第十一話
テスト入団が行われた夜。
俺は、ボヌスさんに呼ばれた。
まあ、当然だろう。
果たして、どうやって説得をしたらいいのだろうか……
「最初、どうしてウェインリッチの息子の球を打てたんだ?」
書斎に入ると、開口一番、ボヌスさんは尋ねてきた。
「ウェインリッチ? 誰です?」
「……一回表に、お前がホームランを打った投手だ」
ああ、あの子、ウェインリッチていうのか。
まあ、それはともかく。俺は、聞かれたことに答えた。
「バッティングというのは、色々な理論、フォームや考え方がありますけど、基本はタイミング。そして、芯でとらえれば、球は飛ぶんです」
変化球というのはそのタイミングをずらすための物であり、それが成功したからこそゴロで打ち取ったり、三振にできたりする。
160km/hのストレートというのは聞こえはいいけど、それだけしか放らないというのなら、ずいぶんと簡単な話になるのだ。
「まあ、それでも、一回表のは出来過ぎです。ホームランを打てたのは運ですよ」
「……そうか」
とボヌスさんは納得し、続いて尋ねる。
「では、何故、あの最後の少年の球は打てなかったんだ?」
「投手の投球には、魔法を使った球と、使わない球があるんです」
そう。
ごく普通に、この世界の投手は二つの球を織り交ぜてくる。
この世界の魔法の球は、いうなればピッチングマシーンだ。
例えば大きく外に曲がっていく球は、絶対にその変化は変わらないし、剛速球のストレートも、その速度は変わらない。通常の球とは違って、“固定”なのだ。
この魔法の球だけを使われるのなら、狙い球を絞れば、俺でもどうにか率は残せるように思う。ストライクゾーンはどうあっても変わらないのだから。ストライクを取りに来る球を基本狙えばいいのだ。
しかし、普通に投げてくる球も織り交ぜてくると言うのなら、話が違ってくる。
普通の投球は、生きているのだ。
その日によって、キレや伸び、速度、変化量が違ってくるし、状況によって、例えばランナーの有無などによっても変わってくる。
「しかも、魔法を使う時に生じる魔力光を、ブラフにしたりしますからね」
あのウェザーとかいう少年が、第一球に投じたのがそうだ。
反対に、魔力光を生じさせないのもある。第三球に投じたのがそうだ。
……これを見極めて打ち返すなんて、はっきり言って、無理ゲーに近い。むしろ、どうやって打っているのか、教えてほしいくらいだ。
「しかし、だからといって、不合格なのは、納得できないではないか」
「まあ、あの評価は妥当だと思います。俺が魔法を使えないことくらい、この街では有名ですから」
「あれだけ活躍しておいて、だ」
「いや、あそこに集められた少年たちは、殆どが未経験者ばかりですから」
野球の道具は、一般庶民が買えるような値段ではない。
そのため、少年野球チームの入団テストに集まってくるのは、殆どが未経験者なのだ。だって、野球の道具がないのだから、野球のしようがない。
彼ら相手に勝つのはむしろ当然。九年のブランクがあるとはいえ、十年間野球漬けの人間が、未経験者に負ける道理はない。
「彼らパーシモンズが欲しかったのは、戦力になる素材です。技術を教えて、伸びる子供が欲しかったのです。えっと、ウェインリッチ君でしたっけ? 彼が技術を磨けば、俺は打てないようになるはずです」
最も、意外に俺が大健闘したので、ああいう落とし方をしたわけだが。
まあ、結局、打てなかったので、あの試験官たちの目は確かだったということになる。
「では、お前が野球選手になるのは、絶望的だと言っていいのか?」
「そりゃ、まあ――」
どんなに技術があろうとも、魔法を使えない俺が野球選手になろうだなんて、無謀も良いところである。
「けど、一つだけ、一応、当てがあるにはあります」
「それは、何だ?」
食い気味にボヌスさんは尋ねた。
「要するに、戦力になりさえすれば、野球選手になれるわけです。ただ、俺の場合、どの守備も守れないし、バッティングも残念。となれば、投手を目指すしかありません」
「だが、落とされた」
「ええ。今の投げ方では、通用しないと思われたのです」
変化量の少ないカーブとスライダーでどうにか今日は抑えられただけだ。というか、まあ、相手は野球経験のない子供なので、抑えなきゃおかしいのだ。
俺がこの世界で通用する投手になるには、160km/h以上の球をなげれるか、150㎞/hの球速でストライクゾーンの四隅に投げ分けられるようなコントロールをもっているか、誰にも打てないようなウイニングショットを持つか。この世界の打者と渡り合うには、ようやくそれが最低限となるだろう。
通常のやり方ならば。
俺がこれから提案するのは、通常ではないやり方だった。
前世の少年時代に見た、あの投法。
緩い速度でも、バッターを幻惑させて三振を取れる、通称サブマリン。
「アンダースローを身に着けられれば、どうにかなるかもしれません」
じっとボヌスさんは俺の目を見る。品定めをしているみたいに。
「正直、今日は驚いた。お前は、私の知らないところで、訓練を積んでいたのだ」
「まあ、はい」
本当は、十年間の野球経験の蓄積があったわけだけども。言っても信じないし。そういうことにしておこう。
「そのお前が、そうまで言うのだ。アンダースローなるものを身に着ければ、間違いなく、プロ野球選手になれるのだろうな」
「そうと決まったわけでは」
「できるのだろうな?」
ぎろり、と鋭い眼光。
「はい」
こんなの、即答するしかないじゃないか。
「ただし、成人を迎える五年以内だ。それまでにプロ野球選手になっていなければ、諦めろ」
「はあ……」
何だかボヌスさんのことが分からないな。
野球選手を諦めさせたいのなら、今日、入団できなかったのだから、もう辞めさせることは出来たはずだ。
だというのに、無駄に延命させるようなことをする。俺は、ここに入るまで、どうやって説得しようか悩ませたというのに。
まあ、いいや。目的は達せられたのだから。
そんな疑問を挟みながらも、俺は書斎を出た。
「……野球、か」
ボヌスは息子が部屋を出た時に、ため息を吐き出した。
正直、全く興味もなかったし、ルールもそれほど分かっていない。
だけども――アリーシャは喜んでいた。息子の一挙手一投足を見てはしゃいでいたのだ。
こんなことは、初めてだ。
アリーシャは今まで自身を責めている。息子が魔力が無いのを、自分のせいだと思い込んでいる。
もし、今日でカズヤを辞めさせていたら、再び彼女は落ち込むだろう。魔法が使えないから、カズヤは入団を認められなかったのだから。
しかし、絶望とは希望を追い求めるからこそ存在する。
より深い絶望とならないことを、ボヌスは祈るしかなかった。