、我は知らぬ。


 それが知りたい。

 知るまで、まだ死ぬわけにはいかない……。


 その一心で、我は歩き続けた。


 そして、我は洞穴の一番奥へ辿り着いた。

 そこは行き止まりだった。

 外には通じていない。


 小さく笑う。


「約束を、破ってしまうな……」


 そう呟き、顔を上げた時だった。

 行き止まりの奥に、小さなほこらがある事に気付いた。


「何だ? これは……?」


 近づき、その祠に触れようとした時だった。


 まばゆい光が我が目を焼いた。




 愛とは、何であろうか?

 言葉の意味は知っている。

 しかし、実感はない。

 我には、そのような気持ちを抱いた事がないからだ。


 我は物心ついた頃より、厳しい修行の日々に身を投じていた。

 山奥にある寂れた寺院で、我は他の修行僧に混じり拳法の技を磨いていた。


 そしてそれが終われば、我一人のみ特別な修行を課せられた。


 聞く所によれば、我は寺の前に捨てられていた捨て子だったという。

 山門にて泣き喚く我を拾い育てた僧こそが、我の師匠であった。


 母親は子に愛情を注ぐものであるらしい。

 それが我にいないとなれば、なるほど愛という物を我が知らぬのも致し方ない。


 だから我は他の僧達が行う修行とは別に、師匠から特別な修行を受けていた。


 師匠の課す修行は、普段の修行が児戯と思えるほどに過酷であり……。

 何度も死ぬような目にも合うほどだった。


 その修行があまりにも辛く……。

 何故、師匠は我にこのような痛苦を課すのか、他の僧に問うた事がある。

 師匠に問うた所で、何も言ってはくれぬからだ。


 すると僧はこう答えた。


「シキよ。それは彼なりの愛という物であろう」


 愛。

 愛とは何であろう?


 師匠は、我を愛しているからこそ痛みを与える。


 愛とは、痛みなのであろうか?




 我は、ベッドの上で目を覚ました。

 木々の匂いが香り、我は周囲を見回す。

 そこは見知らぬ部屋だった。


 全面が木製の壁。

 天井に照明はなく、壁に蝋燭立てが備え付けられている。

 そしてベッドのすぐ右手側の壁には窓があり、橙色の強い日差しが部屋へ射し込んでいる。


 夕陽……。


 人の気配を察知し、我はそちらを見た。


 それは小さな幼子だった。

 灰色の髪を短く切った、少女だ。


 その少女は、ベッドのそばで椅子に座っていた。

 我を見下ろしている。


「おきたの?」


 我は、起き上がろうとする。

 上体を上げ、部屋の窓の外を見た。


 その瞬間、我は驚きに意識を支配された。


 窓の外には、多くの緑があった。

 それは荒廃した地を見慣れた我にとって、久しく見る事のなかった光景。

 信じられない光景だった。


 しかし、その瞬間全身に痛みが走り、再びベッドへ身を横たえる。


「むりしちゃだめよぉ! ひどいケガだったんだから!」


 少女は慌てた様子で椅子から下り、我の体をベッドへ押し留めようとする。

 それに従い、我は再びベッドへ体を預けた。


「お前が助けたのか?」

「そうなのよぉ。ほこらのまえでたおれてたの。ニコがむらのひとよんではこんでもらったのよぉ」


 ほこら……。


 あの洞穴の中の祠、か。

 あんな所までこの少女が?


 どこにも出入り口はないと思ったが、もしかしたら見落としただけなのかもしれないな。


「おにいさん、なまえはなんていうの?」

「シキだ」

「へんななまえ」


 よく言われる。


「ニコはニコだよぉ。へんじゃないよぉ」


 そうだろうか?

 十分変だと思う。

 少なくとも、そんな名前の日本人は希少だ。


「おなかすいたでしょ? おかゆもってきてあげる」


 答えると、少女は急いで部屋から出て行った。

 少しして、木の器とスプーンを載せたお盆を持ち、ニコが部屋へ戻ってくる。

 お盆をベッドに置くと、器の中身をスプーンで掬って我の口へ持ってくる。


「はい、あーん」


 我は言われるままに口を開ける。


 これは、米の粥か……。


 牛乳で煮て、塩のみで味付けしている。

 それが一目見てわかった。


 何故、味見もせずに解ったんだろう?


 それはともかく。

 米も牛乳もここ数年、口にする事がなかった代物だ。


 核の炎が世界を包んでから、食料は貴重になった。

 人口も減っていたはずだが、食料はそれ以上に少なく、平等に行渡るという事などなかった。


 だから、誰もが食料を求めていた。

 奪い合う事こそあれ、誰かに分け与えるなどという事はまずありえない。


 それをこの少女は、惜しみなく我に与えてくれる。


「あっ」


 スプーンから落とされた粥が、頬に落ちた。

 仰向けの相手の口に運ぶのが難しいのだろう。


 熱い……。


「ごめんね」


 少女は申し訳なさそうに言う。

 それから何度か顔に粥を落とされながら、粥を完食する。


「何故、助けた? 何故、助けようとしてくれる?」


 少女に問いかける。


「こまったら、たすけあうの。ママがいってたのよぉ」

「そうか……」


 助け合う、か。

 そのような言葉、もはや絶えてしまったと思っていたのだがな……。


 それをこんな少女が口にするとは、な。


 どうしてだろう……。

 この娘と一緒にいると、不思議と気分が良い。

 安心する……。


「おねむなの?」


 少女が訊ねる。

 確かに、眠気を感じる。

 瞼が重い。


 少女は我の胸を優しく叩き始めた。


「いっしょにいるからね。あんしんしていいのよぉ」


 緩やかなリズムが我を眠りへと誘っていく。

 不思議と、抵抗は感じない。


 が、そのリズムが不意に途絶えた。

 見ると、少女は我の体に顔を突っ伏していた。


 どうやら、先に眠ってしまったらしい。


 体を叩く手が止まると、我の眠気もすぐに覚めた。

 寝そびれてしまった……。


 先に眠ってしまったニコを見る。


 助け合う、か。


 我が強敵とも……。

 奴もまたそんな男だった。

 過酷で自分の事だけを考えるのが精一杯の世界で、それでも人を助ける事を躊躇わなかった。


 奴も、この少女も……。

 我には、理解の及ばぬ者だ。


 それにしても、ここはどこなのだろうか?


 外にあるあの光景。

 世界が命で満ち溢れているかのような……。

 核の炎に焼かれる前の世界であるような、そんな光景……。


 まるで、あそことは別の世界へ来てしまったようだ。


 どうであれ、我は生き残った。

 なら、また奴と合間見える事があろう。

 そしてその時こそ、我は奴に勝つ。


 そんな事を考えていると、ふと奇妙な感覚に陥る。

 この感覚をどう例えるべきだろう?


 さながら、今までなかった腕があり、それを自由に動かせるような感覚というのか……。

 まぁ、実際に新しく腕が生えているわけではないが。


 その奇妙な新しい感覚に従って、何かをする。


 すると、視界が一気に変わった。


 見慣れない表記が現れる。


 何だこれは?

 ステータス?

 スキル?


 そんな表記が見える。


 手酷くやられ過ぎて幻覚でも見てしまっているのだろうか?


