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子供の休み時間  作者: 鏡春哉
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縄跳び

 十二月二十四日。そう、今日はクリスマスイブ。否、とある小学校の、二学期最後の登校日であった。

 終業式前の昼休み。五年三組の児童たちは、五年生の昇降口前にある広い空間に大集合していた。白い靴を履いた児童たちは、アスファルト地の空間に、間隔を開けて整列する。

 彼、彼女らの手には、色とりどりの縄跳びが握られていた。皆が皆、真剣な表情をして前を向いている。

 整列した児童らの前に立っているのは、一人の女子と一人の男子。二人も各々の縄跳びを持って、勇ましい表情をしていた。

「我らがガールズ号の船長、種田真紀が、女子の皆を宇宙の彼方へと導いて行こう!」

 甲高い女子たちの歓声。

「俺たちボーイズ号の船長、藤村拓也が、男子たちを宇宙船の英雄にしてやるぜ!」

 少し低い、男子たちの歓声。

 種田と藤村はめいめいに一枚の厚紙を掲げた。その紙の上部には、ゴシック調の文字で次のような言葉が印刷されていた。

『遥か宇宙の旅~縄跳びの技をクリアして、太陽系を飛び出そう!~』


 私は自前の赤い縄跳びの持ち手を握り、縄を足の後ろにセットした。この宇宙の旅は太陽から出発し、約十五兆キロメートル先にある太陽系の端の端、オールトの雲を超える壮絶な旅なのである。

 私は大きく息を吸い込み、最初の一歩を踏み出した。

 前飛び五十回からスタート。私は勢いをつけて縄を回し、軽々と五十回飛んでみせた。女子勢も最初の関門は難なくクリアする。敵勢の男子たちも、すぐに太陽を出発したようだった。

 続いて、後ろ飛び五十回。これもすぐにクリアし、皆無事に水星に着陸した。それから、かけ足飛び五十回、あや飛び三十回、前飛び百回、交差飛び三十回、後ろ飛び百回、片足飛び百回、と次々に離着陸を繰り返し、地球の外側を回る火星までやって来た。

「せ、船長! 早くも脱落者が!」

 一人の女子が、私の元に駆け寄ってくる。私は咄嗟に脱落した女子を見た。分厚い眼鏡をかけたその子は、クラスの中でも一番運動を苦手とする子だった。

 私は右の親指を立て、その子に向かって突き出した。

「大丈夫よ、高塚さん。女子たち皆の力を合わせれば、惑星の外側にだって出られる!」

「は、はい!」

 高塚と呼ばれた女子は、満面の笑みで縄跳びを構え直した。そして、高速で縄を二度回す。

 そう、二重飛びである。

 縄跳びにはこうした大技が幾つも存在し、我々小学生たちを嘲笑うかのように試すのである。

 二重飛び十回。それが、火星を離陸するための条件だった。周りでは、ヒュンヒュンと風を切り裂く音が数多聞こえてくる。

 私は冷たい息を大きく吸い込み、縄跳びの構えをする。縄を高速で回し、一、二、三、四、と軽やかに飛んでみせた。女子勢から、感嘆の声が上がる。

 私の後から、半数以上の女子が火星離陸に成功した。ちらりと横目に見遣ると、男子勢は既に小惑星帯に向かっている模様だった。

「船長、敵船にリードされてしまっています!」

「大丈夫、落ち着いて行こう。火星をまだ離陸できていない子も、ゆっくりと自分のペースでクリアしていこう!」

 再び、女子勢が甲高い歓声を上げた。

「おいおい、この程度かガールズ号! 俺たちはこのままオールトの雲まで突っ走ってやるぜ!」

 男子も負けじとタクの掛け声に合わせて、おぉ! と叫ぶ。

 私は唇を噛み締め、次なるステージへと挑んだ。

 はやぶさ十回。小惑星帯に存在する小惑星、イトカワに着陸するための条件だ。私はあや飛びを飛ぶ要領で縄を回し、すぐにクリアして見せる。私に付いてきている女子たちも、皆無事にイトカワに着陸していた。

 それから二重飛び、はやぶさ、後ろ二重飛び、むささび飛びといった技を、回数を増しながら――時折サイドスイングやサイドクロスを交えながら、私たちは太陽系惑星最長の公転半径を持つ、海王星まで辿り着いていた。荒い息を整え、横目で男子勢を見遣る。

 二重飛びの時よりも、断然風を切る速度は速かった。しかし、誰もが縄を足にひっかけ、なかなか海王星を離陸できないでいた。

 最後の関門。三重飛び。

 幾ら運動神経が良くても、これには出来る子と出来ない子との差が、大きく開かれていた。ガールズ号の乗組員もこの難関には苦戦しており、多くの子が息せき切って挑み続けている。

「ちっ、何回やっても引っかかる!」

 左隣では、タクが悔しそうに何度も縄を回し続ける。私は諦めずに海王星の離陸を、或いは遅れている子は追いつくことを目標にして、一生懸命飛んでいる様子を眺めた。

 脳が、体が、酸素を求める。

 かく言う私は、三重飛びには今回が初挑戦なのである。

 冬の冷たい空気を肺胞まで一杯に吸い込み、静かに吐き出す。自分の中で折り合いをつけた瞬間、勢いよく目を見開いた。


 強く飛び跳ねた時、まるで鳥のように体を軽く感じた。

 重力を逆らっているはずなのに、不思議と気持ちが良かった。

 私の目の前を、幾度か赤い縄が通過する。

 ゆっくりと景色が上下した後、私は白い靴で地面に着地した。

 風を切る音は止んでいた。


 不意に顔を上げると、皆が皆、あのタクまでもが、あんぐりと口を開けて私を見ていた。次第に飛んでいた意識が戻って来たのか、静寂の中、誰かが拍手を始める。それが周りに伝播し、拍手の渦が巻き起こった。

 私は何がなんだかわけが分からずに、しどろもどろになる。

「船長、五重飛びですよ、今の!」

「オールトの雲を超えました、船長!」

 拍手の中で所々聞こえてくる女子勢の言葉を聞き、私は漸く状況を理解した。

「私――いや、私たち、太陽系を突破したんだわ!」

 ガールズ号乗組員らの、盛大な歓声が冬の空に響き渡った。

 オールトの雲を超えられなかったタクは、結んだ緑色の縄跳びを片手に持って、私の元まで歩み寄って来た。彼は右手を差し出し、満足げに笑う。

「今回は俺ら、男子の負けだ。お前の五重飛び、華麗だったぜ」

 私は不敵に笑い、彼の手を握った。固く握手が為されると、五年三組全員の歓声が湧き起こった。

 キーンコーンカーンコーンと、昼休み終了のチャイムが鳴る。

「やべっ、次終業式だ。早く廊下に並ぼうぜ!」

 タクの言葉をきっかけに、クラスメイトらは急いで靴を履き替え、ぞろぞろと三階まで戻って行った。私も彼、彼女らの後ろに付いて、階段を駆け上って行った。

 やはり、体は軽かった。


 職員室の窓から我がクラスの児童を見ていた岡部は、微笑んでいるのか苦笑いをしているのか、何とも複雑な表情をしていた。

「岡部先生のクラスは、元気がいいですな」

 五年一組の担任、喜納正之が後ろから声を掛けてくる。岡部は小さく笑い、「えぇ、それは良いんですけれど」と口籠らせた。喜納が不思議そうな顔をすると、岡部は彼の方に首を動かした。

「縄跳びは、冬休みの宿題なんですよね」

 困り切った表情をする岡部をよそに、喜納は豪快に笑っていた。


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