第3話〜エネミー〜
翌日。
「そういやぁ宗一に修吾」
「ん? どうした笹塚」
学校の昼休み。
俺と修吾、それに同じクラスの笹塚と西園寺の4人が弁当を広げると同時に、最初に口を開いたのは笹塚だった。
「どうしたじゃねぇよ。お前等、昨日のことで何か身に覚えはないのか?」
俺にDVDを貸してくれた笹塚が胸に手を当ててみろと言わんばかりの威勢のよさでまくしたてる。
「? 何かあったっけ?」
修吾は首を傾げたが、コイツの性格を考えると俺にはなんとなく予測がついた。
これでも自分がもてているという自覚の無いような修吾と違い、俺はそれなりに察しのつくほうだ。さらに俺は笹塚、西園寺共に修吾以上に詳しい自信がある。
「昨日、取材にきたのが誰かってことだろ?」
「やっぱ身に覚えがあったか。女だというのはもう調べた。で、どうだった?」
「ルックスか?」
「聞きなおすまでもねぇだろ」
そう、まず笹塚は女好きだ。しかも基本的に顔とスタイルで選ぶ。
自分のルックスは並なのに高望みしすぎである。
「そうだな」
おそらくコイツの調べたと断言する女とは八雲さんのことだろう。
しかし、俺は学生ということで、椎名のほうを思い浮かべる。
「お前が喜びそうな顔ではあったな」
ロリコンだから。
「な、修吾」
「よく分からないけど、宗一がそう言うならそうなんじゃないかな」
「ま、マジで!? 紹介してくれよ!」
「出来るかよ」
「そこをなんとか!」
「笹塚、今のお前、大分気持ち悪いな」
「う、うるせぇ西園寺!」
「逆ギレかい。情けないなお前」
逆に修吾、西園寺は女にそこまで興味を示さない。
修吾は女子と話すぐらいは普通にするが、西園寺は毛嫌いしているところがある。昔酷い振られかたをしたからだろう。俺もその現場にいたが、あれはひどかった。
「いいかい? お前はどうやら世間一般に見て可愛いと呼ばれる人間と付き合いたいと思っているらしいが、よく考えろ? 所詮学生の恋愛など妄想だ。本分は勉強にある。俺はお前を哀れに思うな。そんなことにいつまでも気づかずに告白しては振られていくんだから。そんなだと、将来成功しても女に貢がされて終わるぞ」
そして西園寺は妙に饒舌で冷めている。
眼鏡を押し上げながら語る西園寺は理論家というか現実的というか。まぁ、そんな感じだ。
「お前、ンなこと言ってたら生涯一人身になるぞ」
「笹塚に言われたくはないな」
「告白する勇気のない人間よりマシだ」
「甘いな。俺は結婚などという人生の墓場の代名詞に自ら浸かろうとは思っていない。一人暮らしの何が悪い? 近年賢い奴はそう考えるから一人世帯が日本で増えているのだ」
「……もういい」
「わかればいいのだ」
結局、いつも西園寺が馬鹿の笹塚に意図的に詭弁を語り、笹塚が言い返せなくなってこの戦いは終わる。
ある意味熱血漢と女嫌いのリアリスト。この2人、俺は水と油ぐらいに合わないのになんで一緒にいるんだろうな? 分からない。
まぁ、2年間こうで大きな喧嘩もほとんど起きないのだ。口じゃあこうでも、仲がいいのはお互い無いものを持ってるからかもしれない。
そんなことを考えて、1人納得する。
と、そのときだった。
お互いの見合わせた顔が何かに反応して驚きの表情を露にする。
俺と修吾の携帯が同時にバイブル機能により震えたのだ。
同時、とくれば送信元は学校外なら友人の可能性が高いが、学校にいる時間帯だと大抵が組織がらみの人間だ。それも、普段組織は携帯にメールなど送らない。基本的に幽霊駆除は個々が勝手にやるものだからだ。まぁもちろんサボっていればメールや電話はすると思うが、そんな奴の噂は今まで耳にしたことがない。だから、組織がメールをするというのはかなりレアケース。早い話がイコール緊急事態だ。
「ん? メールか?」
「うん、ちょっとね」
修吾が断りを入れ携帯をポケットから取り出し、周りに見られないよう注意しつつメールを開く。
もちろん俺もすぐに黒い携帯をポケットからだし、メールを開いた。
そして驚愕する。
「…………マジかよ」
自然と口からそんな言葉が漏れた。
あり得ないような内容が携帯の画面に刻まれていた。
それは修吾も一緒だったのだろう。口をポカンと開けて絶句している。