 視界にはカーソルがあり、どうやらそれを思った通りに動かせるようだった。


 カーソルでステータスを見る。


 レベル1

 攻撃力   6789

 防御力   4707

 魔力攻撃力 18

 魔力防御力 38

 俊敏性   7629


 そんな項目と数字が現れた。


 レベル?

 攻撃力、防御力、俊敏性はなんとなくわかる。

 魔力関係はよくからない。

 数値は、それぞれの値を示しているのだろうか?


 多分、これは人の能力を項目ごとに表しているという事だろう。


 最後の項目を見る。


 知力    7


 うわ、我の知力低すぎ……。


 いや、しかし他の数値と基準が違うだけかもしれない。

 7でも案外高い方かも……。


 眠っているニコの方を見る。

 すると、彼女の頭上にもステータスが表示される。


 おおっ?

 他人のも見えるようだ。


 ニコの知力を見ると36もあった。


 負けてる……。


 次に、我はスキルの欄を見た。


 体術 ランクSSS


 体術のランクがSSS?

 こういうアルファベットでランクを示す時は、Aに近いほど高いと聞いた事がある。

 それで、Sは……。

 ABCDEFGHI……。

 この次は何だっただろうか?


 えーと、服のサイズでSSという表記がある。

 これはSサイズのさらに小さいという意味で、つまりSサイズの分類という事になる。

 なら、このランクもまた細かく分類されているという事だろう。

 少なくとも、一つのランクは三つに分類されていると見て間違いない。

 具体的にどれくらいかは判然としないが、アルファベットのSは我が覚えていない程度に後の方の文字だ。

 つまりこのランクはかなり低いという事だろう。


 ちょっとショックだ。

 次のスキルを見る。


 真覇白虎拳


 これには見覚えがある。

 我の修める流派の名だ。


 空海によって伝来した豪流寺拳法の流れを汲む門派、その中で最も優れると謳われる豪流四神拳を真覇と呼ぶ。

 その真覇の内、四神白虎の名を冠したのが我が流派、真覇白虎拳なのである。


 真覇白虎拳と書かれたスキルの下に記された説明書きを読む。


 真覇白虎拳の技を使用した際、その威力は攻撃力×10の数値となる。加えて防御無視、物理無効貫通、魔力相殺打撃の効果を得る。


 ?????


 次のスキルを見る。


 言語解読


 ?????


 次のスキルを見る。


 鑑定スキル ランクS


 ?????


 ぜんぜんわからん……。


 うーん、いくら考えてもわからん。

 もういい。

 寝よう。


 変に頭を使って疲れたためか、そのまますぐに寝た。




 朝。

 何かの動く気配を察して目を覚ました。


 見ると、ニコが眠そうな目をくしくしと擦っていた。

 この子も今起きたらしい。


「あのままねちゃったの……」


 言いながら顔を上げたニコと目が合う。


「おはよぉ」


 にへら、と笑ってニコは言う。


「あいさつされたら、あいさつかえすのよぉ」


 黙っていたら叱られた。

 めっ、と怒ったような顔で我を見据え続ける。

 どうやら、挨拶を返すまで睨み続けるつもりのようだ。


「……おはよう」


 そう口にすると、彼女は相好を崩した。


「あさごはん、よういするね!」


 明るく言うと、部屋を出て行く。

 しばらくして、彼女は昨夜と同じく粥の入った器を持ってきた。


「はい、あーん」


 相変わらず手元が拙いので何度か粥を落とされたが、されるがままにもちゃもちゃと粥を平らげた。


「この家に、他の人間はいないのか?」


 食器を片付け、戻ってきたニコにそう訊ねた。


 この家は、この部屋を除いてあまりにも音が少なすぎた。

 室外で音がしても、それはニコが部屋を出た時だけだった。


 だから問うたのだが……。

 その問いに対して、ニコが返したのは苦笑だった。


「ニコはひとりよぉ。ママとパパ、しんじゃったの……」


 出会ってから一度も表情を曇らせなかった少女が、初めて見せた苦悩の表情だった。

 しかし、彼女はすぐに笑顔を作る。


「でもね、ぜんぜんだいじょうぶなのよぉ。むらのひとはみんなよくしてくれるし、さびしくないの」

「そうか……」


 彼女は笑顔だ。

 しかし、その笑顔は強がりであろうと、我は何故かすぐに気付いた。


「ちょっとでかけてくるの。ゆっくり、やすんでてね」


 言うと、彼女は部屋を出て行った。




 それから二日程経ち、我はどうにか立ち上がる事ができるようになった。

 体を動かすとまだ痛みは走るが、普通に動く程度なら支障はないだろう。


 戦う事はできないだろうが。


「うごいてだいじょうぶなの!?」


 朝、食事を運んできたニコが、立ち上がった我の姿を見てたいそう心配した様子で駆け寄ってきた。


「うむ。戦う事はできないが」

「なにとたたかうの?」

「さぁな。ただ、我は戦う事しか知らぬゆえ」

「じゃあ、ほとんどなにもしらないのね」


 かもしれぬ。

 ニコに言われ、素直にそう思った。


「いいわ。だったら、ニコがいろいろおしえてあげるの」


 得意げに胸を張り、ニコは言う。


「……そうだな。そうしてもらおう」


 この娘には、助けてもらった恩がある。

 手伝える事があるのなら、それで恩を返したい。


「じゃあ、もりにいくの」


 我はニコを伴い、初めて家を出た。


 家の外には村の風景が広がっていた。

 我の部屋は家の裏側に位置するため、こちらの風景を見たのは初めてだった。


 木でできた家々が建ち並び、その合間からは広い湖が見て取れた。

 この村は、湖のほとりにあるらしい。


 その湖の向こう岸には、森が見える。


「おはよう、ニコ」

「おはようなの」


 行きかう人々が、ニコと挨拶を交わしていく。

 村人達はとても好意的にニコへ接していた。


 しかし、我と目が合うとあからさまに警戒の色を見せた。


 我は余所者よそもの

 当然であろう。

 それに加え、我がニコの家にいる事もまた、この警戒心の高さに繋がっているのだろう。


 それは彼女が、この村の人間から気にかけてもらっているという事の証左である。


 村を出ると、広い森が見えた。

 短い道を経て、森の中へ入っていく。


 森の中へ入ると、一度深く呼吸する。

 空気が濃い……。


 こんなに木々の多い場所は久しぶりに見た。

 感動すら覚える。


 本当にここはどこなのだろう?

 核の炎に焼かれた世界で、どうやってこれだけの自然が生き残れたのか……。


「ニコよ、ここはどこなのだ?」

「もりよ」

「そうだな。確かにそうだ。だが、訊きたい事はそういう事ではない」

「えーと、えーと……」


 ニコは考え込む。


「ニコのむらは、コルトむらなの。そのよこにあるもりよ」


 コルト?

 日本の地名とは思えない。

 漢字にすると湖流斗こうだろうか?


 いや、多分違うな。

 外国なのかもしれない?

 しかしそれにしては、言葉が通じているのはおかしい。


「ニコよ。今、お前は何語で話している? 日本語ではないのか?」

「ニホン? きいたことないの」


 むぅ……。

 やはり日本じゃないのか。


 どうやって帰ればいいのだろう?

