第2話〜滅し屋〜
突然だが、この世に幽霊は実在する。
たが、世間一般で言われているような人を呪ったり、ましてや未練が残っていたからとか言って家族の前に現れて感動の再開をするような幽霊などは存在しない。
この世の幽霊とは、”復讐心”。つまり人を恨むような気持ちがあってこの現世に残るらしい。
もちろん普通の人間は死んだらとっとと上にいく。死んだことがないからよく分からないが、多分そうだ。少なくとも、復讐心を持たず、または少ししか抱いていなかったらこの世ならざるところには行くようだ。
では、どんな人間が幽霊になるのか?
殺された人間だ。
人は殺されるとき、強い復讐心を心に秘めたまま死んでいく。それは、非常に大きなドス黒い心だ。
その黒い心を持つと、人は死して幽霊になる。強い復讐の心に身を苛まれた殺人鬼へと、その心を変える。
そして、復讐する相手を見つけるまで人を無差別に殺し続ける。
幽霊は、一応人の姿をしている。漫画みたいに、人の姿から突然変貌して怪物になったりはしない。
ただ、幽霊は見た目は変わらずとも人間の身体能力がもっとも高いと言われる18歳頃の身体能力で現世に現れるらしく、足が速ければ力も強い。
それに、大抵の場合武器を持っている。
どんな武器かと言えば、こう答えるのが1番簡単だ。
自分を殺した武器と。
ナイフで刺殺されたら、ナイフに。縄で絞殺されたら、縄に。拳銃で銃殺されたら、拳銃に。
ちなみに、手で殴り殺されたら手で殴り殺そうとしてくる。
自分の受けた痛みを思い知れ、みたいな感じらしい。
っと、ここまでが、俺たちの調べた幽霊の正体です……、
「これぐらい説明すれば十分ですかね?」
放課後のミステリー研究会、部室。
俺はいかにも2割本気、残りギャグと言った口調でここまでのことを目の前の椅子に座る報道部の女子生徒に説明した。
見たことがなかったから、新入生だろう。それにしては長髪で眼鏡をかけていてどこか大人びているが、まぁいい。
その顔を見ながら、俺の隣の椅子に座っている修吾は半笑いを浮かべている。
まったく、馬鹿らしいことこの上ない。
実はここまですべて本当のことなのだが、1年前から組織に身をおき、幽霊と戦っている俺からしてもいまだに信じられないね。
事実は小説より奇なりみたいな言葉を聞くが、まさにそのとおりだ。
ここまで奇になると、最早向こうもギャグとして受け取ってくれるものである。だから俺たちも本当のところを話している。
変な嘘を言って妙に信じられ、自分たちが痛い人呼ばわりされるのもいやだろ、というこれも修吾の案なのだが……馬鹿らしいね。
さて、じゃあ後は報道部の目の前の女子が今までの話を綺麗に忘れて、コレ目当てとばかりに修吾のイケてる写真とって円満終了。俺たちは机に広げた状態のトランプで再び遊ぶと。
あ、これももちろん演出である。いかにもミス研は遊びでやってます、みたいな演出だ。棚にはボードゲーム等も多々あるし、ここまでやって俺たちの話を信じる人間はまずいない。
今回も……そう、半分はそのとおりになった。
「貴重なお話、ありがとうございました。では――」
ここまで、いつもどおり。
問題、その後。
「――組織の幽霊に関しての秘密をここまで話すということは、覚悟は出来ているようね」
「…………は?」
俺と修吾がその今までとは違う口調でのきっぱりとした言葉を聞き、固まる。
な、なんでコイツ、組織のことを知ってる?
しかしそれを聞く前に俺たちは完璧に無力化させられることになった。
すなわち、目の前で黒く光るそれに脅されて。
えっと、アレ、拳銃ですよね?
…………。
幽霊とは互角以上で戦える俺たちでも、さすがにいきなり人間にそんなあからさまな凶器を突きつけられては何も出来ない。
俺たち2人は考えるより早くさらにその身を固くする。
だが、
「まったく、話には聞いていたけど、まさかここまで洗いざらい全部語っていたとはね。さすがに組織自体についてはしゃべらなかったみたいだけど」
そんな俺たちとは裏腹に女子生徒の口調は大分柔らかかった。
まるで、部下が何か失敗したことをたしなめる様な口調だ。
ん? 部下をたしなめるような口調?
