第十七話
ラフレッチェへ着くころには、俺はへろへろとなっていた。
「すぐに登板なんだから、ほら、着替えて。早く」
球場のすぐそばにペガサスを降ろし、俺の手を掴んで彼女は猛ダッシュ。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」
背に抱えている荷物を跳ねさせながら、俺は悲鳴を上げる。
「プロになりたいんでしょうが。泣き言言うな!」
「確かにそうだけど」
お姫様というのは、もっとお淑やかなものじゃないのか。
球場の中に入り、ずんずんと進んでいき、ロッカールームへと俺を押し込む。
「はい、これ、ユニフォーム、スパイク……グラブは持って来た?」
「いや、えっと、貸していただけないでしょうか?」
「あるじゃないの。ここに」
勝手に俺の荷物をまさぐって、あの恥ずかしいグラブを取りだした。やりたい放題かこの人。
「いや、えっと。それは」
「何度も言わせないで。時間がないの」
ああ、はい……そうですか。
「あの、出て行かないんですか?」
ユニフォームに着替えようと自分の服を脱ごうとしているのに、彼女がロッカールームから出て行かないので、俺は声をかけた。
彼女は嘆息する。
「あのねえ? あんたの裸を見て、あたしに何の不都合があるわけ? 逆ならともかく」
やりたい放題だこの人。
いや、王族ってのは、こういうもんなのかもしれないけどさ。
……まあ、別に、恥ずかしいってわけじゃないけど。
俺はともかく、ユニフォームに着替えた。あれ? でもラフレッチェのユニフォームって、紫じゃなかったっけ……? これは、どう見ても青なんだけど。
しかもユニフォームに書かれてあるのは、えっとハイペリオン? なんというか……言葉の意味が分からないけど、すごく格好いい言葉だと思う。
「なにぐずぐずしてんの。ほら、行くわよ!」
と手を引かれて、俺は球場の中に入った。
そこで、改めて俺は驚いた。
「えっと……」
観衆がいる。
観客席に、まばらだけど、人がいるのだ。
入団テストだというのに、なんだってこんなに人がいるんだ? スカウト……がこんなにいるわけがないし。
ふと見たスコアボードに、信じられない数字が刻まれている。
79-0?
故障かな?
いや、スコアボートに刻まれている数字を足したら、確かに79点になる。
「テディ!」
王女様が三塁側ベンチの方に歩きながら、誰かを呼んだ。
「は、はい!」
ベンチから出てきたのは、女性にしては背の高い人だ。やや吊り目で、赤色の瞳をしている。髪型は、栗毛で肩位の長さ、ゆるい縦巻きロールをしていた。
「あんた、もう出番がないんでしょ。彼の肩を作るのを手伝ってあげて」
「か、かしこまりました!」
「……肩作ったら、交代してもらうからね」
と、何故か睨まれて、王女様は肩をいからせながら三塁側ベンチの奥へ消えていった。
一体何なんだ。
俺は、テディと呼ばれた女性に、事の次第を聞こうと近づいた。
「あの……」
「調子に乗るなよ、貴様!」
ずびし、と指さすテディさん。
「いや、状況が分からないので、説明してほしいんですけど」
と俺がめげずに説明を求めると、彼女は顔を赤くさせて怒ってきた。
「ここここの私に、状況を説明しろというのか! お前は!」
カーーーーーーーーン!
快音が響く。超速の弾丸ライナーが、スタンドに突き刺さった。
スコアボードに三点が追加されて、82-0。スリーランホームランだったのだ。
……えっと、攻撃しているのは、紫色のユニフォーム。つまり、ここはやっぱりラフレッチェということになる。しかし、やはり状況がよくわからない。
「~~~っっっ」
そのホームランを見て、何故か苦悶の表情を浮かべるテディさん。無言で背中を向けて、俺と距離を取った後、ボールを投げた。ぽーんとゆるやかに山を描いたボールを、俺は慌ててグラブに収める。
「肩を作るんだろう! 早くしろ!」
「……??? いや、あの、ちょっと」
「うるさいぞ! 貴様に疑問をはさむ余地などあると思うな!」
そのボールをグラブでキャッチする。まあ、確かに、四の五のは言ってられないけれども。
……彼女からは、何か情報を教えてくれないようだ。
ともかく、肩を作るのは、その通りだ。キャッチボールを開始した。
思えば、色々な矛盾点があった。
王女が直接迎えに来るというのもそうだし、青色のユニフォームもそうだ。テストなのに観客がいる球場。妙にいらだっている王女様。
気付かねばならなかったのだ。俺は。