01. 俺の彼女
俺の彼女は現実主義で、その時その時で判断をくだす女である。
煩わしくないからメールにも返信する。困らないから登下校も共にする。
不快じゃないからデートもするし、手間じゃないから弁当も作る。
拒む気が起こらないから身体に触れるのも許すし、会わない理由がないから次の約束もする。
そういうの全ての行動原理である感情、贔屓にした理由——その名前を導き出さなかったのは、必要に迫られていなかったからだろう。
その点に関してだけは、俺も少しは悪かったなと思う。
あれだけ一緒に過ごしておきながら、一度も好きだとか特別だとかっていう……愛だの恋だののテーマを自分に当てはめて話したことがなかったから。
当時、散々観察していた彼女だったので、聞かなくても解っているつもりだったし、自分のことも改めて言わなくても伝わっているものと思っていた。
しかし彼女は全くと言っていいほど認知していなかったわけで。
その事実はショックだったけど、今はもうその感情に名付けが済んでて、キチンと認識してくれてるので安心して過ごすことができる——
「お、きたきた……」
HR中な教室の片隅で、こっそり読んだメールに思わずニヤつきながら手早く返信していると、親しくなったクラスメイトの数人にからかわれた。
放課後のクラス親睦会を丁重にお断り申し上げ、向かうのは彼女の待つ校門前だ。
今までは学年は違っても同じ学校内ということで、会う機会は作ろうとすればどうにでもなった。部活も同じだったしな。
だけど、今年からは別々の学校で、一日のほとんどの時間を別々に過ごす。もしかしたら来年以降もずっとそうかもしれない。
淋しくないと言ったら嘘になる。けど、理解できないことも多いけど、ある意味とても実直な彼女なので、浮気とか心変わりとかそういう心配はする必要がなさそうなのが救いだ。
晴れ渡る空の下、桜吹雪の舞う中で……中学時代に見慣れた制服姿の君——日傘を差して佇んでいる――を、遠巻きに見つめる高校生たち。
(おいおいおいおい、目立ちすぎ……)
正門前なんて人目のつくところで待ち合わせるんじゃなかった……いつの間に日傘なんか差すようになったんだか。かなり浮いている——
これはもう、早々に校舎周辺をリサーチして、人目につきにくいけど安全に落ち合える場所を探さなくては。
俺がそんな思案をしているとも知らずに、こちらを振り向いた七瀬がパッと目元を綻ばせて、花が咲いたような——比喩ではなく、本当に春そのもののような——笑顔を見せつける。
その笑顔を見た瞬間、やっぱこの場所もイイかも……と珍しく見せびらかしたい衝動に駆られた俺だった。
「どうもお待たせ」
「……ぷっ」
「えっ、なに!?」
「制服だぼだぼ……」
「これは今後の成長に備えてだな……」
「まだ伸びる見込みあるんだ?」
「当ったり前だろーが!高校の三年間であと10cmはいけるねっ」
「希望的観測……」
「……ほっとけ」
「個人的には今の高さがちょうど良いと思うけど。目線が同じだとなにかと便利だし」
「でも普通、高い方が便利なんじゃん?」
「高すぎても不便なだけ。大事なのはバランスだよ」
「まぁ、本当に高すぎるとそうかもだけど。175くらいはあっても困らないよ」
「……とりあえずそのズボンはもうちょっと裾上げした方が良いと思う。不格好だし、踏んづけて転びそう」
「じゃあ、七瀬がやってよ。俺、縫い物とか苦手……」
「お母さんにやってもらえば?」
「うちの母親がそんなことするわけないだろー。っつーかやってくれるような母親なら普通、入学式までにやるだろ」
「私がやってあげたとして、その対価は?」
「彼氏に対価 求めんなよ」
「恋愛はボランティアではありません」
「似たようなもんだろー! 無償の愛だよ、愛!」
「そういうこと叫ばないでくれます?恥ずかしい人ですね……」
「なにその冷たい目……もうちょっと優しい目をしてあげて。傷ついちゃうよ?俺……」
ぐすん、と泣きまねをしていると、クラスメイトの数人が通りかかった。
(……やべっ)
「あれ、速水まだいたのかー?」
「校門前でイチャついてんなよ。早く帰れよ彼女持ち」
「うおー、彼女スゲー可愛いじゃん。しかも日傘さしてるし!!ってかその制服、なに高の?」
「あー、うん。これは中学。の、後輩なんだ」
「マジか。さては俺らがあらゆる誘惑を断ちながら必死こいて勉強してた時に推薦組のお前はこーんな可愛い彼女と遊びまくってたわけだな?!こんっの悪徳リア充めが!」
「いや、俺だって普通に勉強してたし……」
「そうですね、先輩は受験生らしからぬ受験生でしたよね。私はそこまでの余裕はないので普通に忙しいです……という訳で早く帰りますよ、先輩」
「ははっ、もう尻に敷かれてやんの」
「彼女さんクールだね〜」
慌てて否定したものの、一向に冷やかしは収まらない。
きっと明日にはクラス中の男子にネタにされ、からかわれるのだろうなと考えて、じりじりする。
でも七瀬が自分の妻になる妄想を一瞬してかなり萌えたら、なんかもう他のことはどうでもいいというか……いつの間にか嘲弄さえ気にならないくなっていた。
リア充で結構。
尻に敷かれる未来が訪れるなら万々歳——ですが。それが何か?