まさか。
「ひょっとして、八雲さん?」
「正解。気づくの遅いわよ、宗ちゃんに修ちゃん」
「ちゃん付けはやめてくださいよ」
「同感です」
その声を聞いた途端、女子生徒、いや女子生徒の格好をした女性は拳銃を下ろし、眼鏡をはずして長髪のかつらもはずした。
そうして現れたのは、おおよそ女子高生には見えない綺麗なショートカットの澄んだ目をした大人の女性。
まったく、半年以上会ってなかったとはいえ、何で声を聞いても分かんなかったんだか。
八雲雲雀さん。政府直属の対幽霊秘密組織での、俺たちの上司だ。
「別にいいじゃない。どっちも可愛い私の部下なんだし」
この俺たちをちゃん付けする人との出会いは、遡れば約1年前になる。
ある事件をきっかけに幽霊が視えて、さらに触れるようになった俺は同じクラスにいた修吾にいきなり『君、かなり霊感強いね。僕も霊感強いから分かるんだけど……え? 視えて触れる? よし、じゃあ組織に入って!』と勧誘され、強制的に夏休みになると同時に新幹線に乗せられ東京の大きくて豪華なビルに連行された。
そこで上司として出会ったのが八雲さんだ。
そこで俺は、彼女にいろいろなことを教えてもらったのだ。
今八雲さんに語った幽霊のことや、組織のことだ。
当たり前のことだが、幽霊なんて存在は世間一般には認められていない。いることが知れたら大パニックだ。しかし、その存在は決して多いとはいえないが確実に”いる”。
しかも幽霊とは自分を殺した人間への復讐を誓ってその心を黒く染め、無差別に人を襲うようになった人ならざるモノだ。放置しておいては、幽霊によって殺される人間が増加する。ワイドショーなんかでよく耳にする人間がやったとは思えないような猟奇的に刻まれた死体や、忽然と消えた人間などは大抵がそれの仕業だ。
それに対抗するために政府が秘密裏に作ったのが、”組織”だ。数十年前から存在し、全国から集められた視えて、触れる人がその幽霊を殺すために戦闘の訓練を受けて幽霊が各地で出現するたびに戦う。これはどうでもいいが、世界各国にも似たようなのがある。
最初こそ数が集まらず幽霊が出るたびに本当にどんなところへもそういう人たちは派遣されていたらしいが、近年では1つの市に1人か2人の人間を配置できるぐらいには余裕が出来たらしく、昔のように派遣されたりすることもないらしい。聞くとどうやら俺は、訓練を終えられれば無事もとの学校に戻れ、やることをやれば普通の生活を送ることが出来るとのことだった。
で、そこまでを聞かされた後、俺は高校1年の夏休みをその戦闘の訓練とやらに費やされた。たまたま俺は空手を中学時代までやっていて、それも県大会常連ぐらいの腕を持っていたから夏休みいっぱいでどうにか終わらせることができた。後で修吾に聞いて知ったのだが、素人なら2,3年は当たり前だそうだ。修吾は近くの学校に通いながらとはいえ修了まで4年かかったらしい。
ただ、幽霊に対しての戦闘法は少し特殊だった。普通、喧嘩などの戦闘は相手との距離をいかに詰め、そして一撃でも早く強く叩き込むことこそが重要になるのだが、幽霊との戦いはちょっとばかし違う。なんと、自分は立った状態で相手を組み伏せろと言うのだ。
理由はある。幽霊は普通に殴っても蹴っても死なない。しかも幽霊なのだから、触れるのはそういう人間だけで、武器なんて使っても無意味で全部通り抜ける。
幽霊を殺す方法は1つ。頭の上に手を乗せ、滅することを願う。すると、幽霊はこの世からあの世へと移るらしい。
なんとも胡散臭かったが、実践でやってみたらそのようになったんだから何も言えない。
で、俺と修吾は夏休みが終わると共に地元へ帰り、今の仕事に就いた。お金ももらえるので、就いたが正しい。
そして俺の住む市で事件もしくは事故があるたびに、その犠牲者を夜な夜な探してはあの世に送るという仕事をしながら今に行き着くというわけだ。