 このままでは、帰ろうにもそれが適わない。


 奴と決着をつける事もままならない。


「えーとねぇ……。いろいろおしえてあげるっていったけど、ほんとはニコもあんまりしってることはないの。しったかぶっちゃったの」

「そうなのか」

「できることもね、あんまりないの。だからねぇ、もりでたべられるきのみとかきのこをあつめることしかできないの。もりはあぶないからいっちゃだめっていわれてるけど、そうじゃなきゃニコにはおかえしできないから」

「お返し?」


 問い返すと、ニコは小さくうつむいて答える。


「むらのみんなは、ニコによくしてくれるの。たべものもわけてくれるし、こまったらたすけてくれるの。でも、ニコはなにもできないからおかえしできないの。できるとしたら、もりでたべものさがしておかえしするくらいなの」


 なるほど。

 彼女は彼女なりに、何もできない身で恩を返そうとしているのか……。


 これもまた、助け合うという事なのかもしれない。


 それから我はニコに連れられて森を歩き、食べられる木の実やきのこを探す。


 その時に気付いたのだが、木の実やきのこを注視するとそれの名称や情報が視界に現れるようだった。


「これはねぇ……」

「食べられるやつだな」

「そうなの。たべられるの。で、これはねぇ……」

「食べられない奴だな」

「……そうなの。たべられないやつなの。これは……」

「美味いが腹を壊すやつだ」

「……ニコ、ほんとうになにもおしえられることがないの」


 視界に映る表記を元に答えていくと、ニコはちょっといじけてしまった。


「どういうわけか知らないが、一目見ただけでわかるんだ」

「なにそれ? ずるいの。ニコはがんばっておぼえたのよぉ」


 そんな時である。

 森の中で、ある物を発見した。


 それは、小さなほこらだった。

 あの洞穴で見た物とよく似ている。

 同じものと言って良いかもしれない。


「これは……」

「そういえば、シキ。ここにたおれていたの」


 ここに、か……。

 我は祠へ近づき、手を伸ばす。


 その時であった。

 祠が眩いばかりの輝きを放つ。


「ぬっ」


 そして気付けば、周囲から光が失せていた。


「何!?」


 周囲を見渡す。

 そこは、今までいたはずの木漏れ日射す森の中ではなかった。

 完全に闇へ閉ざされ、今まで濃かった空気も薄い。


「ここは、あの洞穴か……」


 どうやらここは、我が奴と戦った洞穴らしかった。


 どういう原理かはわからない。

 しかし、祠に触れれば戻る事はできるようだ……。


 ワープという奴だろうか?

 こんな見た目だが、実は科学技術的な装置なのかもしれない。

 核の炎が世界を包むまで、寺からほとんど出なかった我にはまったく原理のわからない技術だ。


 だが、そんな事はどうでもいい。


 帰る事ができる。

 なら、奴とまた戦う事はできそうだ。


「……」


 だが、今はその時ではない。

 傷が癒えてから、挑むとしよう。

 今の我では、入り口を塞ぐ岩を砕く事もできまい。


 我は、祠に手を伸ばした。

 祠から光が溢れ、暗黒に包まれた洞穴内を一瞬照らし出した。


 周囲の視界が開ける。

 そこは、さっきまでいた森の中だった。


「シキ!」


 呼ばれ、振り返る。

 すると、ニコが我の足に抱きついた。


「どこいってたの!」

「うむ。どこかへ行っていた」

「どこなの?」

「我にもちょっと説明できぬ。洞穴としか言えぬ」


 答えると、ニコはぐしぐしと頭を我の足に擦り付けてきた。


「シキがいなくなって、びっくりしたの……。ひとりになっちゃったかとおもって、こわかったの……」


 そう言うニコの声は震えていた。

 泣いているのかもしれない。


「我は……」


 どこにも行かぬ。

 そう言おうとして……。

 それが嘘になる事に気付いて口を閉ざす。


 我はいずれ、奴との決着をつけるために帰らねばならない。

 いつまでも、ここへいるわけにはいかないのだ。


 彼女は、両親を失っている。

 それは彼女にとって耐え難い孤独だったのだろう。

 我のような、得体の知れない人間の存在すら惜しむほどに……。


 人との関係が消える事を悲しみ惜しむ、か……。

 久しく忘れていた感情だ。


 そのような事すらできぬほど、我の世界は逼迫していた。

 その感情に囚われ、動けなくなってしまった者から先に淘汰されていくのだ。


 ここは、我のいた世界とは違う。

 別の世界のように思える。


 あの世界では、人の価値など塵芥と変わらないものだった。

 しかしこの世界ではきっと、人の価値があの世界よりも重いのだ……。


「ん?」


 そんな時だった。

 何かの気配に気付いた。


「ニコよ、離れろ」

「え?」

「何かいる」


 我は、気配の方を睨む。

 するとその場から、草むらを分けて一頭の熊が現れた。

 それもただの熊ではない。

 優に5メートルを超えるかという巨大な熊だった。


「アルラトオーガベアなの!」


 ニコ、今何と言った?