だが、俺も修吾も次に取るべき行動はその数秒後にすぐに決めた。
「悪い、笹塚に西園寺。俺、学校抜けるわ」
「僕もそうさせてもらう」
「へぇ。2人が早引けするとは珍しいな。何が書いてあったんだ?」
「ちょっと知り合いが病院に運ばれたみたいでな」
荷物を鞄に詰めながら口にした台詞は嘘ではない。本当に知り合いが病院に運ばれたのだ。
「じゃあ笹塚、西園寺。後任せるから」
「あ、あぁ。担任には適当に言っておく」
「助かる」
俺はそう礼をし鞄を背負い、教室を後にしようと駆け出す。
「じゃあね」
そんな容姿を見つつ、笹塚はわざと俺たちに聞こえるように愚痴をこぼす。
「ったく、その様子じゃあ、お前等今日も夜は忙しいのかよ。今日の合コンは2人も誘おうと思っていたのによ。こうなりゃ西園寺でもいいや」
「誰がいくか。俺は今日家族で花火をやるらしいんでね。それに付き合わなきゃならないんだ」
「マザコンが」
「弟のためだ。大体お前はロリコンだろう」
「ぐっ」
修吾もほぼ同時に、突き刺さるクラスメイトの視線を受けながら――約2名除く――教室を抜け出し、俺を追った。
「おいおい、修吾。あの人が病院送りって、一体どういうことだ?」
玄関で靴を履き替えているところへ修吾が俺に追いつく。答えなんかでないと分かりつつ聞いてしまう自分に少し呆れた。
「そういえば昨日あの人、隣の市で『滅し屋が幽霊に殺された』とか僕たちに教えてくれてたよね」
「そういやそうだったな。くそ、ロッカーから人が降ってきたせいでそんな異常事態のこと、すっかり忘れてた」
昨日の自分が情けなく感じられたが、今更嘆いても仕方がない。とにかく今は病院に行くしかない。
俺は玄関を出て学校の裏手に回る。この学校の裏手には自転車置き場があり、裏門から敷地外に出ることが出来るようになっているのだ。
しかし、俺は学校に自転車で通ってなどいない。俺は自転車置き場のさらに奥へと走り、よく似た形の別の物の置き場へと向かう。
フリーダムな学校で助かった。
俺は自分の原付バイクにまたがる。
「修吾、乗れ」
「ありがと」
俺が言うより早く、修吾が俺の後ろの開いたスペースに自分の体を入れる。
それを腰にまわしてきた手の感触で感じ取り、俺は原チャリを急発進させた。すぐに学校が見えなくなる。
バイクは大通りへと繰り出し、原チャリの法定速度いっぱい、時速30キロ前後のスピードで進む。こんなときまで交通ルールを守る自分はちょっと偉いと思う。
そう、『こんなときまで』と言っても申し分ない内容のメールだった。メールには八雲さんが今日の朝この市で1番大きい病院に運ばれたことが載っていたのだ。1時ごろまで八雲さんの病院からもっとも近い俺たちへの連絡がなかったところを見ると、組織のほうでも確認が遅れたらしい。
ただ、こうしてバイクに乗っている今でも信じられなかった。あの人は普段こそ少しふざけた感じだが、組織の中でも指折りの力を持つ実力者だ。だからこそ俺たちの上司という立場にいるのだし、常に東京の組織のほうにいる。
八雲さんの仕事は俺たちと同じ滅し屋だが、俺とはまったくの別格だ。滅多にないことで1度しか聞いたことがなかったからすっかり忘れていたが、あの人は大火事やテロなどで多数の幽霊が現れた場合にのみその現場に行き幽霊を滅ぼす、非常勤の滅し屋だった。それも、あの人の手際の良さと実力がいいからそんな特殊な役割であることは言うまでもない。
そういえば、そういう大規模な事件以外。例えば滅し屋を返り討ちにするほどの強力な幽霊が出た場合にも仕事があるってしゃべってた気がする。
くそっ、ここ最近そんな大事件なんてなかったから、あの人がそんな用事でこっちに来ているなんて思ってもいなかった。
メールには、八雲さんの生死については触れられていなかった。つまり組織のほうでもそこまで調べられなかったってことだ。だから俺たちに学校があるにも関わらず病院に向かわせた。
「無事でいてくれよ」
自然と口から無事を祈る言葉がこぼれる。
早く病院について欲しい。
そんな願いが叶ったのか、気がつくとすでに病院が見え始めていた。
桜花中央病院。外科、内科共にこの桜花市でもっとも大きい病院だ。八雲さんは今朝、ここに運ばれたらしい。