ちなみにそのような人間は組織内と事情を知る政府上層部のみで、ではあるがこう呼ばれている。
――”滅し屋”と。
「にしてもさぁ」
俺が過去の思い出にスリップしていると、八雲さんは椅子によっかかり楽な姿勢を保ち俺たちに言う。
「さっきも言ったけど、まさかあんたたちが、ここまでペラペラと本当のことをしゃべっていたとはねぇ」
「別にかまわないでしょう。誰も本当のことだなんて思いもしないでしょうし」
俺が答えると、八雲さんは存外あっさり同意する。
「確かにね〜。たださぁ、やっぱりあんたたちの上司としてはあんまり本当のことしゃべられると困るわけなんだよねぇ。一応、世間的には幽霊っていう存在はないことになってるんだから。だから、次からはもうちょっと嘘も織り交ぜるようにしてくれない? ほんの95パーセントほど」
どこが『ほんの』だ。ほとんど全部じゃないか。
「考えておきます」
俺がそう適当に答えると、八雲さんは手に握っていた拳銃を制服のポケットにしまう。たく、そんなモン持ってくるなよな。
それを見ながら、修吾が思い出したようにその制服姿の容姿を見ながら至極もっともなことを問う。
「そういえば、何でそんな格好してるんですか?」
すると、ふと何かに気づいたように八雲さんは小悪魔的に笑った。
そしてその体を見せ付けるようにポーズを決める。
「似合う?」
八雲さんはかなりプロポーションがいい。
正直、そんなポーズをじっと見てると悩殺されそうであることは言うまでもない。
もちろん言えないが。
「セクシーポーズはいいですから答えてくださいよ、八雲さん」
どうにか冷静さを保った自分に賞賛を送りたい。
「連れないわねぇ。実は今年からこの学校に私の従姉妹が通っているんだよね。そいつが報道部に入ってるから、あんたちの評判どうなのかなぁ〜って思ってそれとなく話を聞いてみたのよ。2人が怪しげな同好会作ってるのは知ってたからね。で、聞いてみたら従姉妹は信じていなかったけど、あんたたちが幽霊の話を吹聴してるっていうじゃない。これは止めさせないとなぁってことで、別の用事もあったし従姉妹から制服借りてここにきたの」
「結局、その制服は遊び心ってわけですか」
「そういうことね」
八雲さんは20もそこそこの年齢の割にはどこか子供っぽい。
こんなこと、まともな大人なら絶対やらないだろってことを平気でやってくる。
本人曰く、『人間皆死ぬまで子供』が座右の銘らしいから困り者だ。
職務には割りに忠実なんだけどなぁ。
「じゃあ、僕が朝聞いた今日の取材の予定って嘘だったんですか?」
「うん。私、従姉妹が授業終わるまで制服借りれなかったからね。従姉妹が学校にいる間に修ちゃんにそう言っといてって頼んだの」
「あぁ〜、そういえば、僕たちに取材があるって言っていた女の子、言われてみれば八雲さんと似てるかも」
修吾が妙に納得する。
まったく、それぐらいすぐに気づいてくれよ修吾。拳銃突きつけられたときは本当にびびったんだから。
にしても、取材が嘘ってことになると、じゃあもう今日はここにいる理由はないってことになるな。
「おし修吾、感動の再開も終わったんだ。俺たちに会いに来たのはついでらしいし、帰ろうぜ」
そう提案しながら、俺は立ち上がって机の横に置いておいた鞄を手に取る。
「もう帰っちゃうの!? 宗ちゃんひどいなぁ。まぁいいや。用事が終わったら宗ちゃんの家に押しかけるから」
「勘弁してくださいよ」
俺の住む市、桜花市は都会ではない。田舎と言ってもいい。深夜だと大通りですら車がほとんど通らない。
そんなところで、八雲さんみたいな美人が家に着たなんてのを学校の誰かに見られたら、それだけで次の日どうなるか分からん。
俺がそんなことを考えていると、再び修吾が気になる単語でも見つけたのか八雲さんにその目を向ける。
