第1話〜それが彼らの日常〜
「私は、息子には常に自分以外の人のために行動してほしいな。ね?」
その約束を思い出したのは、死んでから3日目の朝――
『よし、そっちの公園に追い詰めたよ宗一』
押し当てた携帯から修吾の息切れした声が聞こえてくる。
子供も寝てれば大人も寝てる午前3時。
俺と修吾は真っ暗なこの街の片隅で、1対2の夜の鬼ごっこをやっていた。
もちろん比喩だ。
追う側の俺たちが鬼じゃないからではない。
追われる側が、人間じゃないからだ。
「後は任せろ」
修吾の声を聞いた後、俺は電話を切る。
そして電話を切るとちょうど、公園で待つ俺の前に『そいつ』はやってきた。
中肉中背。
背広を着ている。
頭がバーコード。
どこにでもいる普通のおっさん。
見た目だけは。
「はじめまして”幽霊さん”」
皮肉を込めた俺の物言いに、今公園の入り口からやってきたばかりの”幽霊”は本能からか俺を敵だと察しこれ見よがしに怯えた表情を見せる。
おびえているのは本当だろうがやりすぎだ。それで油断したところを殺そうって狙い見え見えの、下手な演技である。
俺が高校の制服を着ているからってなめてるんじゃなかろうか?
これでも俺は学生が副業で、本職は立派にあんたと敵対しているわけなのだが。
「ご大層な演技ありがとよ、幽霊さん。今お金持っていないから、かわりに成仏させることで払うわ」
俺はゆっくりとした口調でそう宣告する。
演技なんて通用しない。
それを俺の言葉から悟ったのか、幽霊は何事か奇声を発しながらその容姿からは判断できないような速いスピードで突如俺に迫ってきた。
手に持っているは、刃渡り十数センチと見受けられるサバイバルナイフ。
体に当たれば軽症ではすまない。
当てさせないが。
俺は体を右にスッと移動させる。
次の瞬間。
心臓めがけて差し出された右手を、俺は自分でも絶妙だと感心するタイミングでしゃがんでかわす。
そして、思いっきりその右手を蹴り上げた。
幽霊はうめきながら右手からナイフを落とす。
すぐに幽霊は拾おうとその身をかがめたが、遅すぎる。
俺はその隙をつき、がら空きになった腹に渾身の蹴りを続いて叩き込んだ。
ナイフを取るなどできようはずもなく、幽霊は数メートル後方に吹き飛ぶ。
俺はその無様な姿を確認して走り出し、仰向けに寝転んだ幽霊のおっさんにまたがる。
幽霊が今度は演技などとは到底思えない顔で怯えた。
それはそうだろう。
”死”が、目の前に迫ってきているのだから。
俺はゆっくりと右手を幽霊のおっさんのはげた頭に乗せる。
誓いを護るために。
「じゃあな」
右手に力を込め、願う。
滅せよ。
そうすれば、後は同じだ。
幽霊のおっさんは瞬く間にその体を粒子のように小さく分裂させながら、空に向かって上っていった。
いつもの”任務”のときと同じように、光り輝きながら。
まったく、最後だけは何度見ても綺麗である。
「あれ、もう終わったの?」
俺がその宙に上っていく粒子を見ていると、不意に後ろから聞きなれた声が聞こえた。
数分前の電話の相手である秋庭修吾その人だ。
「あんなおっさんの幽霊、苦戦もしなかったっての」
「あ、やっぱり?」
「使ってきた武器も普通のナイフだったしな」
「いつも向こうが使ってくる武器なんてそんなものじゃない」
「まぁな」
俺はそれに後付するように続ける。
「じゃ、今日も任務は終了だ。お互い帰って寝るとしようぜ」
「そうだね。お疲れ様、宗一」
「お前もな」
携帯を取り出し時刻表示を見れば、午前3時20分。
俺はまだ眠ってない。これでは俺は明日の学校は睡眠授業になってしまう。
急いで帰って少しでも多く寝るとしよう。
俺は修吾と逆方向を小走りで走り出した。
任務完了。
「眠い」
朝のホームルームを終えた、俺の通う私立高校2年1組の10分休み。
俺、神崎宗一は呟きながら一番後ろの自分の机に突っ伏した。
眠いのも当然だ。結局昨日は”組織”への連絡に手間取ってあの後2時間しか寝ていないのだから。
まったく、なんで俺は強制的にあんな組織へ入れられてしまったんだか。
……考えてもしょうがない。終わったことだ。
俺がもう今日は睡眠学習でいいやぁとか思ってると、頭の上から修吾の声がした。
「宗一、あと3分ぐらいで英語始まるよ」
「知るかよ。俺は寝る。先生が指摘してきたらフォローよろしく」
「どうやってだよ。ほら、起きて起きて」
呆れたような声を出しながら修吾は俺の体を無理やり起こす。
「分かったよ、起きりゃあいいんだろ起きれば。まったく、昨日の任務で俺はクタクタだってのに」
「宗一なんてちょっと幽霊蹴っただけじゃない。僕のほうが大変だったよ。30分近く追い回してやっと公園に行かせたんだから。それよりさ」
「何だ?」
眠い目をこすりながら先を促させる。
「今日の放課後、僕たちの研究会に報道部の取材が来るんだって」
「はぁ!? マジ!?」
「うん。本当」
めんどくさい。これで今年度3回目だ。ちなみに今は7月初頭。
俺たち2人は、自分たちがときたま組織の任務のために夜を徹して活動することを怪しまれないための隠れ蓑として、『ミステリー研究会』という同好会を作った。もちろんメンバーは俺と修吾の2人だけだ。
まぁ、どちらにしろ怪しげなのだが、ないよりいいだろという修吾の案である。
「ったく、またあの長ったらしいこと説明するのかよ。本当にめんどくさいな」
「そうだよねぇ。にしても、なんでこんなにたくさん取材くるのかな? 別に僕たち、特に何をして活動しているわけでもないのに」
「……多分、誰かさんが非常に感慨深いお顔を持っているからじゃないですか?」
俺はじとっとした目で修吾を見る。
まったく、見れば見るほど整った顔立ちである。短めの黒髪に合うようにまつげは長くて目は切れ長だし、鼻はスッと通ってるし、唇の位置なんかも絶妙だ。
そう、実際のところ、報道部はほとんどそんな怪しげな研究部目当てではなく、コイツ目当てであることは間違いない。
第一、今年度過去2回の取材のことなど月一発行の学校新聞に載っていなかったし。
おそらく、この高校名物の学期に1回発行される『特別号』で、学校一とも囁かれているこいつのことを散々特集するのだろう。
そんな美貌を持つと自覚していないコイツがどんな顔をするのか楽しみだ。
ってか、それならそう断って取材しろってな。
こっちもなかなか疲れるのだ。毎回毎回”本当のこと”をしゃべり続けるのは。
「お、そろそろチャイムが鳴るから自分の席にもどれよ、修吾」
「なんか今宗一が言ったことが気になるけど……まぁいいや」
即座に考えるのをやめ俺とは正反対の1番前の席に戻る修吾。
席に座った瞬間、1時間目の始まりを告げるチャイムが学校になり響き、同時に若い新任の教師が教室の戸を開ける。
さて。
じゃ、俺は寝よう。
修吾にちょっと言われたぐらいで収まるほど、俺の眠気は軽くないのだ。
後で修吾が何を言おうがかまうもんか。
おやすみ、俺。
どうもはじめまして、天川というものです。
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