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子供の休み時間  作者: 鏡春哉
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トランプ

 煌々と輝く円形の蛍光灯。カーテンの開かれた大きな窓からは、美しい夜景を羨望することが出来る。

 ここはとある地区に建つタワーマンションの最上階。種田はその一室に住まっていた。


 炬燵の中に正座した足を潜らせ、私は目を閉じて深呼吸をしていた。足の先はどうしても炬燵から出てしまうため、もこもこソックスで対策を取っていた。

 何故、私が正座姿でそこに坐しているのか。

 テーブルの上には、一箱の赤いトランプが。私は静かに目を開いてから、箱の中から全てのトランプを取り出した。

 枚数を数えると、スペード、ハート、クラブ、ダイヤのカードが各々十三枚ずつ。ジョーカーが二枚。そして、裏が空白になっている予備カードが三枚。

 合計、五十七枚。

 私は小さく息を吐きながら笑みを溢した。

 この数は、私をおちょくっているとしか思えない。

 通常、トランプについている予備カードは一枚程度である。私が今持っているこの製品のように、親切心溢れるトランプはあまり存在しない。裏を返せば、これはあることを暗に伝えているようにも思われる。

 私は机の端に積まれたカードの上から、二枚だけを手に取った。外側に赤い模様が来るように手に持ち、カードの一辺で釣り合うように、二枚のカード同士を立て掛ける。

「何やってんの?」

 私がカードから手を離すと同時に、キッチンの方から零夜がやって来た。彼は右手に湯気の立ち上るマグカップを持ち、炬燵の中に入ってくる。

「見ての通り、トランプタワーを制作しているのよ」

 私は出来上がった一段のタワーを凝視しつつ、右手で別の二枚を取った。

「因みに、ニューヨークに建っているトランプタワーの事ではないわよ?」

「さすがに、それは分かるよ」

 零夜は苦笑しつつ、口元でマグカップを少し傾けた。私は横に並んだ二つの山を見つつ、机の端からまた別のカードを一枚手に取る。

「私はね、今、震撼しているのよ」

 零夜はマグカップを机上に置きつつ、「何に?」と尋ねた。私はニタリと笑みを浮かべる。

「このトランプを買ってから、トランプタワーに使うカードの枚数を計算したの」

 一枚のカードを二つの山の頂点に慎重に乗せた後、次なる二枚を手に取った。

「使用するカードの枚数をa、タワーの段数をnとすると、a=1/2n(3n+1)という式になるわ。と、すると、n=6の場合、a=57という値が出てくるの。つまり、このトランプのカードを全て使えば、通常のトランプでは成しえないはずの、夢の六段トランプタワーが出来るというわけね」

 説明をしながらも、私は手を動かしていく。六つの山で出来た一段目が完成し、続けて二段目の制作に入る。

「それ、自分で計算したのか?」

 零夜はマグカップに両手を添えながら、怪訝そうに尋ねてくる。私は「勿論」と答えた。

「階差数列の計算方法を利用したわ。お陰で四段まで数える羽目になったけれど、紙の上では大したことのない作業だったわ」

 早くも二段目が完成し、三段目に入る。零夜はもう一口マグカップの中身を呑むと、神妙な顔つきで私を見詰めてきた。

「それさ、計算で出すよりも、普通に六段分の枚数を数えた方が早くないか?」

 無言。私は作業の手を速めた。

「やってみたかったのよ」

「いや、小学生に為せる技じゃないだろ」

 確かに、数列の計算は中学生、高校生レベルの数学だ。しかし、私にはそうした難易度の問題は関係がなかった。

 やってみたいなら、やってみればいいではないか。

 それが、私のモットーである。加えて、ハイクオリティであればなお良しといったところである。

 トランプタワーは五段目に入り、愈々制作も佳境に入っていく。トランプタワーづくりの醍醐味といえば、やはりてっぺんに配置した二枚のカードから、手を離した瞬間だと言えよう。その時、タワーが完成するか、はたまた総倒れして今までの苦労が水の泡となるか。

 最早、賭けのようなものである。何かを賭けるような行為はしないが、これは私自身とトランプタワーの問題である。

 私は残された最後の二枚を手に取り、静かに息を吐いた。目の前に佇むトランプの山は、五段だけでもなかなかの迫力を見せている。

 私は息を呑み、最後の作業に移った。今まで以上に神経を張り巡らせ、山の頂点を作り出す。

 私がカードから手を離すのと同時に、零夜がマグカップの中身を飲み干した。

 私の心中は、感極まっていた。

 刹那、鈍い音と共に炬燵が大きく揺れ動いた。立ち上がりかけていた零夜が「あ、悪い」と声を零す。私はといえば、先程まで溢れんばかりに抱いていた感情が、堰切れたように流れ出ていくのを感じていた。

 完成した六段のトランプタワーが、一瞬にして総倒れする映像が、スローモーションのように私の脳内に流れる。

 私は無言で立ち上がり、呆然と宙を見つくした。零夜が申し訳なさそうな表情をしていたが、私は構わずに溜息を吐いた。

「神は死んだ」

 零夜は姿勢を正して頭を下げていた。


 大晦日の午後十一時五十七分。零夜はキッチンから二食分の年越し蕎麦を運んできていた。テーブルの上を片付けていた少女は、悟りきっていた表情から一転して、華やかな笑みを浮かべてみせた。

 暗いつゆに白と黄色のゆで卵が映えた、月見風の蕎麦。少女は嬉々として合掌し、蕎麦をすすり始める。零夜も自分の分のお椀をテーブルに置き、腰を下ろした。

「トランプタワー、壊してごめんな」

 あまりの表情の変わりように気まずくなった零夜は、改めて少女に詫びた。熱いつゆをズズッとすすっていた少女は、お椀を置き、つんとした顔で口を開く。

「別に。トランプタワー制作は、単に年越しまでの時間潰しをするためだけのものだったもの。……今日のメインは年越し蕎麦。これを食べないと、新年が始まらないわ」

 相変わらずのマイペースっぷりに、零夜は苦笑した。彼も蕎麦に口を付ける。

 暖かい部屋の外では、除夜の鐘が響いていた。


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