 ただの熊じゃないのか。

 ああ、注視したら名前と説明書きが視界に出てきた。


 よく見れば、額にも角がある。

 普通のでかい熊じゃない。


「これがいるからもりはあぶないの!」

「なるほど。確かに、それは村人の言い分が正しい。ニコが一人の時に森へ入るべきではないな」


 そう、一人の時には……。

 今は我がいる。


「でかいだけの熊が……。散れっ」


 熊は、我の言葉へ怒り覚えたかのように吼えると襲い掛かってきた。




「シキはすごいの! チョップでアルラトオーガベアをまっぷたつにしちゃったのよぉ!」


 村に帰ると、ニコは驚く村人達に興奮した様子で説明した。


 我とニコがあの熊の死体を持ち帰ったのを見た時から、村人達の表情は驚きに満ちていたが。

 今、ニコの説明を聞いてさらに村人達は驚いた。


「本当かよ。すげぇな」

「あんなの人間に倒せるのか?」

「現に倒してるじゃねぇか」


 村人達は驚きを口にして、周囲はざわめいた。


「だから、みんなでたべよう」


 そんな中、ニコは提案する。

 ざわめきは収まり、村人の一人がニコに向く。


「いいのか?」

「いつもおせわになってるからいいの」

「久しぶりの肉、それもアルラトオーガベアだ。今日は祭りだな」


 村の人々は祭りの準備を始めた。

 大鍋を持ち出し、肉を焼くための串が用意される。


「あ……」


 ニコが声を上げ、我を見上げる。


「かってにわけるっていっちゃったけどよかったの?」

「構わぬが」


 答えると、ニコはホッと息を吐いた。


 二人で食べるには多すぎる量だ。

 何より、これでニコの望みが叶うのなら恩返しになって丁度良い。


「そういえばシキ、たたかえないんじゃなかったの?」

「あんなもの、戦いの内に入らぬ」


 力押しの獣に理合いなど必要ない。

 そんな物は戦いと呼べぬ。


「じゅんびをてつだってくるの」


 そう言うと、ニコは祭りの準備をする村人達の方へ向かった。


 そんな時、村人の一人が近づいてくる。

 髭を蓄えた体格の良い男だった。


「あんた魔術師か何かなのか?」

「魔術師? 違うが」

「そうなのか……。名前は?」

「シキだ」

「変な名前だな」


 よく言われる。


「俺はマーク。よろしくな」

「うむ」


 名乗り合うと、男は人懐っこい笑みを我に向けた。


「あんたをほこらから運んだのは俺なんだ。苦労したぜ。あんた、タッパがあるからなぁ」

「そうだったのか。礼を言おう」

「いいよ。俺に助ける気はなかったからな。ニコがどうしてもって言うから仕方なく連れ帰ったんだ」

「ニコが……」

「何者かわからなん奴をニコと一緒にさせるのはちょっと心配だったが……。あんたが何者だろうが、悪い人間じゃなさそうだな」


 笑顔を浮かべて言うマークだったが、不意に憂いを帯びた表情を作る。


「あんな年頃で一人暮らさなくちゃならないのは厳しい事だろうし、何より寂しくててたまらないだろう」

「そうだろうな」

「だからもし、あんたが良いなら……。あの子の事、支えてやってほしい」


 小さく逡巡し、答える。


「我にできるかぎりの事ならば……」

「なら安心だ。あんたはできる事が多そうだからな」

「そうでもない。我には、戦う事しかできん」

「そうかい? ……じゃあ、差しあたって祭りの準備の仕方を教えてやろうか」

「そうだな。何をすればいいか教えてくれ」


 マークから説明を受けながら、我は村人達が祭りの準備をする場所へ向かった。




 ニコに拾われてから、一ヶ月が経とうとしていた。

 我はまだ、ニコの家で世話になっていた。


 体の傷は癒えていない。


 奴の使う拳法、陰陽魔滅拳おんみょうまめつけんを受けたためである。


 陰陽魔滅拳は特殊な打法によって、人体の細胞を破壊する一子相伝の暗殺拳である。

 並の人間なら、一撃を受けただけでその痛みから絶命し、生き永らえたとしても細胞の破壊によって体の壊死に苦しまされながら死に至る。


 彼の有名な陰陽師、安陪晴明を開祖とする暗殺拳であり、彼の逸話にある呪詛返しとは政治家による政敵の暗殺依頼を暗に意味しているという。


 しかし我が修める真覇の拳は、安倍晴明が陰陽の拳を作り出して以来長く競い合う間柄である。

 その長い闘いの中、歴代真覇の武人によって陰陽の拳への対抗方法は編み出されている。

 特殊な呼吸法と修練により、我もある程度の耐性を持っていた。

 本来、ああまで打たれれば体が壊死してまず命がないものだが、我は真覇の教えによって肉体の死滅を免れている。


 ただ、やはり傷の治りが遅くなる事は避けられないが……。


 それもあって、まだまだ完治までには時間がかかりそうだった。


 その日の我は、ニコに頼まれて薪割りをしていた。


 熊を狩った日から、村人達の我に対する警戒は和らいだ。

 少なくとも、皆とは挨拶を交わす程度に親しくなり、中には積極的に交流する相手もできた。


「遊びに来たぜ」


 それがこのマークである。


「今は薪を割っている」

「冬が近いからな」


 空気も少しずつ、冷ややかな物へ変わり始めている。

 だから、今のうちに多くの燃料を用意しておく必要があるのだ。


「ニコはいねぇのか?」

「セーターの編み方を教わりに、出かけている」

「そっか。じゃあ、終わるまで見てるわ」


 そういうと、マークは近くにあった椅子へ座る。

 マークに見守られながら、我は薪を割る。


「……なぁ」

「何だ?」


 マークに問われ、問い返す。


「どうやったら手刀で薪を割れるんだ?」

「?」

「ちょっと何言ってるのかわからない、みたいな顔するな。手刀で薪を真っ二つにしてるお前の方がわけわかんねぇよ」


 確かに我は、薪を手で割っていたが。

 それがおかしな事だろうか?


 我が流派ではこれが普通なのだが。

 人生の殆どを寺の中で過ごしてきた我には、それ以外の常識という物がよくわからない。


 なら、説明するべきなのだろうな。


「我が拳法は、四肢を獣の爪と化す事を奥義とする物だ。しかし、一定の強さへ達した者のそれは獣の爪を超え、鋼の刃となる。刃であるなら、木を切断できるのは道理だ」

「なるほど。……いや、そうはならないだろ」

「なっているだろうが!」


 見ろ!

 真っ二つだ。


「いや、そうだけど……そうだけど……っ!」


 肯定はしているが、何か言いたそうだ。

 言いたい事があるならはっきり言え。


「お前、いちいち規格外だなぁ。そんな強いのに、何であんなボロボロになっていたんだ?」

「ある男と戦い、負けた」

「オーガベアを簡単に仕留められるお前を叩きのめすとか……。そいつ、人間か?」

「人間だ。我と同じ」

「お前がそもそも人間かどうか怪しいよな」

「失礼な」


 マークはケタケタと笑った。


 そんな時だった。


「盗賊だぁ!」


 叫び声が上がり、村の中に響き渡った。


 我は立ち上がり、走り出した。

 マークも我の後に続く。


 声のした場所へ辿り着くと、村の入り口で武装した十数人の男達が暴れていた。

 その中で、唯一馬に騎乗したままの男が剣を掲げて声を張り上げる。


「痛い目を見たくなければ金と食料、それから女を出しやがれ!」


 どこにでもいるもんだな。

 こういう輩は……。


 我のいた場所にもたくさんいた。

 環境の変化が影響しているのか、局所的な脱毛によってモヒカンのような髪型になり、罪悪感が著しく欠如するという奇病が蔓延していたため、そこかしこで奪略行為が行われていた。


