私とアイツの出会い
それは、何てことのない日常だった。
そう。そのはずだった――。
「真琴――姉ちゃん。オレ、ちょっとあっち行ってくるから!」
「あいあい。じゃあ、私はここで待ってるから」
「はいよ。分かった~」
良く晴れた日曜日。
私は弟の潤と一緒に、とあるショッピングモールを訪れていた。その目的というのも、今年から中学に入った弟の部活動に必要なモノ、そして生活用品諸々の買い出しだ。半分は親父から頼まれた子守りであるため、私としては退屈でしかない。
したがってこのように、潤が自分で考えて行動できる範囲については完全に任せていた。無論、財布の紐はこの私が握ってはいるのだが。
「まぁ、潤も馬鹿じゃないし。変なワガママは言わないか……」
と、そんなことを考えながら。
私は休日のこの賑わいに辟易としていた。
平日はそれほどでもないというのに、この人の波はいったいどこから現われるのであろうか。壁に背を預けた私は足を組み、大きく、周囲の人に聞こえるようにため息をついた。
「にしても、こう人が多いと暑いな。……ったく、上着は余計だった」
膝丈の黒いパンツに、白を基調とした髑髏柄のシャツ。その上に革ジャンを羽織った私は、今朝の自己判断を悔いていた。ただでさえ、億劫な買い出しだ。カナの付き添いならまだしも、弟の監督役というのは、何を楽しみにすればいいのか。
あぁ、いや。趣味趣向に関して言えば、こっちの方が合うのだけど。
どうにもカナと歩いていると、自分の女子力のなさを感じてしまうのであった。というか、荷物持ちをさせられているカレシのそれのようになる。それにしたって元々、人込みというモノが好きではない。なので、買うモノを買ったら即刻、お暇したいところであった――。
「あ、あの! やめてくださいっ! ――きゃっ!?」
「いいじゃねぇかよ、なぁ? 少しだけ、一緒にお茶しようぜ、ってだけだろ?」
――のであるが、だ。
視界の端で、無視できない案件が発生していた。
「こ、こまりますっ。その、ボクは……」
「いいから、いいから! ちょっとだけ時間くれよ、な?」
一人の少女が、男二人に絡まれていたのである。
少女は華奢で愛らしい外見をしていた。出で立ちはジーンズに赤いベルト、そして黒のワイシャツ。そんな、まるで少年のようなモノであるのは気になったが、可憐な顔立ちがそれを打ち消していた。そんな少女は恐怖ゆえか、小さくなって震えてしまっている。
対して残る二人の男は、この一言で済む――チャラい。ただただ、チャラい。
顔立ちも整っているワケでもなく、逆に崩れているワケでもなく。とにかくチャラいということ以外に特筆すべき箇所がない、そんな凡庸な二人組であった。
周囲の人々は、どう考えても見えているのに見えないフリをして去っていく。
それもそうだろう。このような面倒事には、滅多なことがない限り関わらない方が無難だと、そう思われた。もし、これに関わらんとする者がいるとすれば、そいつは正義感溢れる馬鹿か、あるいは物好き。――まぁ、どちらにせよ。アレだ。
果たして私は、どうなのか。
実はもう、その答えは出てしまっていた。もうすでに私の足は、そちらに向かって動き出してしまっていたのだから。そして、男達がいよいよ少女の身体に手を伸ばそうとした時、
「へっへっへ……そんじゃ、ちょっとこっちに――」
「あー……悪ぃけど、こっちにも時間くれないかな?」
申し訳ないが、一方の男にそう声をかけて、
「――あぁ? いったい、なんだって……」
「ふんっ!!」
「ぐへぁっ!?」
こちらへと振り向いた瞬間に、その顔面に右ストレートを叩き込んだ。
無防備な顎に的確な一撃を喰らった男は、異音を発しながらその場にぶっ倒れた。仲間のやられる声を耳にしたもう一人は、驚きに目を見開いてそちらを見る。その隙に私は――。
「――もう一発ッ!」
「ごふぅっ!?」