俺は駐車場に原チャリを止め、修吾と一緒に表玄関から病院へと入る。
受付には数名の看護士がいた。息つくまもなく看護士に向かって俺は八雲さんの所在をまくしたてる。
しかし、そんな慌てる俺をよそに、看護士の人は冷静だ。
「今朝入院されました八雲雲雀さんですね。え〜っと、803号室です。8階ですよ」
その言葉を聞き俺は素直に安堵し、息を吐いた。安心したのだ。どうやら命に別状はなさそうだし、面会も出来るようだ。
「ありがとうございました。行こう宗一」
「あぁ」
修吾に短く返事をする。
そこへちょうどエレベーターが降りてきたので、俺たちはそれに乗り込んだ。
大きな病院だけあり、立派なエレベーターだ。
「ねぇ。八雲さんがやられるほど強い幽霊って、どんなだと思う?」
エレベーターが上へと向かう短い時間の中、修吾が俺に意見を求めてきた。
「ちょっと考えられないな」
率直に思ったことを口にし、後を続ける。
「あの人の実力は折り紙付だし、幽霊に対しては情けもかけない。お前も分かってるだろ?」
「そりゃあね。でも、事実殺されないまでも病院にいるんだから、存在する」
しかし修吾の言うことも至極まともだった。当たり前だ。実際に八雲さんはどんな理由があったにせよ返り討ちにされてここにいるのだ。
「まぁな。でも、ここで俺たちが議論しても仕方がないだろ。八雲さん面会できるみたいだし、直接会って聞いてみようぜ」
「そうだね。あ、着いたみたいだよ」
俺と修吾は八雲さんが入院している8階で降りて、小走りで803号室へと向かう。
幾度か人とすれ違い、その人たちは俺たちの制服姿を見て隣人と何事か囁いていたが、特に何も話しかけてはこなかった。
エレベーターから少し離れたところにその病室はあった。ドアの右上に張られているプレートには『八雲雲雀』と記述されている。
「ふぅ」
俺はドアを開ける前に1度深呼吸をする。
特に深い意味はないのだが、なんとなく人の病室に入るときは緊張するものだ。
「失礼します」
ひっかくような音を立てドアが開かれる。
俺たちは吸い込まれるようにその中へと入った。
その部屋は病院というイメージを損なわず病室は白で統一されており、清純な雰囲気を醸し出していた。
誰が用意したのかベッドの横の机には花瓶が置いてあり、鳳仙花が1輪病人を元気付けるように力強く咲いている。
1人部屋らしく、ドアから最も離れた窓際にぽつんとベッドがおいてあった。
「八雲さん……」
そこに彼女はいた。
「あら宗ちゃんに修ちゃん。どうしたの?」
何故かこちらの気も知らずに大量の漫画をベッドの脇に置きながら。
もちろん本人はうち1冊を開きながら手に持っている。
「どうしたのじゃないですよ。これ何ですか?」
「面白いわよ、この漫画。あんたたちも読む?」
「そうじゃなくて! えっと、僕たち組織のほうから八雲さんが病院に運ばれたって聞いてここにきたんですけど……」
「それはご苦労様」
「なんか、普通に元気ですね」
俺の棒読みの言葉に八雲さんは笑い出す。
「ハハ、まぁね。ちょ〜っと腕にやけどしただけだから」
「や、やけど?」
「まさか八雲さん、後残ったりしませんよね!?」
八雲さんの台詞に驚いたのか、修吾は声を大きくする。
八雲さんはモデル並のプロポーションを持っている。それに肌も常人より白くて綺麗だ。
俺も修吾も八雲さんには恋愛感情とまではいかないが、少なからず好意は抱いている。
そんな人をやけどの痕なんかで将来を台無しにして欲しくはない。
だが、そんな俺たちの不安を溶かすようにまた八雲さんは声高に笑い出す。
「アッハハハ! 大丈夫大丈夫。確かに少し後は残るけど、そんなに大きなものじゃないし。それにいざとなったら責任は取ってもらうし」
「誰にです?」
「宗ちゃん」
「え!? い、いやまぁ俺は別に八雲さんなら……って、何で俺なんですか!」
「冗談だって。ま、宗ちゃんがこんなおばさんが好きならそれでもいいけど?」
「……遠慮しときます。散々にからかわれそうですから」
一瞬『いいかも』と思った俺って一体……。
「じゃあ私は修ちゃんでもいいよ?」
「僕も辞退します。きっと八雲さんは僕なんかよりいい人が見つかりますからね」
「口がうまいなぁ修ちゃんは。宗ちゃんとは大違い」