「ヒャッハー!」


 盗賊の一人が、逃げ遅れた村人の背へ剣を振り下ろす。

 そんな盗賊の剣を手刀で叩き割り、右頬を軽くはたいた。


「げべぇっ!」


 叩かれた盗賊が、空中できりもみ回転して地面に倒れ伏す。

 そのまま動かなくなった。


「あれ? いつの間に?」


 自分の隣へ目をやりながら、マークが呟いている様子が見えた。


「早く逃げろ」

「は、はい。ありがとうございます」


 村人を促して逃がす。


「何だ、貴様は?」


 騎乗した盗賊が、我に声をかける。


 気付けば、他の盗賊達も我の周囲に集まってきていた。

 囲まれている。

 どうやら、男の合図で集まってきたようだ。


 恐らく、この馬に乗った男が盗賊の頭目だろう。


「誰でもよい。貴様達、何もせずにこのまま帰るというのなら見逃しやろう」


 盗賊の頭目へ向けて言い放つ。


「状況見て言えや。それを言えるのは、俺かお前かどっちだよ」

「我であろうな」

「ほざけ!」


 盗賊の頭目が剣の切っ先を我へ向けると、他の盗賊達が我へ殺到した。


「そちらを選ぶか……。それも良いだろう。ならばもう、誰も逃がさぬ」


 我は呟くと、周囲から襲い来る盗賊達を順に殴り倒した。


「なっ……一瞬で、六人を……。テメェ! 何をしやがった! 魔術師か!」

「不用意に近づいてきたから殴り倒しただけだ」


 それ以上の事はしていない。

 命も、奪ってはいない。


 この世界では、人の価値が重い。

 あの世界とは違うのだ。

 それは盗賊であろうと同じ事だろう。

 だから我は、ここで人を殺さない。


 ただ、逃がしはしないが。


「殺しはしない。だが、お前達は戦う道を選んだ。なら、皆ここで伏してもらう」

「くっ……」


 盗賊の頭目は唸り、馬を一歩後退させる。


「待ちな!」


 背後から、声がかかる。

 振り返り、我は目を見開いた。


 一人の盗賊が、幼い少女を腕に抱えて刃を首筋へ向けていた。

 少女は、ニコだった。


 ニコは刃を向けられて、身を竦ませていた。


「おいこいつのいの――」


 気付けば、我の抜き手がその盗賊の顔に突き刺さっていた。

 もう片方の手で、ニコに向けた刃をしっかりと掴み、彼女を傷つけないよう配慮する。


「いの、チギーーーーーッ!」


 手を顔から抜くと、男は奇妙な断末魔を上げてからその場で仰向けに倒れる。


 殺ってしまった……。

 殺すつもりはなかったのに……。


「すまないが。余裕がなかったので手加減できなかった」

「ひ……」


 振り返って盗賊の頭目を見ると、怯えたように小さな悲鳴を上げた。


「お、お前ら、逃げるぞ!」


 仲間達に号令を発すると、盗賊の頭目は馬を反転させた。


「待ってくだせぇ!」


 他の盗賊達も、それぞれが乗ってきたと思しき馬に乗ってその後を追った。

 その連中の背を見送り、ニコへ目を向ける。


「大丈夫か、ニコ」


 訊ねると、ニコは何も答えなかった。

 答えず、我の体に抱きついた。


「うう、こわかったの」


 ぎゅっと抱きつく腕に力が込められる。


 小さな手だ。

 その手が、我を放すまいと強く掴んでいる。


 それほどに、恐ろしかったのだろう。


 かすかに躊躇い、我もニコの小さな体を抱き返す。

 柔らかく、少し力を込めれば簡単に壊れてしまいそうな体だ。


「大丈夫だ。もう、何も恐ろしい事などない」


 耳元に囁く。

 すると彼女の緊張に凝り固まった体が、一呼吸するごとに少しずつ解れていった。




 コルト村を襲った盗賊達は、しばらく街道を行き、その半ばで道をそれた。

 道なき道を行き、森林の中へ入る。

 その奥地には、森林に隠されるように小さな石造りの砦があった。


「おかえりなせぇ、頭」


 頭目を砦に居た盗賊達が出迎えた。


「収穫は?」

「……ない」


 苛立たしげに、頭目は答える。


「どうしたんです?」

「あの村、馬鹿みたいにつえぇ用心棒を雇ってやがった」

「そんな、強ぇつったって多勢に無勢で囲み殺しゃあいいでしょうに」


 頭目は、表情を歪めて黙り込む。

 しばし間を空けてから、答えた。


「いや、あれはダメだ。数を揃えても勝てる気がしねぇ……」

「そんな大げさな……」


 言いながら、出迎えた盗賊は頭目と共に帰ってきた盗賊達を見やる。

 皆、顔色が悪く、頭目の言葉に反論する者はいなかった。


「あの村はもう、絶対に狙うな」


 盗賊の頭目は言う。


「良い心がけだ。だが、もう遅い」


 そんな奴に、我は言葉を返した。


 天井から降り立つ。

 そんな我を見て、頭目の表情に怯えが生まれる。


「お前は……! どうして……っ?」

「後をつけさせてもらった」

「馬鹿な、馬で飛ばしてきたってのに追えるわけがねぇ。やっぱりお前、魔術師なのか……!」


 いや、普通に走って追いかけてきたが。

 まぁそれはいい。


「言ったはずだ。逃がさぬ、と」


 その後、盗賊団を蹴散らして、国の警備隊に引き渡した。

 盗賊団は指名手配されていたらしく報奨金が出て、村の財政が潤った。




 冬が始まった。

 雪が降り積もった村では、あちこちで除雪作業を行う村人達の姿があった。


「めっきり寒くなったな」


 白い息を吐き出しながら、隣を歩くマークが言った。

 我らは二人で森へ行き、猟をした。

 その帰りである。


 我らの手には、それぞれ一羽ずつ狩り獲ったウサギがあった。


「うむ」

「嫌な季節だ」


 本当に……。

 我も、この季節の修行が特に厳しかったと記憶している。


 寒さに凍え、指の感覚はなく、しかし痛みは普段よりも強かった。


「ニコにとっては、特に辛い季節かもしれない」

「何故だ?」


 マークに向き、訊ねる。


「両親を亡くしたのが、冬だったからだ」

「そうなのか……」

「去年の今ぐらいだった。ニコの母親が患ってな……。それを治すために、父親は国境を越えて隣国の町へ向かおうとした」

「何故、隣国に?」

「治療術師という、医療専門の魔術師がいてな。一番近い場所に住んでいる治療術師が、隣国のその町にいたんだ」


 魔術師、か。

 よくよく耳にするが、未だに見た事がないな。


 彼が言うように、この付近では稀な存在なのだろう。


「だから、薬を買いに行った。本当は直接診せた方がいいんだが、病人を連れて越境する事は難しい。いや、一人で行く事すら難しいか……。何せそのまま、ニコの父親は帰ってこなかったからな」

「そうだったのか……」


 という事は、治療術師の薬も手に入らなかったという事だ。


「それで、母親も?」


 マークは頷いて肯定した。


 そしてニコは一人になった、か。


「じゃあ、俺はここで」

「ああ。では、またな」


 マークと途中で別れ、我は一人帰路へ着く。


「ただいま」

「おかえり!」


 家に入ると、ニコが駆け寄ってくる。

 我の足に抱きついた。


 その状態で我の顔を見上げてくる。


「少し顔が赤いな」

「さっきまでそとにいたからだとおもうの」


 そういえば、今日はニコもどこかに行ってくると言っていたな。

 知り合いに料理を教わってくるという話だったか。


「だんろつけたから、もうじきあたたかくなるとおもうのよぉ」

「そうか」

「きょうはシチューよ。ニコがおしえてもらってつくったの、そのままもってかえってきたの」

「それは楽しみだ。こっちはウサギを狩ってきた」

「あしたのごはんね」


 それから、ニコの「今日あった事」の話を聞きながら、夕食を食べた。

 火の入った暖炉を前にして、時間を過ごす。


 夜になり、眠る時間になるとニコは我の部屋に来る。


 あれはいつだったか。

 夜、ニコが自分の枕を持って部屋を訪れる事があった。


 その日より、ニコは我のベッドで眠るようになった。

 ベッドの中に入ると、ニコは身を寄せてくる。


「あのね、ニコはシキにありがとうがいいたいの」


 不意に、ニコはそんな事を言った。


「何故だ?」

「まえからむらのひとたちはよくしてくれてたけど、シキのおかげでまえよりもっとよくしてくれるようになったの」

「そうなのか。我はただ、お前に恩を返したいだけだ」


 礼を言われるような事ではない。

 感謝するのは、こちらの方だ。

 命を助けられ、家にも置いてくれて……。


「ううん。そんなのもうとっくにかえしてもらってるの。それに、それだけじゃないの」


 ニコはぎゅっと、小さな手で我の腕を強く握る。

 抱きしめるように身を寄せて、額を擦り付けてくる。


「シキがいてくれるから、ニコはさみしくないのよぉ。だから、ありがとう。ニコのところにきてくれて。ニコといっしょにいてくれて」

「ニコ……」

「それがニコには、すごくうれしいのよぉ」

「そうか……我も、ニコと共にいる事が……」


 それ以上を口にする事はできなかった。


 我にはまだ、やらねばならない事がある。

 いずれそのために、この娘のそばを離れなければならないのだ。


 その時ニコは、どうなるのか……。


 一人ぼっちのニコ。

 そんなこの娘を思うと……。


 胸が締め付けられるような想いが、我を蝕んだ。


 この感情は、何なのだろう?

