第十五話
「ごめん! ほんとうにごめん!」
幸いなことに、川が近くにあったたため、衣服を脱いで洗うことにした。上も下もだ。
「いいよ、でも、今度から飲み過ぎには気を付けてください」
「う、うん。本当にごめんね?」
ざぶざぶと川に服を浸し、どうにか綺麗にはなった……匂いがついているけど。
「で、あの、えっと、さっき言ってたことなんだけどさ」
アーニャさんは胃の内容物をすっきりさせたためか、幾分酔いが醒めたようだった。
彼女は河原に落ちている石を弄りながら、先ほどの話の続きを話し始めた。
「あの、さ――このままでいくと、ベルモント家は途絶えちゃうわけじゃない」
「姉さんが婿を迎えるんじゃないの?」
そういう話になっていると、俺は聞いている。
「でも、やっぱり、カズヤはそれだと肩身が狭い思いをするわけじゃない」
「そりゃ、仕方ないよ」
「それを解消する術が、実はあるの」
「……?」
姉さんが婿を迎えて、俺が肩身の狭い思いをしない方法……?
お婿さんに超絶優しい奴を選ぶとか……そういうことか?
「あの、ね……」
河原に落ちていた石を抓んで、彼女は投げる。ぴょんぴょんと水を切って、飛んでいく……よく飛ぶなあ。
「えっと……」
アーニャさんはお酒が残っているのか。明かりの魔法の下に見える彼女の頬は赤い。
再び、石を拾って投げる……これも、よく飛ぶ。
「……」
「い、いざとなったら、言い出しにくいな! あ、あの、その……お父様には、宮廷魔術師になるまで口止めされていたんだけどさ」
「姉さん」
「は、はい!」
俺は石を掴む彼女の手首を握った。
「え、えと、何かな? そ、そんな真剣な表情でさ」
「そりゃ、真剣だよ。かなり重要な事だからね」
「う、うん? い、いや、そうだけど……」
アーニャさんは上目づかいで、俺のことをじっと見ている。俺は、彼女を逃がさないように、反対の手も握った。これは反射的にだ。彼女は明日にはまたセントサイモンに帰ってしまうのを聞いていたのだ。
「な、何で手を掴んでいるのかな?」
「ああ……いや、ごめん。でも、是非とも、今、やっておかなければいけないことがあるんだ」
「い、今? こ、こんなところで?」
「うん。お願いできるかな、姉さん」
「いや、ちょっと、こんなところで……人は、いないけど」
「頼むよ。今しかないんだ」
「で、でも……ほら、せめて明かりを消してから」
いやいや何を言ってるんだ。
「明かりはつけたままで頼むよ」
「ええええ? あ、明かりをつけたまま?」
「だって、じゃないと見えないじゃないか」
「そ、そりゃそうだけど……見たいの?」
「見たいよ、そりゃ!」
「見たいの!? そりゃそうかもだけど。ちょっと待って。心の準備が……」
と煮え切らないアーニャさんに、俺は頭を下げてもう一度頼んだのだった。
「頼むよ! さっきの水切り、もう一度やってほしいんだ」
「へ?」
アーニャさんは、子どもの頃から水切りが得意だったらしい。
要求通りに、もう一度投げてもらう。びゅん、と飛んでいく石は、水面を何度も切って進んでいき、やがて沈んでいった。
「何で下から投げるの?」
「えっと……いろいろ試してみたけど、下から投げるのが一番遠くまで飛ぶから、です」
「……何で姉さんは落ち込んでいるの?」
「いや、まあ、その、些細な行き違いがあって」
それはともかく――
「もう一度、やって見せてくれる?」
「いいけど」
と、小首を傾げながら、アーニャさんは再び石飛ばしをやってくれた。
「そこ、ストップ、止まって!」
石を投げる瞬間、彼女はびくっとなって止まった。今まさに石を飛ばそうとした手首を掴む。
投げる瞬間、彼女の手首は、やや上向きになっていた。
「何で、こんなことしてんの?」
「いや、こっちの方が良く飛ばせるのよ。ほら」
と、彼女は下から投げる。勢いよく飛んでいった石は、ピョンピョン水面を跳ねていく。
「……」
俺は深呼吸して、石を拾う。左足を上げて、腰を捻り、体を沈みこませながら、左足を大きく踏み出す。ぶうんと腕をしならせる感覚で、手首を体の方に曲げて、スナップを利かせて、投げた。
びゅん、と飛んだ石は何度も水を切っていき、やがて沈んでいった。
出来た。
これだ。
このイメージだ。
そうか、そうか、そうか、分かったぞ!
急いで俺はお屋敷へと帰り、試しに投げてみた。
今までのストレートと違い、手首を体の方に傾けながら投げると、何故だかグン、と球が伸びるのだ。
これなら、いけるかもしれない。
「ありがとう! 姉さん!」
俺はアーニャさんの両手を握って、感謝した。
「ええと? どういたしまして?」
怪訝な顔をしているアーニャさんは、俺の感謝に対して小首を傾げながら応じてくれた。