「八雲さん、さっきから言ってる用事って、何ですか?」
この人の用事なんてきっとたいしたことじゃないだろうよ修吾。
きっと、その従姉妹とやらの家にあるものでも適当に貰っていこうとかそんな感じだろ。
あ、そういえば昨日、俺ここのロッカーにクラスの笹塚に借りた映画のDVD入れっぱなしにしちまってたんだ。家で見よ。
修吾の質問を俺は右から左に流すことに、俺はDVDを家に持ち帰るべくロッカーに近づく。
「あぁ、それ? まぁ、あんたたちになら言ってもいいか」
俺はロッカーの取っ手に手をかけ、手前に引く。
「実はね、ここの隣の市を担当している滅し屋がさ――」
ガコッと小気味よい音を立ててロッカーが開く。
その瞬間、
「死んだの。幽霊に返り討ちにされて」
「え……?」
そんな八雲さんの衝撃の言葉に修吾が驚愕するまさにその瞬間、
「は? う、うわっ!」
「きゃぁ!」
俺は、ロッカーから降ってきた柔らかいモノに押しつぶされた。
同時に、ロッカーから雑多に多彩なものが振ってくる。
棚に並べていないボードゲーム各種に借りたDVD数本に見せ掛けだけの幽霊について書かれているデタラメな本等などエトセトラエトセトラ……。
それらの猛攻が一通りすんだ後、修吾と八雲さんが同時に口を開く。
「あ、今朝取材があるって言ってた女の子?」
「真帆!?」
「ご、ごめんなさい!!」
状況がまったく理解できない俺の上でそれがいきなり謝りながら動き、俺の上から降りる。
どうやら、ロッカーから降ってきたのは人間だったようだ。
俺もどうにか起き上がり、その真帆と呼ばれたこれまたうちの制服を着た女子を凝視する。
第一印象。可愛い。
第二印象。目はパッチリ、鼻もスッとしていて、頬がちょっと赤く、しかし活発そうな印象を受ける。
第三印象。俺の主観だが、八雲さんを幼くしてさらに綺麗から可愛いに移行したような感じ。
結論。
「や、八雲さんの従姉妹か?」
「あ、はい! 椎名真帆っていいます」
「……なんで、ロッカーから沸いて出たの? 真帆?」
俺は椎名という後輩の女子に向けていた目を、ゆっくりとその声を発した主に移す。
か、顔は笑っているが目が笑っていない……怖い。
隣にいる修吾なんてすり足で後ずさっているぞ。
そしてどうやら、怖いと思っているのは俺や修吾だけではないようだった。
「お、お姉ちゃんごめんなさい! じ、実は私高校の制服2着持っていてそれでそれでお姉ちゃんここの先輩について何か知っているようだったから気になってそれでそれでちょっと隠れて話し聞いてみようかなぁって思ってロッカーに隠れたの別に幽霊のことなんて何にも聞いてないから安心して! じゃ、じゃあ私はこの辺で帰ろうかな! じゃ、じゃあね!」
「待ちなさい、真帆」
「はいぃ!!」
最早妖気すら発しかねない八雲さんが、立ち去ろうとした従姉妹の椎名をそのやばすぎる目で見つめる。
こ、怖すぎる。
「あんた、全部聞いちゃったのね」
1歩、歩き出す。
語尾にクエスチョンマークが付属するような口調ではない。
つまり、八雲さんの中ではそれはすでに確定情報なわけで。
まさかここまでの俺たちの会話を聞いてまでそれが冗談だと思うような人間はいないわけで。
つまりそれは、組織の機密情報が外部に漏れたってわけで。
えっと、つまりそれは、組織の規則にのっとると、彼女の口封じをしなければならないわけで……って!
「ちょ、ちょっと八雲さん! まさか自分の従姉妹にそんなことしませんよね!?」
「そ、そうですよ! 彼女賢そうですし、分かってくれますって!!」
八雲さんの発する気配から俺と同じ結論に達したのか、修吾も俺に加勢する。
しかし、八雲さんの目の輝きは変わらない。
「宗ちゃん、修ちゃん」
「はいぃ!!」
綺麗に声がハモる。
「分かって」
いやいやいや! 今俺の目の前で尊き生命が失われそうな状況で分かるも何もないだろう!