 我は今まで、こんな感情を覚えた事がなかった。


 こんな気持ち、我は知らぬ……!


 気付けば、ニコはすぅすぅと寝息を立てていた。

 その手は、我の腕を抱きしめたままだ。


 強くしがみついてくる。

 彼女は無意識に、人肌で孤独を癒そうとしているようだった。

 しかし、時折彼女は涙を流す。


「ママ……」と口にし、すすり泣く。


 その言葉を耳にし、頬の涙を拭ってやるたび……。

 我ではニコの寂しさを完全に癒す事ができないのだと実感し、無力感を覚える事もままあった。


 迷いが、あった。

 我は奴と決着をつけたい。

 しかし、このままニコを置いていく事もできない。


 どうすれば……。




 なかなか寝付けなかったが、いつの間にか眠っていたらしい。

 まだ日も昇り切っていない、冬の朝。

 我は目を覚ました。


「ニコ、朝だ」


 かたわらに眠るニコへ声をかける。

 体を揺する。


 しかし、反応はない。

 それよりも……。


 触れたニコの体は、あまりにも熱かった。


 普段から体温は我よりも高いが、一度触るだけですぐに異常だとわかるほどの熱をその体は帯びていた。


「……! ニコ! ニコ!」


 数度呼びかけるが、返事はない。


 ただ荒い呼吸を繰り返すだけで、言葉は返ってこない。

 声をかけられ目は開いたが、焦点が合わず、朦朧とした様子だった。


 尋常ではないその様子に……。

 我はどうすればいいのかわからなかった。


 ベッドから飛び降り、家の外へ出る。

 マークの家へ走った。


「マーク! マーク!」


 戸を叩きながら、我は名を呼ぶ。

 すると、戸が開いて眠そうなマークが出てきた。


「何だ?」

「ニコの様子がおかしい。凄い熱だ」


 答えると、マークは真剣な表情になった。

 マークを連れて、家へ帰ってくる。


 マークがニコの様子を見る。


「間違いない……。これは、ニコの母親と同じ症状だ」


 ニコの母の命を奪ったという病か……。


「どうすればいい?」

「ここでは何も手段がない。薬なんてものはないし、治療術師もいない……」


 治療術師……。


「治療術師なら、治せるんだな?」


 念を押すように訊ねる。


「ああ。……何考えてる?」

「隣国の治療術師に会いに行く」

「馬鹿言うな!」


 マークは強い口調で言う。


「隣国に行くのは危険なんだよ。街道には関所がある。通ろうにも通れない。迂回するためには断崖絶壁の山中を進まなくちゃならない。言ったろう? それでニコの父親は命を落としたと」

「ああ。だが、何もしなければニコは助けらないのだろう?」


 マークは黙り込んだ。


「一番近い行き方は?」


 訊ねると、マークは躊躇いつつも答える。


「街道をまっすぐ行き、関所を通る道だ。そのまま街道を行った、最初の町に治療術師はいる」

「なら、突破するまで」

「馬鹿野郎! ただの関所じゃねぇんだ。国境を守るために要塞化されていて、軍人が常時五千人は詰めてる。それも選りすぐられた精鋭揃いだ。盗賊相手とは違う。いくらお前が強くてもな、病み上がりの人間が突破できるような甘い守りじゃねぇんだよ!」


 マークは怒鳴りつけるように言った。


「考え直せ……。俺は嫌なんだよ……。ダチを二人、一度に失うのは……。そんな経験、人生に一度あれば十分だろう?」


 そしてそう続けた。

 その目には、涙が浮かんでいる。


 この男は、悲しみを背負っている……。

 その一端を垣間見た思いだった。


「辛い事だが、……諦めるんだ」


 何を諦めろというのか……。

 マークは、具体的に言う事を躊躇った。

 しかし、言いたい事は簡単に察せられる。


 非情な判断だ。

 しかし、それは我を慮っての事。

 その心中を察すれば、彼を責める事などできはしない。


「薬を手に入れたとしても、治るとは限らない。それに、関所を越えても馬で二日はかかる。往復ともなれば、間に合うかどうか……」


 マークは言い募る。

 我を止めるために……。


 しかし……。


 ニコを見る。

 今も絶えず、この娘は苦しみに苛まれている。

 その姿を見る事に……我は耐えられない。

 すぐにでも、その苦しみを取り去ってやりたい。


 まして、このまま見捨てる事など……。


「……だったら、ニコを連れて行く。直接診せる事もできるし、時間だってその方がずっと早い」


 我は、諦めない。


「だから、馬鹿な事言ってるんじゃねぇ!」

「時間が惜しい。我は行くと決めた。ならもはや、問答は無用」


 答え、ニコの小さな体を抱き上げる。

 そんな我の肩をマークは掴む。


「おい! 止せ……!」

「許せ……」


 言って、マークの腹へ膝蹴りを食らわせる。


「ぐくっ……!」


 マークは腹を押さえ、その場で蹲った。


「ま、待……て」

「安心しろ。我は必ず、やり遂げる。それに、馬で二日の距離ならば、我は半日で辿り着ける」


 それだけを告げて、我は部屋を出た。


 干し肉とチーズを袋に詰めて提げ、ニコを背負いロープで固定する。

 そして、家を出た。


 村人に関所の方向を聞くと、そちらへと走り出した。


 我には、わからない事ばかりだ。

 我は、戦う事以外に何も知らない。

 ならば、我にできる事は戦う事だけだ。


 確かに、まだ体は痛む。

 陰陽の拳は未だに、我が身を蝕み続けている。


 だが、我は必ず成し遂げて見せる。




 その関所は、断崖の谷間を埋めるようにして建っていた。

 左右にある岩壁と石造りの城壁。

 自然と人の技術が合わさったその関所は、見るからに堅牢な作りである。


 城壁にはいくつもの窓があり、中央には一つだけ門がある。

 深く広い堀が前面にあり、門の前には唯一堀を渡る事のできる跳ね橋が下ろされている。


 走りながらそれを目視すると、我は走る速度をさらに高めた。

 目指すのは門へ続く橋。

 そして、その先の門。


「何者だ!」


 我に気付き、橋の前にいた守衛が誰何すいかの声を上げる。

 その声に止まらぬ我を見て、十人近い守衛が一斉に槍を構えた。

 切っ先の向く先は我である。


 しかし、我は速度を緩めない。


「シャアァァァァ!」


 気合を込め、両の手刀で向けられた槍の穂先を全て切り落とす。


「何っ!」


 守衛達の驚く声を尻目に、門へ向かう。

 その時にはすでに跳ね橋が上がろうとしていた。

 同時に、城壁の窓から一斉に矢が浴びせかけられる。


 反応が早い。

 たとえ相手が一人であろうと、全力を惜しまない。

 その気概を感じる。


 だが、それでは我は止められぬ!


