アイツからの申し出 2
「……はぁ、それで? 弟子にしてほしいって、どういうことだよ」
私は分かりやすく訝しげな視線をミズキに向けながら、椅子に腰を下ろした。
ここはモールの中にある、とあるカフェ。そのテラス席にて向かい合って座った私たちは、注文を済ませた後は、終始無言を貫いていた。だが、さすがにいつまでもそれではいけない。
そんなわけだから、私は単刀直入に切り出したのであった。
「ええっと、その。ボクは……」
すると、目の前の小動物はキュ~っと小さくなりつつこう言う。
視線はまったく合わせられていなかったが。
「お、男の中の男にならなければいけないのです!」――と。
「……………………」
……何故に、それを私に頼むのか。
私は白けた目をミズキに向けた。これでも一応は、女であるという自覚は持っているのだ。先ほどのように男と間違われることについても、一定の嫌悪感はある。
それを間近で見ていたはずなのに――コイツはもしや、殴られたいのだろうか。
だがしかし、助けた相手を殴る、というのはおかしな話だ。
私は自制心を働かせて、ちょうど届いたブラックコーヒーを喉に流し込む。そして、ふっと息をついてから順番に訊ねることにした。
「どうして、男の中の男なんだ?」
「えっとですね。パパから、言われたのです――『来週からは一人暮らしをして、男の中の男になれ』、と。でもボク、男の中の男が、どういったモノか分からなくて……」
「パパ…………」
私は男の口から出た『パパ』という単語に絶句する。
が、ここはどうにかこうにか気を取り直して、核心に迫ることにしよう。
そう、そうなのだ。問題はそこではない。どうしてそれを教わる相手がよりにもよって、男ではなく――。
「それがなんで、私なんだよ……」
――私なのか、と。
がっくりと、何やら暗い気持ちになってきた。
頭が痛くなってきた私は、眉間に皺を寄せて、かつそこを押さえる。しかし、そんなこちらの様子に気付かないのか。その問いを耳にした少女――ではなかった、少年は嬉しそうな声色でこう答えるのだった。
「貴方の背中を見た瞬間に、運命を感じたのです! ――あぁ、ボクの探していたのはこの方だ、と!!」
見れば、まるで夢見る少女の如く、彼は手を組んでこちらへと視線を向けている。――あ、見たことあるぞこの眼差し。私に告白する女子のそれと同じだ。
また厄介なことになってしまった。こういう手前は、断るのが難しいのだ。
ふむ、どうしたモノか……。
とりあえず、まずは理屈で言い包めてみるか。
「あのな。私が女だって知っての頼みか? それ、おかしくねぇか?」
「分かった上でのお願いです、師匠! ボクは本気です!!」
「せん、せい…………」
ダメだコイツ。
自分のおかしさを自覚した上での発言だった。
こうなったら、理屈で言い包めようとしても無駄だ。屁理屈でごねられて、こっちが丸め込まれる可能性だってある。しかも、いつの間にか師匠認定されてるし。
「……はぁ」
さて。どうしたものか。
思わずため息つきながら、私は考え込んだ。
親父からの教えでついつい助けたけれど、無理な場合だってある。その時は断っても良いと言われてはいるが、今回のはどう判断すればいいのだろうか。レアケースすぎて、絶賛困惑中である。
と、そんな風に腕を組んで悩み込んでいた時であった。
「お待たせいたしましたぁ~」
ミズキの頼んだモノが運ばれてきたのは。
それは、私の精神をゴリゴリと削っていくものだった。
なんでかって? だって、まったく予想だにしてなかったのだ――。
「うわぁっ! 美味しそうっ!」
――超巨大なパフェが、運ばれてくるなんて!!
な、なんだこれ。縦に長い器の中で何層にも重ねられたチョコと生クリーム。それを見るだけでも胃もたれがするのに、その上には多種多様なフルーツとアイスクリーム。そして、さらにはトドメを刺すように板チョコがドンと、差し込まれていた。カナでも頼まないぞ、こんな巨大パフェは……。
「……って。スマホを取り出して、何をしようとしてるんだ?」
こちらが戦慄していると、不意にミズキがスマホを取り出したのに気付いた。
その意味を訊ねる。すると彼は、不思議そうに小首を傾げるのであった。
そして、さも当然のようにこう言う。
「なにって、インスタにアップしようと思って……」――と!!!
――インスタ、映え……っ!!
こ、これは! 聞いたことがあるぞ、私でも。
インスタイルグラムとかいうSNSに画像をアップする、超絶女子的行為。その中でも特に、イイね、が多くもらえる画像のコトを『インスタ映えする』と言うのだ。たしか、うん。私の記憶に間違いがなければ、だが。
ちなみに、私はやっていない。というか興味がない。
カナはやってるのかもしれないが、露骨に私の目の前でやっているのは見たことがない。しかしこの、仮にも『男の中の男』を目指す少年は、それを実践してみせたのだ!
「……よぅし。出来た♪ さて、いただきま~すっ!」
それを終えると、何食わぬ顔でスプーンへと手を伸ばす。
アイスクリームをすくうと、口に運ぶ。
そして――。
「あぁっ、美味しいっ! ふにゅぅ~っ!」
――愛らしい顔を蕩けさせながら、そんな声を発しやがった!
「――――――――――――」
驚愕である。
つい、呼吸をするのを忘れるくらいには驚愕であった。
周囲の男性客が明らかにざわつくのが分かる。それぐらい破壊力のある表情、そして声であった。何この可愛らしい生き物。女の子より、女の子じゃねぇかよ!!
だ、だめだ……。
コイツを『男の中の男』にとか、私には無理だ。
というか、アレだ。コイツと一緒にいたら、自分が本当に女なのかを疑いそうになる。いや、それ以前に自分という存在自体が危機になりそうな、そんな気がしてならなかった。――離れなければ。すぐに、ここから去らねばならない!?
「あれ、どうしたんですか? 急に立ち上がって……」
「残念だけど、ここでおさらば、だな」
「えっ!?」
私はおもむろに立ち上がり、コーヒーの代金をテーブルに置いた。
そして、有無を言わさぬ口調でそう言う。するとミズキは、キョトンとした表情になった。そんな彼に向けて、私は遠くを見つめながらこう続けるのである。
「もし、次に会う機会があれば――その時は弟子にすることを考えてやるよ。その時までに、自己研鑚を積んでおくんだな」
そう。限りなく、適当に。
まぁ、ここを切り抜ければ二度と会うことはない。
それを考えれば、口から出まかせにしては、いい感じであった。
「自己研鑚……!」
よし。ミズキも、いい具合に話に乗っている。
運命とか、そういうの好きそうだもんな、コイツ。それを利用するのは心苦しいが、今は仕方ない。自己尊厳の危機なのだから……。
「じゃあな、ミズキ。また会う、その日まで――」
私は彼に背を向けて、店の外へと出た。
背中に「はい、分かりました! 師匠!」という声を聞きながら。
その後のコトは、割愛しよう。一人置き去りにされていた潤を回収して、帰宅。しかし私の脳裏には、ミズキという女子よりも女子な少年の顔が、焼き付いてしまったのであった。
以上が、昨日の出来事の概要だ。
うん。我ながら思うけれど、かなりの下手を打ってるな――。
更新です!
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