「余計なお世話です」
修吾にとってこの手の話題は日常茶飯事だ。
本人に自覚があるのかは知らないが、口が上手いのも当然だろう。
俺が苦笑いしながらそう返すと、八雲さんは持っていた漫画をベッドの脇にある机に置いた。
そして急にさっきまで冗談を言っていたのが嘘のように神妙な顔を表に出す。
「でも、ありがとね。今日学校あったんでしょ? わざわざ抜け出してまでお見舞いに来てくれて」
「まぁ、上司の心配をするのも仕事のうちですからね。それより、何があったんですか?」
俺もそれに呼応するように気になっていた本題を切り出す。
修吾もさっきまで弛緩していた顔を真剣な顔つきに変えた。
八雲さんは1つ小さく息を吐く。
「ちょっとミスっちゃってね」
そう前置きしてから、八雲さんはゆっくりしゃべりだす。
「私が隣の市の滅し屋を殺した幽霊を始末しに行ったのは知ってるよね? それでさ、私は夜に家をでたの。そして、幽霊の撒き散らす霊力をたどって私は問題の幽霊を発見した」
霊力とは、幽霊や俺たちのような視える人が持っているものだ。幽霊はその存在を認識していないようだが、俺たちはそれを利用して幽霊の場所を探し当てたりする。
八雲さんは俺たちに向けていた視線を下に降ろす。
「あんたたちが会ったことないと思うけど、その幽霊、もう”自分を殺した人を殺した幽霊”だった」
……会ったことはない。ただ、滅し屋の間で噂になっているぐらいには聞いたことがあった。
幽霊は自分を殺した人を殺すためにこの世に残り、その目的を達するまで無差別に人を殺す。
では、仮に自分を殺した人を幽霊が殺した場合、その幽霊はあの世へ行くのか?
答えはノーだ。この世に生き続ける。
それも少しばかりではなく性質が悪くなる。
まず、幽霊が自我を持ち始める。生前のような性格ではない。殺しに快楽を覚え、イカれた性格を作る。
次に、知能レベルが発達する。普通の幽霊は片言でしゃべれるかどうかだが、そいつらは自分の年齢相応の知能を取り戻す。原因ははっきりしていないが、組織の研究員の間では『幽霊が目的を果たすことにより脳が安定し、記憶を取り戻す』という見解が強い。
そして3番目の最後。コレが1番厄介なのだが、肉体が少しこの世のモノに近づく。霊感のまったくない人間にまで視えることはないのだが、少しでもあると視えるようになり、また視える人間は標的にされる。さらに、己の意思でこの世の物に触れるようにもなる。普通の幽霊でも一応命のないものには触れると言えば触れる。だが、自分からは決して触らない。それに対し、知能レベルの発達によりそういった幽霊は自分の意思でこの世の物を触ってくるのだ。
それはつまり、自分を殺した武器以外のナイフや金属バッド等はもちろんのこと、まずありえないが下手をすればマシンガンだって使用できるようになることを意味する。
だが、そんな幽霊は過去に指の数を超えるほどもいなかった。大抵が1日経たずに滅し屋に消されるからだ。
それに、そういった厄介な幽霊がでてきても、八雲さんが負けるとは思えなかった。確かに頭はよくなるし、力も上がり確実に強くなりはするのだが、八雲さんはそれを凌駕するエリートだ。俺たちならいざ知らず、八雲さんならてこずりはするかもしれないが負けるとは考えられない。
そう思った。が、黙って八雲さんの話を聞くうちに理由が分かった。
「昨日あんたたちに会った後にちょっと調べたんだけどね。交通事故だったんだ。運転手は事故った後自分だけ車からすぐに逃げたから生きていたんだけど、轢かれた2人の人間はどちらも死亡。そいつは車の炎上による焼死が直接の死因らしくてね。ほら、そういうタイプって厄介でしょ? 直接の死因が炎に焼かれてだから、武器は使わないけど手から炎を出してくる。でも、私は油断さえしなければ勝てると思ってたし、多少てこずったけど実際に追い詰めた。でも、そこで予想外のことがあったの」
「予想外のこと?」
「久々の仕事でさ。相手の強さも未知数だしで少しテンパッてたんだと思う。実はそのとき、真帆が私の後をつけてたの」
「し、椎名が!?」
