00. 彼女の彼女たる認識
「っていうか、そもそも私達って付き合ってるの?」
通常授業もほとんど終わり、短縮された時間割が組まれるようになって久しいこの頃——卒業式を来週に控えた登校日の帰り道で、久々に彼女と下校を共にしたことで、俺は少々浮かれていた。
内申に影響する試験も役割も全て終わって、完全に受験から解放された晴れやかな身で過ごす初めての連休だ、期待するなと言う方が無茶だろう。
だから彼女に春休みの予定を尋ねて、どうしてそんなことを聞くのかと不思議そうに言い返す彼女に、愚問とばかりに彼女の都合に合わせるのは当たり前のこと(宿題の無い俺の方が自由度が高くて合わせやすい)じゃないかと切り返した。
そうして投げ返された直球が上の疑問文である。
俺はあまりの衝撃に目眩を覚えた——こういう時って本当に酸素不足でクラクラすることを実地で学んだ——
(え、俺たちって付き合ってなかったの? ひょっとして俺の勘違い? まさかの夢オチ? 思い込み? いやいやいやいや……!!)
揺れに揺れてブレまくる視界を眉間を押しながら堪え、辛うじて正気を取り戻しつつある頭を駆使して反撃する。
「え、なに、キミは好きでもない男と毎日メールしたり電話したり一緒に登下校したりするの?
昼休みに会いに来たり弁当作ったりするわけ? というか、彼氏でもない男と休みの度に一緒に勉強したり買い物したり遊びに出掛けたりするのってデートと違うの?……というか好きでもない男の部屋に上がってキスとかしちゃってたわけ?!
ってゆーか!まさか他にもそういう付き合いをしている男がいるわけ?!?!」
そんなわけないよね、違うよね。つまり俺たちって付き合ってるんじゃないの?君は俺の彼女でしょ。そうでしょう?!
——という気持ちをがっつり込めて、ぐらぐらと彼女の肩を揺さぶった。
「はぁ、まぁ……そういうことなら……」
若干うっとしそうに彼女が呟く。
「え……な、なに?」
(え、まさか別れるとか? というか付き合ってないとか他に男がいるとか言っちゃう系? まさかの失恋? 卒業と同時に失恋するフラグですかこれ?!)
「それならそれで構わないです。今後ともお付き合いの程よろしくお願いいたします」
「…………」
(なぜだろう……「お付き合い」という言葉が「お友だち」的な意味に聞こえたんだけど、気のせいかな。気のせいだよな……でも確かめたいような確かめたくないような……)
「……あの。七瀬さん」
「はい、なんでしょう」
「一度、聞いてみたかったんですが……」
「はい」
「俺のこと好きですか?」
「好きですよ?」
(……か、軽い)
「本当に?」
「私、こんなことで嘘をつきません」
「いや、でも勘違い……とか。ってことはない? ラブ的な意味で俺のこと好き?」
「LOVEかどうか定かではありませんが、速水先輩のことは好きですよ」
「…………それって、やっぱり俺のこと好きじゃないんじゃ——だって、さっきまで彼氏だと思ってなかったんだろ? つまり俺のことも弄んでただけだったんだろ……マジで引くわー……」
(まじですか……マジなんですか……本当にさぁ、ちょっ、と、もう、え? なにこの展開……泣きそうなんだけど……)
「弄ぶって何ですか、失礼ですね。私は速水先輩に対してはいつも本心で接してますが? 遊ぶ時だって真剣に遊んでました、そうは見えなかったかもしれませんが——それと、先程から速水先輩を彼氏と認識してますが、先輩がそう言ったのにもう引くって……つまり解消ですよね?早くないですか?」
「〜〜〜〜っ……!」
「……あの、大丈夫? どこか痛いの?」
驚愕と、安心と、脱力と……
嬉しいやら悲しいやらでワケが分からなくなった俺は、まさに「ご乱心」という感じで……どうやら胸が詰まってしまったらしい。苦しくて言葉が出てこない。
仕方が無いから、とりあえず七瀬を雁字搦めに抱きしめた——
七瀬は何も言わずにもぞもぞと身じろいで、控えめに抱きしめ返してくれようとして——と見せかけて脇腹に一発ぶち込まれた。痛かった。
おかげで腕の囲いが揺るんで七瀬は自由を得る。抜け出たついでに怒りも収まった……ようだけどーー
「あのさぁ、俺のこと好き?」
「さっきも言いましたが、好きですが。それが何か?」
「今更だけど、なんで敬語?」
「自分だってさっきまで敬語だったくせに。訳わかんない」
さっきから何がしたいのかサッパリ分からない、と彼女は言う。
正直、彼女にだけは言われたくないなと思ったけど……それは伝えないでおく。
さっきと同じ「好き」の一言が、今は全く別の意味合いに聞こえてくる。
だから、男は単純な生き物だ——と言われるのか。うん、当たってるじゃないか。
とにかく胸がくすぐったくて……なんかようやく両思いになれたみたいな——実際その通りなのかもしれないが——そんな心地だ。
改めて俺は交際相手たる彼女に春休みの予定を尋ねた——たまには何処か遠出しないかとデートのお誘いもしっかりと付け加えた——中学最後の遠回りした帰り道でのことだった。