俺たちがそんな会話を繰り広げる間に、八雲さんは1歩ずつその差を詰めていく。
椎名は半ばわけが分からず、迫りくる恐怖に硬直している。
そして、ついに八雲さんと椎名の距離がなくなる。
「真帆」
吐息がかかる距離まで顔を近づける。
「な、何?」
「今の話は全部嘘。いい?」
「……う、うん」
「宗ちゃん、修ちゃんもいい? 今の話はすべて嘘。分かってるよね?」
「……はい。嘘です」
ホッとした。
今のこの人、本当に従姉妹でも殺してしまいそうな雰囲気だったぞ。
俺は安堵のため息をつく。
まさか、ここまで言われてうっかりでしゃべってしまうほど椎名も物分りが悪いことはないだろう。
よかった。
「じゃあ真帆、私は一足先に真帆の家に行かせてもらうから」
「わ、分かった」
「それじゃあまたそのうちにね、宗ちゃん、修ちゃん」
「えぇ、また、そ、そのうちに」
俺が臆しながらそう返すと、八雲さんは満足したような顔をして部室を後にした。
あの人、敵にまわすと怖いだろうなぁ。
八雲さんに狙われる幽霊に少し同情する。
と、俺が少しの間立ち尽くしていると、修吾が椎名に向かって声をかける。
「真帆ちゃん、だっけ?」
「はい。秋庭修吾先輩ですよね?」
「あ、名前知ってたんだ。嬉しいなぁ」
次いで修吾の満面とも取れる笑み。
椎名が一瞬フリーズする。
おいおい修吾、お前、自分の笑顔の凶悪性を少しは自覚しろよ。
しかし椎名はそれでも、修吾の笑みからのリカバリーは早いほうだった。割りかしすぐに、今度はこちらに顔を向ける。
「それで、こちらの先輩が神崎宗一先輩」
「へぇ。俺の名前も知ってたのか」
「それはもう、報道部ですから」
椎名が得意げに胸を張る。
ってか、報道部の人間と言うのは皆が皆学校の全員の名前が分かるものなのか?
「そして、2人ともここの部員で、部長が秋庭先輩で副部長が神崎先輩」
「まぁな。お前は報道部の新入部員で、八雲さんの従姉妹ってわけか」
「はい。えっと、よく分からないんですけど、お姉ちゃんがいつもお世話になってます」
ペコリと頭をさげる椎名。
それを見て、俺と修吾は顔を見合す。
「いつもお世話になってるのは僕たちの方なんだけどね。真帆ちゃんは、お姉ちゃんと仲がいいの?」
「えぇ。多分……ですけど」
「多分?」
「だってお姉ちゃん、何度聞いても自分の仕事のこと何にも教えてくれないんですから。それで、今日こそは! って思ったんですけど……」
「なるほど。ああ言われたってわけか」
「はい……」
俺は数分前の出来事を思い出す。
まぁ、人に言える仕事じゃあないからなぁ。椎名の気持ちも分かるが、八雲さんの気持ちも分かる。
「俺が言える義理じゃあないが、あまり深入りしないほうがいいぞ。八雲さんが言っていたように、嘘だと思うことが1番だ」
「うん。僕もそう思うな。ごめんね」
「でも――」
何かを椎名は言いかけるが、こいつのためを思いきつくそれを遮る。
「いいか? さっきは俺たちや八雲さんだったから許してくれたんだ。こんなこと言いたくないが、これがもっと律儀な奴だったらお前はもうここにいないんだ。分かってやってくれ、八雲さんのためにさ」
「……分かり、ました」
思い悩むように俯いてしまったが、それでもしっかりそう彼女は返事をした。
気持ちは本当に分かる。高校1年にもなったら、身近にいる人の職業ぐらい気になるものだ。
だが、このことばかりは深入りさせてはならない。さっきの彼女の早口の中身を分析する限りだけでも知りすぎているぐらいだ。これ以上は無理だ。彼女のためにも。
「分かったなら、今日はもう帰ったほうがいい。すぐに俺たちも帰るしな」
「は、はい。失礼します」
そう一礼し、椎名は八雲さんと同じく教室を後にする。その姿は、どこか八雲さんに似ていたように見えた。
って、そういえば八雲さん、制服のまま廊下出たよな。大丈夫かな。
などとその後ろ姿を見送りながら考えていると、
「ねぇ宗一」
「なんだ?」
「アレ、どうするの?」
「アレ?」
俺は後方、修吾が指差す方向に向かいゆっくり振り返る。
見てしまい、後悔する。
しまった。
「ロッカーの物、ばら撒かれているな」
「僕たちが片付けるしかないよね」
「……椎名の奴。せめて後始末ぐらいしていけよな」
とは言っても、強制的に返したのは俺だ。文句は言えない。
「仕方ない。片付けよう、修吾」
「そうだね」
その後、絶妙のバランスで入っていたらしく入れなおすのに多大な時間を労したこの作業のおかげで。
俺たち2人は、2つほど大きな失敗を犯していたことに気づけなかった。
楽しんでいただけましたでしょうか?
今後も頑張りますので、お付き合いしてくださるとうれしいです