「そ。私の実家って代々神社でさ。生まれつき霊感が強かったの。真帆はまだ弱いほうで私みたいに視える触れるってことはなかったんだけど、それでも復讐を終えて人間に近づいた幽霊の姿は見えた。幽霊は私より先にその姿を見つけて、私に消される寸前に物陰にいた真帆を狙ったの。多分顔が似ていたから親類だろうって分かったんだと思う。で、私は真帆をかばって右手にやけどを負って、その隙に逃げられたってわけ」
……後半部分は少し明るい口調に戻った八雲さんが事のあらましを話し終える。
「? だんまり決め込んでどうしたの?」
だが、俺と修吾はしばらく押し黙ったままだった。
知っていたからだ。椎名が、八雲さんの職業に興味を抱いていたことを。
あいつは言っていた。
『だってお姉ちゃん、何度聞いても自分の仕事のこと何にも教えてくれないんですから。それで、今日こそは! って思ったんですけど……』
『今日こそは』なんて言ってるってことは、過去に何度か似たようなことをやってたってことだ。俺たちは気づこうと思えば気づけた。
でも気づけずに、おめおめと八雲さんの後をつけさせ、あろうことか八雲さんに怪我をさせる事態になってしまった。
椎名は悪くない。確かに尾行は褒められた行為じゃないが、教えてくれない八雲さんの職業に興味を持つことは悪いことじゃあない。
悪いのは俺たちだ。気づけなかった。椎名がそこまで強くそれを知りたがっていることに。
昨日の部室で、八雲さんが少し厄介な幽霊と戦うことは知っていた。それに椎名がそういう感情を持っていたことも分かっていた。
でもどちらも気づけず、こんな結果を招いた。
俺たちは2つ、大きな失敗を犯していた。
きっと今頃、椎名は自責の念にとらわれている。自分が悪いと思い込んでいる。
八雲さんも口じゃあ明るい風を装ってるが、従姉妹にそう思わせてしまったことに実際は心を痛めているだろう。
俺にも同じような経験があった。なのに。
なんで、俺は気づけなかった?
「八雲さん。真帆ちゃんって、今どこにいるんですか?」
そんないまだ黙りこくってる俺よりさきに、修吾が問う。
「さっきまでここにいた。ここまできたら隠し通せないなって思って私、真帆に全部教えたんだけどさ。それ聞いた後真帆どこかにいっちゃったんだよね。でも、まだ病院内にはいると思う」
「ありがとうございます。じゃあ八雲さん、お大事に」
修吾が俺の手を軽く引く。
「あ、あぁ。じゃあ失礼します八雲さん」
俺たちは八雲さんから視線をはずし、背後にある病室のドアを開ける。
「多分2、3日中には退院できるから、組織にはそう連絡しておいて」
「分かりました」
修吾がそれだけ言って病室の扉を閉め、面会は終わった。
「椎名に会うのか?」
そして、俺は次は目線を修吾に合わせる。
「うん、そのつもりだよ。きっとさ、真帆ちゃんは八雲さんの怪我は自分が悪いって思い込んでると思うからね」
自分でも想像がついていたことだが、その台詞を人の口から耳にして俺は1年前を思い出す。
すべて自分が悪いと、思い込むこと。
俺もあの言葉を思い出すまで、そうなったことがある。だからこそ俺は椎名の気持ちがなんとなく分かる。
「修吾、俺も経験があるから分かる。そう思い込んじまったら、人はとことん落ちるところまで落ちるぞ? 人の言葉に耳なんて貸さない。最後まで自分が悪いと、自分を貶めるぞ?」
「じゃあ宗一は、今もあのことは自分が悪いと思ってる?」
「! それは――」
否定しようとしたところに、さらに修吾がそれを許さず続ける。
「宗一が違うんなら、今宗一が言ったことは間違いだよ。真帆ちゃんだって例外じゃないよ。だから、真帆ちゃんを僕は探す」
言い切って、優しく笑いかける。
「……そうだな」
まったく、コイツには頭が上がらないな。無駄に口がうまい。顔がいいのに加え口も上手いからあんなにもてるのだろうか。
ハァ。と、ため息を1つつく。
じゃあ椎名はこいつに任せて、俺は組織に連絡でもして待ってるかな。
「修吾」
階段に向かおうとしていた修吾を呼び止める。
「なに?」
「椎名を口説くの、任せるぞ」
「怒るよ?」
「冗談だっての」
「勘弁してよね」
俺たちはお互いに軽く笑いながら、その場を後にした。
楽しんでいただけたのなら幸いです
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