 浴びせられる弓矢を手刀で叩き落しつつ走り、上がり切る前の跳ね橋へ跳躍して乗る。

 そうして門の前へ立つ。


 そこには、鋼鉄の扉が立ちはだかっていた。


 さすがに、これはあの熊のようにやわらかくはないだろう。

 全力を尽くさねばなるまい。


 我は全力の突きを繰り出すため、体に力を込める。


 全身に激痛が走る。


 恐るべきは、陰陽魔滅拳。

 奴の技の冴えは、並の使い手のそれではない。

 長い養生を経ても未だに、我の体を蝕み続ける。


 だが、それでも我は止まらぬ!


「はぁぁぁぁぁぁ……!」


 構えを取った。


 真覇・旋乱刀破!


 力を込め、そして連続で全力の手刀を叩き込む。

 手刀の連打が、鋼鉄の扉を貫通し、打ち砕き、次第に開けられた穴が広がっていく。


 そして、一人分の穴が開くとそこから中へ飛び込んだ。


 扉の先には、広場があった。


 周囲を壁に囲まれた城砦。

 しかし我を囲むのは、それだけではない。


 数千の兵士達。

 城壁の上や窓から向けられる弓、隊列を組んだ兵士達が構える槍。

 無数の切っ先が、我だけを狙い向けられている。


 そして我が向かうべき前方には、巨大な盾を構える兵士達が隊列を組んで待ち構えていた。

 その陣容は、厚い。


 陣の中心には、一人の男が立っていた。

 全身を鎧で固めた偉丈夫である。

 左手に盾を、右手にげきを持っていた。


 風格が他の兵士達と違う。

 恐らく、指揮官だろう。


「貴様は何者だ? 何故、たった一人でこの関所を破ろうとする?」


 その男が、問いかける。


「問答をするつもりはない。道を開けろ……」

「何だと?」

「無用に命を奪うつもりはない。我にも余裕がない。邪魔をするというのなら、加減ができず殺してしまうかもしれない」

「貴様が何者かはわからない。ただの馬鹿にも思える。だが、通すつもりはない。俺の背後には……いや、俺達の背後には愛すべき者達がいる。だから俺達は誰が相手であろうと、命がけでここを守る!」


