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Bar R  作者: 崎永むつき
1/5

~似合わない2人~ 1

思い付きで始めた、とある街での、とあるバー。

そんな店なので客が少なく、毎日が暇。

たまに来るお客さんを観察し、その様子を物語として書きます。

お客さんが来なければ、お店も、小説も始まりません。


(この物語はフィクションであり、Bar R、またその店のバーテンダーは実在しません)

さてと、開店の準備は出来た。あとはお客さんが来るのを待つだけだ。トイレも輝いている。この店を始めて一週間が経つが、まだ誰も来ない。有名店で修業をした訳ではなく、何の宣伝もしていないので、飲み屋街の外れにある外壁にひびが目立つ建物の2階にある店に開店してすぐに客が入るはずはない。SNSを使って広告めいたものを作ろうかとも考えているので、今夜が暇なら取りかかってみよう。

何か仕事をしなければと思い、すぐに思い付いたのがバーであり、半年前に物件探しから始めた。カウンターとテーブル席が2つのバーなので、アルコール類を揃えるだけと甘く考えていたが、届出など書類の作成もあり、準備期間はそれなりに忙しく過ごし、ようやくここまでたどり着いたのだから、ゆっくり来客を待とう。と考えながら、手はボトルを拭いていた。ボトルのラベルがきちんと正面を向くように元位置に戻し、その隣のボトルを手に取り、拭く。毎日、この繰り返しが、何となく習慣化している。これでお金がもらえる訳ではないが、バーテンダーにとっては大事な仕事だ、と本で読んだ。

ここ一週間は来客が無いので、早めに店を閉めて、カクテルを作る練習をしている。もっともシェーカーはなく、ステアだけ。練習で作ったカクテルは自分で飲んでいるから練習なのか、飲みたいだけなのか、飲みたいだけのような気がする。飲みたいだけの俺でも、さすがに連夜のカクテルでは食傷気味になり、さらに何が美味しいのかわからなくなってきた。早くもこの仕事が向いていないのではないかと疑念が浮かんでくる。

今夜は閉店後のために芋焼酎をインターネットで購入している。結局、飲みたいだけだ。いいではないか、焼酎に詳しくなって、焼酎も揃えている店として評判になる可能性だってある。芋焼酎のビンも拭いて棚の一番端に置く。洋酒のボトルが並ぶ中で、焼酎のビンだけがずっしりと重い感じがする。ビンの色が濃い茶色であるのと、ラベルが漢字で書かれているからだろう。そこだけがわざと照明を暗くしているかのようだ。焼酎のビンが揃うと暗い感じになりそうだ。

棚の全体像が気になった。ここ一週間で何度もやっていることだが、カウンターから出て、カウンター越しに棚を見る。バーを始めようと思ったのは、酒瓶が並んだ棚を自分で作りたかったかもしれないと、初めて棚に酒瓶を並べた時に思った。テーブル席に座って、客目線で見る。棚全体に照明が当っているし、毎日、ボトルを拭いているので、充分、自己満足に浸れるのだが、やはりボトルの数が少ない。頑張って50本ほどは集めたのだが、まだまだ足りない。

殺風景な事を除けば、どこにでもあるありきたりなバーだ。

棚をぼんやり見ていると店の空気が流れたのを感じた。誰かが重いドアを引いたのだ。ドアは音もなく開かれ、まず飲み屋街の喧騒が、そしてずんぐりとした客が入ってきた、それからもう一人いた。

ずんぐりとした客は立派にくたびれたスーツを、これ以上は馴染めないほど体になじませていた。この店の一番目の客は50歳前後だろうか、おそらくサラリーマンだ。そして2番目の客は30歳前後だろうか、こちらは体型に合った細身のスーツを何の間違いもなく着ている。記念すべき最初の客は、なんとなく不釣り合いな男性2人組だった。

「いらっしゃいませ」

変な立ち位置ではあるが、第一声は及第点だろう。本当はカウンター越しに迎えたかった。ドアとテーブル席の間には仕切りがあるので、イスから立ち上がる姿は見られていないはずだから、暇でサボっていたなんて思われないだろう。手振りで2人を7脚あるカウンターの中央に促した。急いでカウンターの裏に戻り、がっしりした男にメニューを差し出そうしたが、メニューなど見る気がないように

「生ビール」と言った。

「すみません、びんビールでよろしいでしょうか」

来客が少ない店であることは当然のことなので、鮮度が気になる樽生は置いていない。当面はびんビールだけを提供する計画だ。男の舌打ちが聞こえてきたが、びんビールでいいのかの回答をいただいていない。仕方なく若い方を見ると、うなずいてくれている。びんビールでよしとしてくれたのだろう。国産ビールの銘柄は1種類しかない。若い方にメニューを差し出そうとすると

「ウーロン茶をお願いします。日本酒を飲み過ぎたので」

別にわざわざ言い訳をしながら注文する必要はないのだが、それより初めて入った店でメニューを確認しないのか。とりあえず難しい注文ではなかったので安心した。

カウンター下の冷蔵庫から、グラス2つとビール、ウーロン茶を取り出すために、前屈みになると、後頭部で「灰皿」と聞こえた。顔を上げると、がっしりした男が、太くて短い指でたばこを挟み、プラスチック製のライターで火を点けるところだった。男の前に灰皿を置き、若い男の方を見たが、男は小さく手を振っていた。「健康に気を使っているので」とか言いそうだ。

ビアグラスをカウンターに置き、勢いよくビールを注ぐ、グラスに添えた左手が少し震えたが2人には気付かれていない。泡が落ち着く間に、もうひとつのグラスに氷を入れ、ウーロン茶を注いだ。今度はビアグラスを傾けて、泡を崩さないようにグラスの内側を伝わせて、ビールを静かに注いだ。ほぼ7対3なので及第点とする。

2人の前にそれぞれグラスを置いた。指先が震えているので、気付かれないように急いで手を戻した。くたびれたスーツの男はグラスがカウンターに置かれた瞬間、グラスをわし掴みして、口へ運んだ。指ごと持っていかれるのかと思った。若い男は連れの方に目をやり、グラスを目の高さに挙げて、乾杯のしぐさをしてから、ウーロン茶を舐めた。一口で3分の1ほどのビールを飲んだ男は乾杯を返す代わりに息を吐いた。店内にたばこの煙が漂っている。本当は禁煙のバーにしたかったのだが、その勇気はなかった。禁煙にして、さらにスムージーを出せば、この若い男は常連になってくれそうだ。

たばこを吸う男はもう一口飲んで、ゲップをした。店内にゲップの音がゆっくり広がって行く。ゆらゆらと上がる煙の音さえ聞こえてきそうだ。ここで初めて店内に音楽がかかっていないことに気が付いた。BGMのことを考えるのをすっかり忘れていた。店内を見回したが、スピーカーらしきものが無い。スピーカーがあれば、BGMのことを考えるきっかけになったと思うが、俺はこの1週間を無音の中でひたすらいろいろなものを磨いていたのだった。

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