第十二話
それからあっという間に四年の月日がたった。リミットまであと一年、ということになる。
「え? この街を離れるのか?」
トレーニングを行っていると、友人のウェザーが俺に言って来た。
「ああ」
と、微笑みながら、ウェザー。相変わらずの良い人オーラを出している。
朝日を浴びるパーシモンの街。その石畳の道を、俺たちは駆けている。
彼とは、友人――というか、利害関係が一致した仲間といったほうが正しいかもしれない。
俺は彼に対して野球道具を貸出し、彼は練習相手と少年野球チームで習った練習方法や指導方法を俺に教えてくれたのだ。
また、一緒に練習する仲間と言う意味でも彼の存在は大きい。二人はいなければ、キャッチボールも出来ないのが野球だ。
本当は、他の人間も誘いたかったのだが、何故か断ってきた。
「そりゃ、ベルモントだからね」
「ああ、親父が、原因か……」
あの少年野球チームの入団テストの時のことが、皆トラウマになっているんだろう。それに、ボヌスさんのやっている商売は、やたら評判が悪い。
それよりも重要なのは、ウェザーが、この街を離れると言うのである。
「パーシモンズは、再び魔力主義が復権してきてね……僕ら一般庶民は、なかなか入りにくい現状になっているんだ」
「へー、そうなのか……勿体ないな」
魔力は筋力と違い、トレーニングが出来ない。初めからもって生まれた才能で、その総量や資質は決まる。
だから、魔力の高い人間でチームを構成するというのは、理屈の上では正しい。筋力や技術は、鍛えれる。単純な足し算だ――それが出来なかったから一般庶民から野球選手希望者を募っていたはずなのだけれども。
「シガー君のお父さんが、パーシモンズの実権を握っちゃってね。あの人、かなりの魔力主義者だから」
「へー……」
シガー君て誰だろう? 聞いたことがあるような、ないような……しかし、これは、困ったことになったなあ……
「それで、どこへ行くんだ?」
ウェザーは当てはあるのかと思い、尋ねてみた。
「ラフレッチェ。あそこは、一般庶民からの受け入れが多いからね。その分、競争が激しいけど」
ラフレッチェか……うーん。俺も、行きたいところだけど。
「……というか、カズヤ君。君はどうするんだい?」
「……どうしようか」
実際、これで、パーシモンズへ入ることは絶望的になった。
ついでに言うと、アンダースローの投げ方を、未だに体得できていない。
アンダースローは前世の少年時代、野球の動画を何気なく見ていた時に出会った。
体全体を使い、沈み込んでいく投球フォームから放たれる球。バッターは空振りし、ボールはキャッチャーのミットにズバンと収まった。
球速は130km/hも出ていなかった。だというのに、打者を三振に打ち取ったのである。しかも、オールスターでのことだ。
何でなのか、シニアリーグの監督に聞いたことがあった。
「まず、アンダースローは、オーバースローと違って、球筋が違うことが挙げられる」
オーバースローのストレートはリリースしてから徐々に下がっていく軌道に対し、アンダースローの軌
道は下から上。普段見慣れない軌道に、バッターは打ちづらく感じるのだという。
しかしそれだけで、本当に三振が取れるのかという疑問に、監督は呆れて言った。
「お前も、左投手は苦手じゃないか」
そういえばそうだった。
リリースポイントが違うだけで、結構、打ちづらい感じがある。
「要は目の錯覚を利用した投法だ。やってみればわかるが……球の下を振ってしまうんだ」
「じゃあ、俺もアンダースローに転向すれば……」
「そんな甘い話じゃない」
事実、現実のプロ野球の世界ではアンダースローの投手は数えるほどしかいない。
アンダースローの弱点は、球速が出ないこともそうだし、対左に弱いということも言える。更に落ちる球が性質上投げられない。
また、強烈なスピンがかけられているため、当たれば飛ぶことも挙げられるし、大きなテイクバックを取らざるを得ないためにクイックが苦手で、ランナーがいる場合盗塁され放題になる可能性もあると監督は言っていた。
「まあ、今のプロ野球にもアンダースローの投手がいるわけだし、全く通用しないわけではないのだろう。彼らは弱点を克服しているから、プロの舞台に立っているわけだし。資質次第、とは思うが、そもそもお前はまだ小学生なんだから、アンダースローは教えられん。というか、指導方法を知らん」
――以上が俺がアンダースローについて知っている大体のことだ。
つまり、下から投げること以外、ほとんどわからない。
それでも、下半身を鍛えることと、腹筋と背筋をみっちり鍛えた。確か、その点が重要だったような……そうでなかったような……
シニアリーグの監督に聞いたのが、もう二十年以上前になるのだ。どうしても、分からないことは分からない。
これでアンダースローを体得せねばならないのだ。どれだけ無謀な事をしているのか、自分で自分を笑ってしまう。
ただ、成長期のうちはアンダースローで投げてはいけないというのは覚えている。
だから、アンダースローの練習はこの半年前からようやく始めたのだ。
この世界の一年は十四か月三十日であり、今の俺の年齢は地球換算で言えば、十五歳くらい。アウトである。
だけど、甲子園でアンダースローで投げている投手がいたような気がしたので、ギリギリセーフ、にしておこう。というか、四の五の言ってられない。
「いや、でも、これ、打ちにくいよ、確かに」
前世での記憶を思い返しながら、見よう見まねでやってみたアンダースローに、ウェザーからはそう評価をしてもらった。
だけれども、あの動画の投手は、もっと直球にキレと言うか伸びがあった気がする……
投手はストレートが通用しなければ、どうにもならない。
これでプロに入れるかと言うと、まあ、無理だろうな……