不意打ちで誠に申し訳ないが、今度はがら空きになったもう一人の腹部に膝蹴りを叩き込むのであった。――あぁ、うん。ビックリするぐらい手応えバッチリ。
男は今にも吐き出しそうな最悪の表情で、その場にうずくまるのであった。
「えっ……あの、貴方は?」
そんな流れを見守っていた少女は、何度も瞬きをしながらそう漏らす。
少し息は荒く。頬はどことなく、赤く染まっていた。――あぁ。こうして間近で見るとよく分かるのは、ますますこの子が絶世の美少女であるということである。透き通るような蒼い瞳で見つめられると、女の私でさえドキリとさせられてしまった。もしかしたら、女の子オーラ、という点についてはカナ以上かも。
と、そんなことを考えている場合ではなかった。
ここは適当に答えておこう。
「えー、と。アレだ、通りすがりの一般人だ」
「通りすがりの、一般人……です? そんな方が、どうしてボクを?」
と思ったが、上手いこと言葉が出てこなかった。
そもそも、助けた理由は大したものではなくて……。
「いや、うん。親父との約束でな――『困ってる人は必ず助ける』って、な」
そうなのだ。
私がこの子を助けたのは、たったそれだけの理由。
子供の頃から親父に、耳にタコが出来るくらい口酸っぱく言われてきたからだった。今までそれを実行してきたし、今回もただその延長線での行動。身体が勝手に動いた、というヤツであった。なんとなく既視感を抱くのは、アレか――カナとの出会いも似たようなモノだったからか。
「こんの……いきなり、何しやがんだ!」
「あ、忘れてた」
おっと、しまった。
ボンヤリと昔のことを思い出していたら、膝蹴りの方の男が起きてしまった。
苦悶の表情を浮かべながら、こちらを睨む男。彼は怒りに満ちた声色で、こう言うのである。なんの違和感もなく、自然な流れで――。
「この、くそ野郎が!」――と。
「…………………………」
あー、うん。またですか。
そうですか。私はそんなに、野郎に見えますか。
怒ってないですよ? ――でも、不思議だな。頬が引きつるのを感じるよ。
「……よし、決まった」
コイツ、もう少し痛い目を見てもらおう。
そんなワケで、私は指をパキリと鳴らして拳を構えた。すると――。
「あ、あぁ!? やんのか、コラァ!!」
何やら、懐から小型のナイフを取り出した。
おいおい。それって、普通に銃刀法違反じゃないの? いいのか、これ。
しかし、そんな理屈を言っても通じるような状態ではないらしい。頭に血が上ってるらしい男は目を血走らせ、ジリっと、距離を詰めてきた。
仕方ないから、相手をすることにしよう。ただし、その前に一つだけ訂正を。
「……女相手に武器を使うとは、本当に見下げた奴だな」
「なっ!? お、女ァ!? 嘘つくんじゃねぇ、お前みたいな女がいるか!」
……あ、はい。コイツ、死刑だわ。
私は男がそう言った瞬間に、真っすぐに、拳を飛ばしていた。
困惑極まる、といった様子の男の鼻っ柱に渾身の一撃を叩き込む。――メシィ! と、おそらくは鼻の骨が折れたのであろう感触が伝わってきた。
「ぶふっ!!」
鼻血を噴き出しながらぶっ倒れた男を見下ろしながら、私は手を払う。
そして、その手で少女の手を取った。
「走るぞ! ついてこい!!」
「えっ? あっ――!?」
直後に、脱兎のごとく駆け出す。
こちらも喧嘩腰になってしまったのが不味かったのか、衆目を集めてしまっていた。このままでは警察沙汰だ。そんな面倒なことになっては、後から親父に何を言われるか分かったモノではない。拳骨で済めばいいが、一歩間違えばメシ抜きだ。
それだけは、勘弁してほしい。そんなわけで逃げるが勝ちであった。
私は少女がついて来られる範囲の全速力で、その場を去る。
しかし、この時の私は思ってもみなかったのであった。この行いが――。
――今後の私の運命を決定付けるモノであった、ということを。
ここから、第1章です!
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