第十四話
それから、俺たちはオペラを見に行き、その後は街をぶらぶらと散策、レストランで食事を楽しみ、そのついでにアーニャさんはお酒を飲んだ。
もう凄い飲みっぷりで、水みたいにぐびぐびと飲んでいく。
だというのに、酔っている様子が見られない。その間、上機嫌でセントサイモンの暮らしぶりを語っていた。
どうやら、彼女は上手く生活しているようだった。名門ベルモント家はもう彼女が背負って立つしかないのだから、これは朗報ではある。
「へー、凄いなあ、姉さんは」
適当な俺の相槌に、
「そう、凄いのよ、姉さんは!」
ケラケラ笑いながら、グラスを空けていくアーニャさん。
そんなに飲んで大丈夫なのか、と尋ねたが、「大丈夫、大丈夫」と取り合わない。
帰るという時になって、彼女の足腰は案の定、ふらふらとなっていた。
仕方なく、俺はアーニャさんを背負って歩くことになる。
「いやーごめんねえ、かずやー」
「いいよ、これくらい。つか、飲みすぎだよ」
辺りはすっかり夜のとばりが下りていて、虫の声や鳥の鳴き声がする。お屋敷へは、街の東西を走る川沿いを歩いていくのが近道だった。
川のせせらぎを耳にしながら、俺は歩いてく。背中に暖かな体温を感じながら。
「ねー、カズヤ。最近、どうなの?」
「なにが?」
「決まってるでしょ。野球のこと」
俺はちょっと迷って、正直に言った。
「芳しくはないね」
「駄目じゃない」
「駄目だよ、うん」
と俺が苦笑したら、彼女は耳を引っ張ってきた。
「いたたたた!」
「笑ってる場合じゃないでしょ!」
けらけらと笑うアーニャさん。酔っ払いめ……人の気も知らずに。
「でもね、大丈夫よ。カズヤなら」
耳から手を離して、彼女は耳元で囁いてきた。
「何を根拠に、言ってるんだ」
俺が反論すると、彼女は言った。
「だって、頑張ってるんだもの。良くやるわーって思うわ」
「……努力が、報われるとは限らないじゃないか」
現に、今、そういう状態だ。四年間の時間は無駄になった。
「全然、上手くいってないんだ?」
うん、と俺は答える。
「いいんじゃないの? 出来なかったら出来なかったで」
彼女はあっけらかんとした声で答えた。
「ええ……」
俺は困惑の声を上げる。
「だーかーら、初めから言ってるでしょ。カズヤは、あたしが面倒見てあげるって。出来なかったらそれでいいじゃん? 何か問題あるの?」
「いや、だってそれは姉さんに迷惑が」
「迷惑なんて誰が言ったの? てーいーうーかー、カズヤって、なんか考え方が後ろ向きだよね? 常にボーっとしてるのにさ、案外よね」
放っておいてほしい。
「あーそうか……そうか、あのこと、言っちゃえばいいんだ」
「……何?」
「……」
ん? なんか言葉が止まったけど……?
背中越しに彼女が震えているのが分かる。何だってんだ一体。
「ごめん……下ろして……限界を……迎えつつ……」
次の瞬間、俺の背中に、生暖かな感触がでろりと這いよった。