 愛、か……。


「かかれ!」


 男の号令と共に、一斉に弓矢が放たれた。

 全方位から、我へ矢が殺到する。


 それらを手刀で防ぐ。

 が、数十本の矢がニコへ当たりそうになる。

 上半身を巡らせ、手刀でそれらを叩き落す。

 無理な動きで、体に激痛が走る。


 しかし、全ての矢を防ぐ事は叶わなかった。

 だから、自分の体で防ぐ。


 数本の矢が、肩に刺さった。


「何、子供だと!? 魔術部隊の攻撃を中止、奴の背中を狙うな!」


 指揮官がニコに気付いて号令をかける。


 矢に次いで、槍を持った兵士達が左右から突撃してくる。

 当初より、そう示し合わせていたかのような、間髪入れぬタイミングだ。


「うおおおおおっ!」


 裂帛の気合と共に叫び、次々と槍が突き出される。


 我はそれをかわし、槍を拳と蹴りで叩き折り、兵士を殴りつけて無力化する。

 一人一人の強さはそれほどではない。

 ニコを狙う者もなく、対処もしやすい。


 だが、それでも数が圧倒的に多い。

 攻撃を受ける事はなかったが、しかしニコを庇いながらの戦闘はただでさえ手負いの体には負担を強いる。

 戦いによる体へのダメージが着実に溜まっていく。


「ふぐぅっ!」


 そしてついには体の傷が開き、全身から出血した。

 しかしそれでも、我は動きを止めない。


 その隙を衝いた一人の兵士へ、咄嗟に手刀を振るってしまう。

 それでも首へ向けていた狙いを咄嗟に外し、兵士の肩に深い傷が走る。


「ぐああっ!」


 それからも向かい来る兵士達に反撃を続け、叩きのめしていった……。

 拳や蹴りが振るわれるたびに、開いた傷口から漏れる我の血が周囲へ飛び散った。


 まだ余裕はあるが、それも時間の問題かもしれない。

 ここを突破するまでの間、この体は持ってくれるだろうか……。


「止めろ!」


 やがて指揮官の号令によって、兵士達の猛攻が止む。


「どうやら一人で突破しようとするだけあって、一筋縄では行かんようだ。俺がやる」


 指揮官が言い、前進する。

 彼の周囲の盾兵が道を開け、指揮官は我の前に立った。


「あのまま攻めても、犠牲が出るだけだっただろう。手負いの獣ほど恐ろしい物はない」


 かも知れぬ。

 ニコを守るためならば、我は命を奪う事も止むなしと断じた事だろう。


「だから、俺がお前を止める」


 指揮官は檄を我へ向けた。

 我も構えを取る。

 すぐさま指揮官へ向けて迫った。


 突き出される檄をかわし、手刀を突き入れる。

 指揮官の持つ盾がそれを防ぐ。

 が、手刀は容易く盾を貫通した。


「何!?」


 驚きつつも、指揮官は盾を手放す。

 檄を両手で持って構えた。

 柄を取り回し、石突の部分で我の顎を狙って振り上げる。


 後転しながら跳び、それをかわす。

 指揮官はそんな我に、すぐさま追撃を加えた。


 連続で繰り出される攻撃を避け、隙を衝いて掌底を叩き込む。

 指揮官はそれを檄の柄で防ぎ――

 しかし、我の掌底は柄を叩き割って鎧に守られた腹部を打ち据えた。


「ぐはっ……」


 呻く指揮官へ向けて、連続で拳を叩き込む。

 一方的な連打に、もはや指揮官はなす術もない。


 そう思った矢先、思わぬ反撃が繰り出された。

 折れた檄が振り上げられた。

 我の猛攻を避けも防ぎもしない、捨て身の攻撃である。


 思わぬ事に反応が遅れ、頬に一筋の切り傷が走った。

 一歩退く。


「負けぬぞ、俺は……」


 指揮官は、満身創痍の様子でありながらそう告げる。

 その目には、諦めがない。


 この男の実力は、我に遠く及ばぬ。

 しかし、それでもこの男は強い。


 今ならわかる、この男の強さ。

 それを支える物が……。


 背中に守るべき者がある。


 鎧も、その隙間から覗く素肌も、どこもかしこも傷だらけだ。

 この男は、今まで自分の身の全てを以ってここを守り続けてきたのだろう。


 愛を知る者というのは皆、くも強いものなのか。


 だが、今は我にもその境地がわかる気がする。


「うおおおおぉ!」


 指揮官が折れた檄を我へ突き出す。

 我はそれを避けず、機を合わせて拳を突き出した。


 檄の穂先が我の肩口に刺さり、拳が指揮官の顎を打ち砕く。


「何……故だ……」


 そう言い残し、指揮官はうつ伏せに倒れた。

 そのまま動かなくなる。


「加減は苦手だ。貴様の勢いを利用した反撃でなければ、意識だけを絶つ打撃は放てなかった」


 聞いてはいないだろう。

 しかし、倒れる指揮官にそう告げた。


「さて……」


 我は、前方へ向き直る。

 そこにはまだ、盾を構えた兵士の陣が待ち構えている。

 そして、静観していた他の兵士達も再び我へ迫りつつあった。


 ここを突破する事……。

 今の我には困難であろう。


 しかし、断言できる。

 我は必ずここを突破する、と。


 我は今、文字通り大切な物を背負っている。

 それを思えば、負ける気がしない。


 この気持ちこそが恐らく……。


 鉄壁の布陣と槍の猛攻を相手に、我は構えを取った。




 目を覚ますと、我はベッドの上だった。

 木々の匂いが香り、我は安らぎを覚える。


 それも束の間、そこにいるはずの少女がいない事に気付き、小さな不安が心を苛む。


 そんな時、部屋のドアが開かれた。


「シキ! おはようなの!」


 彼女の姿を見て、我の不安は消えた。


 関所を突破した我は、無事にニコを治療術師へ診せる事ができた。


 治療術師はニコに手を翳すと、その手からは緑の光が発せられた。

 どうやらそれが魔術というものらしい。

 それを浴びたニコは瞬く間に病状が良くなり、苦しげだった表情を和らげた。


 ニコが助かった事に安堵した我は、賃金の類を持っていない事に気付いた。

 その旨を伝え、支払いについて治療術師に相談をしようとしたのだが。


 治療術師は、支払いを断った。

 そして、こんな話をした。


「かつて、この診療所へ訪れた男がいた。その男は大怪我を負いながらも、硬貨の詰まった袋を私に手渡し、救って欲しい者がいると言った。瀕死の自分ではなく、別の誰かを助けようとしたのだ。あなたを見て、私はそれを思い出した」


 そういうと、治療術師はぼろぼろの袋を取り出し……。


「その男は直後亡くなり、あれから硬貨は使えずに取っている。だが、それをその子の治療費に充てる事をあの男は望むような気がするのだ」


 治療術師を求め、命を落とした男……。

 我には心当たりがあった。


 我の思う通りなら、その男は確かにそれを望むだろう。


 その後、二日ほど診療所でニコを養生させ、治療術師にもう大丈夫だと言われたので村へ帰る事にした。

 そして来た時同様、ニコを背負った我は街道を走り、そのまま関所を突破して村へ帰り着いた。


 しかしこの村へ帰りついた時に我の体は限界を向かえ、辿り着くと同時に体中から血を吹き出して倒れ伏してしまったのである。

 それからしばらく、ずっとベッドから降りられぬ毎日だ。


「ニコがげんきになったのに、こんどはシキがだいじょうぶじゃなくなったの」

「そうだな。しばらく動けそうにない」


 塞がりかけていた傷が軒並み開き、ここに初めて運ばれた時以上の重傷だ。


「ニコをせおってかいどうをすごいいきおいではしりだしたときはたのしかったけど、せきしょをとっぱしようとしてニコすごくびっくりしたの」

「そうしなければ、帰れなかったからな」

「ニコだってシキのこと、しんぱいするのよぉ。あんまり、むちゃなことしちゃだめなのよぉ」


 んもう、と怒った様子でニコは言う。


「かもしれぬ。だが、間違った事をしたとは思わん。もし、またニコが危ない目にあったら、我はきっとまた同じ事をするだろう」

「……ありがと、なの」


 我が言うと、ニコは少し躊躇いつつそう答えた。


「おう。邪魔するぜ」


 入り口から、そう言ってマークが入ってくる。


「マークか」

「マーク、おはようなの」


 我とニコは思い思いに声をかける。


「何をしに来た?」


 マークは我が村に帰ってきても、しばらくここへ訪れなかった。

 それが久しぶりに来たので少し驚いた。


「見舞いと暇つぶしだよ」


 マークは素っ気無く答える。

 そして、しばし悩んだ素振りを見せて続けた。


「あと……。俺はまだ、あの日の事を怒ってる」

「……あの時はすまなかった」

「ああ。でもな。それ以上に、よかったと思っているよ。お前も、ニコも、二人とも帰ってきてくれた事。俺はそれが、嬉しいんだ。だから、許してやりに来た」

「ああ。ありがとう」


 我は素直に礼を言った。


「お前とは、友達でいたいからな」


 友……。

 強敵《友》とはまた違う、別の関係だ。

 ……親友《友》、か。


 悪くない。




 マークは我の話し相手になってくれ、夕方頃になると帰っていった。

 ニコは動けない我に粥を食べさせてくれて、自分もベッドの横で食事をした。


 夜になり、ニコは自分の部屋へ戻っていく。

 我の体を労わるため、ここ数日の間ニコは自分の部屋で寝ていた。


 部屋は、静寂に満ちていた。


 一人になって、思索にふける。

 思い出すのは、あの日の事だ。


 ニコを背負い、必死になって走り、庇いながら戦い、そして救う事ができた。


 その時我は、気付いた気がした。

 愛というものが何なのか。


 それのためならば、自分の全てを捧げてもいい。

 そう思える、この気持ちこそが愛というものなのだろう。


 かつて我が問い、僧侶が答えた事。

 その意味も解った気がする。


 我が師は、その生を武に捧げて生きていたという。

 戦う術以外に、何も知らなかった。


 今の我と同じく……。

 だからこそ、我に自分が唯一持っている物を与えてくれたのだ。

 それは我を想っての事。

 我が強く生きていけるように……。


 そのおかげで、我は核に蹂躙されたあの世界でも生き延びる事ができた。

 そしてその強さがあったからこそ、ニコを助ける事ができた。


 愛があったればこそ、今の我がいる。

 愛があったればこそ、我は大事な物を守る事ができた。


 ……愛を知った今なら、奴にも勝てるかもしれぬ。


 傷が癒えたら、一度会いに行ってみるのもいいだろう。


 しかし、その気持ちに以前のような執着はない。

 気まぐれにそうするのもいいかもしれぬ、と思う程度だった。




 核の炎に焼かれ、草木の生えぬ不毛の荒野。

 砂塵が舞い、視界を曇らせる中。

 我は、奴の前に立ちふさがった。


「久しいな」

「シキ、生きていたのか」


 そう言う奴の顔には驚きと、少しの喜びがあった。


「あれくらいで我は死なん」

「そうだな……。お前は、そういう奴だ」


 小さく笑い合う。


「あの時の決着をつけよう」


 我は告げる。

 奴は、我の目をじっと強く見詰め返した。


「……どうやら、あの時のお前ではないようだな」

「ああ。我にも、お前の言う物がわかった気がする。今の我には、愛すべきものがある。そして、帰るべき場所も……」


 だから、勝って帰らなければならない。

 我は、ここで負けるわけにはいかない。


 だからこそ、我は勝つ。


「では、始めようか」

「ああ」


 我と奴は、互いに構えを取った。

 愛にはいろいろな形があります。

 シキの知った愛は、その内一つでしかありません。

 が、愛には違いありません。


 シキは、好きなキャラと強キャラを合わせてできた名前。


 ニコは、可愛いキャラクターから取ろうと思って、咄嗟にニコライ・ボルコフという名前が浮かんだのでそこから取りました。可愛さと強さが合わさって最強に見える。


 マークは、当初登場する予定がなかったので深く考えず直感で浮かんだ名前をそのまま使いました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元の世界に戻って来たなら、仮面を着けて「この気持ち!まさしく愛だーーー!!」と叫んで欲しかった………(あれ?世界が違うな?)
[気になる点] 全然セーフのはずだけどギリギリを攻めてる感じ [一言] 我が一生に一片の悔いどころかメチャクチャ食い込んでますやん愛が
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