放課後、体験入部
さて。一日の授業も終わり、放課後だ。
私とカナはいつも通りに帰宅準備を進めていたが、隣の席のミズキは、そうはいかなかった。なにせ転校初日だ。しかも美少女(だが男)だ。
彼の周囲には、男女問わずして人だかりができていた。
何故かというと、である。
「ねぇ、ミズキくん。美術に興味ない?」
「いや! お、おおおお男だったら、柔道部にぜひ!」
「いやいやいや。小山くんには、我らが科学研究部こそふさわしく――」
――まぁ。こうなるのは、分かっていたことだな。
ミズキの周囲には部活動の勧誘が、やってきていた。それも片手で数えられる程ではない。両手でも足りないほど。つまりは十数の部活が彼を取り囲んでいるのであった。そうなると、当の本人はどうなるのか。
「ふ、ふえぇ……?」
見ての通り、困惑といった声を上げていた。
肩をすぼめて小さくなったミズキは、涙目で自身を囲む人々を見回している。
そして時折に、私達に向けて助けを求めるのであるが、それも叶わない。すぐに人の波に遮られてしまって、どうにもこうにもならないのであった。
今のうちに帰るかとも思ったが、困っている人は誰であって放置できない。
そんなわけだから、私とカナはその様子を眺めているのであった。しかし、いつまでもこのままというワケにもいかない。どうするべきか、そうだな――。
「――あ、そうだ」
その時、私の頭の中に妙案が浮かぶのであった。
この方法ならば、上手くいけばミズキが私を諦めるかもしれない。
というわけで、思いたったら即行動。私は「はいはい」と大きな声を上げながら、人波を掻き分けるのであった。しばしの後に、もうほとんど泣いているミズキのもとに到着する。すると彼は、
「せ、師匠~っ!!」
「うわ、くっつくな馬鹿!? 鼻水がつくだろっ!?」
救いの神を見つけたかのような表情で、私に抱きついてくるのであった。
涙やら何やらで服がベトベトになりそうなので、無理矢理にミズキを引き剥がす。膝や肘で押し退けて、私は周囲を見渡した。――ふむ。運動部員は、と。
「よし、そこのお前からだ! たしか、野球部だったな!!」
「う……うっす。そうっす!」
私は一人の坊主頭を指名した。
突然に指差された男子生徒は一瞬だけ目を丸くするが、即座に姿勢を正す。
「あ、あの? 師匠、いったい……?」
その一連の流れを見たミズキは、小首を傾げながらこちらを見た。
どうやら私が何をしようとしているのか、それが分からないらしい。ならば教えよう、私のしようとしていることを。それを全員に、宣言しよう。
それは、とても単純なことだ。そう――。
「今から順番に、体験入部だ! ただし、運動部に限る!!」――と。
◆◇◆
「ねぇ、マコちゃん? これでいいのかな……」
「いいんだって。私なんかに構ってもらうより、こうやってやりたいコト見つけた方がミズキのためになるだろ? それに、私も楽に――もとい、他のコトに集中できるしな」
グラウンドの端で、私とカナはそんな会話をしていた。
威勢のいい運動部員の声が響き渡る、春の夕暮れ。日の入りまでの時間も長くなってきた最近は、屋外競技の部員達もなおいっそうにやる気を出していた。その中でも我が校の野球部は県下でもベスト4に入る強豪だ。甲子園出場はまだないが、今年こそはと血気盛んに練習に励んでいる。
だがしかし、である。
そんな部員達が、今日に限っては少し鼻の下を伸ばしていた。
理由は単純。それは今、私とカナの視線の先にいるミズキが原因だった。彼は裾の少し短い体育着を身にまとっている。そして左利きらしく、右手にグローブをはめていた。――が、そこに少年らしさは全くない。言うなれば、授業で初めてソフトボールに触れた女子そのものだ。足が、生まれたての小鹿のように震えている。
「いきますよ、小山ちゃ――小山くん!」
「は、はいぃっ!!」
ミズキに対面するのは、野球部主将の真壁先輩。
彼は10メートル程離れた位置から、金髪の少年に向かって声をかけた。へっぴり腰なミズキは、それでも必死に立ち向かおうとしている。そして、
「師匠! 見ていて下さいね!!」
こちらを見て、そう叫んだ。
「はいはい。分かったから、さっさとやれよ~」
私はそれを聞いても、その程度の返答。
ぶっちゃけた話をしてしまうと、面倒で仕方がないのだ。
手当たり次第に様々な部を回りたいので、そんな宣言は無駄でしかない。
「おら、真壁! 早く投げろっての!」
「は、はい! ……って。近衛、お前後輩だろ!?」
「うるせぇ! 早くしろって言ってんだよ。聞こえねぇのか!」
そのため、私は真壁先輩を急かす。
ついつい語調が強くなってしまったのはご愛嬌だ。とにもかくにも、私に急かされてようやく真壁は、ゆる~い一投をミズキへ。ふわりふわり、宙を舞うボールはミズキの真上で勢いを失って――。
「――ふにゃっ!」
脳天に、コツンと落ちた。
ぺたんと尻餅をつくミズキ。彼は女の子座りになって、涙を拭っていた。
ころころころっと、そんな彼の前に転がったボール。何というか、こう――こう言っては何だが、泣き顔すら愛らしく絵になるとは、卑怯ではないだろうか。
ミズキから溢れ出る女子力に、言いようのない苛立ちを感じる私であった。
――と。そんな時であった。
「あ、危ない! 近衛!」
「あぁ?」
私に、そんな声がかけられたのは。
声のした方を振り返れば、その理由はすぐに分かった。
痛烈なライナー性の打球が、私に迫ってきている。このままでは、私の顔面に直撃してしまうだろう。だが、声をかけてもらえてよかった。これなら――。
「――ふっ、っと!」
余裕だな。
私はその打球を素手で捕球した。
――パシィィィィィン! という、乾いた音がグラウンドに響き渡る。上手いこと捕れたのか、手のひらにはそれほど痛みがなかった。どういうわけか周囲はざわついたが、気にする必要はないだろう。そんなわけだから、私は手頃なところにいた部員に声をかけた。
「ほら、返すぞ~!」
「……はっ。はいぃっ!」
そして、力いっぱいに白球を投じる。
すると鋭い球威をもったそれは、風切り音を発しながら、その部員のグローブに吸い込まれる。今度は――ズドンッ! という鈍い衝撃が聞こえてきた。
よし。なんとなく感じていたイライラも、これでスッキリした。
と、そんなことを考えていると、である。
「うっ、うぅ……ひっぐ……」
「あ? なんで、あの部員は泣いてんだ?」
突然に、私の送球を受け取った部員が泣き始めた。
何故かと考えていると、ぽつりと、こんな言葉が耳に届く。
「し、死ぬかと、おもったぁ……」――と。
それは、己の命が無事であったということへの感謝とも取れるモノであった。
私は何事かと、首を傾げる。するとそんな私に、真壁が一言こう告げた。
「近衛、お前さ……」
「あん? んだよ、真壁」
「女装してんじゃないよな? 本当に女子か?」――と。
「………………」
沈黙に包まれるグラウンド。
直後に、真壁の悲鳴が響き渡ったのは、言うまでもないだろう――。
よいしょ。
こんなわけで、コメディ路線で!
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<(_ _)>