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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第一章 冒険前の下準備
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8 特殊スキル予習編

 



 ばれないようにこっそりと目当ての本を探す。


 叡智の書庫に置かれた本は背表紙がなく、そもそも置かれている場所がばらばらだ。おいしい卵焼きの作り方の隣に禁術級魔法の魔法書があったりする。世界中の知識があってもそれが綺麗にまとめられたものではないということだ。そんな中から目当ての知識だけを探すのは不可能に近い。


 だからこそ、検索機能がある。


 なかなか教えてもらえなかった機能だけど、この前使っているところを勝手に見させてもらった。

 なんとカウンター裏にパソコンのようなものがあり、そこに探している知識について打ち込むとそれ関連のことが書かれた本の場所を提示してくれるのだ。


 一気に薄れたファンタジー感とか叡智の書庫と言っておきながら町の図書館にしか見えなくなってきたことかはもうどうでも良かった。これでここから逃げることができるのだから。


 そしてついにそれを見つけた。逸る気持ちを抑えてそっとページをめくる。ここまで来てばれたりしたら目も当てられない。必要なのは臆病なまでの慎重さだ。


 手が止まる。緩む頬を止められない。

 ようやく、見つけた……!



―――――叡智の書庫:情報表示―――――


 【開架:叡智の書庫】

 世界の知識全てが収められた「叡智の書庫」の利用が可能になる。

 ただしその身は神にあらず、全てを識ることは叶わず。状況により書庫から得られる知識量は変動する。




 そう、このスキルの使い方さえ覚えればここから脱出することができる。

 なかばイジメと化しているようなこの状況から逃げ出すことができるのだ!


 ようやく現れた希望の光に()()()は笑いが漏れそうになるのを抑えるので精一杯だった。




 ● ● ●




 結局逃げ切れず、アーシュ(女神様)の教えを受けることになってからだいぶ経つ。そろそろ泉の縁で無防備に寝ている本体が気になってくるけど書庫内は外と時間の流れが違うのでそれほど時間も経ってないらしい。フェールリアでは。

 体感的にはもう何週間もここにいるような気もするけど、それは辛い日々が錯覚させているだけかもしれない。


 初めのうちはまだよかった。まずは特殊スキルというもの自体についての説明からだった。どこからか持ってきたホワイトボードにペンを走らせながら説明するアーシュ(女神様)の姿は穏やかで、わたしに迫ってきたときのような変な雰囲気は錯覚だったのかと思えるほどだった。


 当然それは錯覚ではなかったんだけど。


 地獄が口を開けたのは説明が終わった後だった。

 次はスキルの実戦でもするのかなーなんて暢気に構えていたわたしに手渡されたのは一冊のバインダーだった。中身は……まあ、女性についてというか、手入れについてというか。

 どうやらそれ関係のことが書いてある本のページを破ってバインダーに綴じ込んだようだ。それありなの? とは思ったけど、ここの本はつまり情報の具現化であり破ったとしてもすぐに元通りになるので問題ないそうだ。

 思いっきり顔を引きつらせるわたしに対してアーシュ(女神様)は笑って告げた。


『どうせなら座学を一気に終わらせてしまいましょう?』


 かくして、建前の「うっかりで世界が滅ばないよう特殊スキルの使い方を教える」から大幅に外れた、むしろ関係のないことに関しての座学が始まってしまったのだ。


 そしてスキルの説明のときの穏やかさから一変、こちらはスパルタだった。


 別に怒られまくったとかそういうことじゃなくて、はっきり言ってわたしがこの勉強に対して拒否の姿勢をとって(まだ心の準備とかが間に合っていなかったし)不真面目な態度をとったせいでもあるんだけど。

 

 アーシュの笑顔に迫力と圧力がプラスされた。


 あれは逆らえないね。本能的な恐怖を感じた。絶対者に対する畏怖さえ沸き上がった。


 そしてさらに何が酷いって最初一人称を変えるところから始まったんだけど、アーシュ読心がデフォだから表面上「わたし」を使ったとしても思考内での「俺」につっこまれることだ。

 最終的に思考を挟む隙すら与えられずひたすら「わたし」を連呼させられ(迫力笑顔付きで、もう洗脳と変わりないと思った)気がついたときには涙目で、思考内でも自然に「わたし」が出てくるようにさせられてしまいました。ぐすん。


 その後も女の子らしい仕草とか口調とかを強要せんのうされ。それを満足そうに眺めて抱きついてくるアーシュ(女神様)を見たときにもう女神様と呼ぶの止めようと思った。わたしの女神様はあの時泉の縁で思ったとおりわたしだったんだよ、わたしを甘やかしてくれるのはわたしだけ。

 ちなみに、アーシュを呼び捨てで呼び始めると「……呼び捨ても悪くないですが」なんて呟いた後に教育方針が変わった気がした。具体的に言うと「お姉ちゃんと呼んでくれてもいいんですよ?」って。言いたいことはいろいろあったけど、期待の眼差しの裏に威圧の視線(被害妄想だといいなと思ってる)を感じてしまったので五回に一回くらいはお姉ちゃん付きで呼んでる。あとわたしはヤクモさん、からヤクモちゃんになった。手遅れなほどに何かが壊れた音が聞こえたけどそれはもういまさらだ。


 しかし、しかしだ。

 アーシュも思い通りとはいかないらしい。


 ちょくちょくいなくなるのだ、「では少しの間自習していてくださいね」って宿題を置いていって。

 転移の間に漏れ聞こえる呟きから察するに、どうやらアーシュはわりと上位の神様らしく、さすがに希望通りわたしに付きっきりなんてのは許してもらえなかったようだ。

 つまり神様としての仕事だ。

 わたしから目が離れる時間があるのだ。


 わたしは真面目に与えられた宿題をきっちり終わらせようとしていた(終わる前に帰ってきてしまう。量多いんだよ……)。だけど前回の自習のとき、気づいたのだ。

 書庫には世界全ての知識がある、書庫に移動するための特殊スキルの使い方を「予習」してしまえばこの精神的にきつい空間から逃げられるのだと!


 そこ、気づくのが遅いとか言わない。

 あれ、ほら、従順に見せかけて実は隙を狙ってたみたいに解釈しておいて。


 とにかく。

 それでわたしは密かに計画を練り上げ、次の機会を狙っていた。そしてついにアーシュが仕事に行きわたしの側を離れた。積まれた宿題を目に入れないようにしながら検索し、冒頭に戻るというわけだ。


 さて、いつアーシュが帰ってくるか分からないしぱぱっと見てさっとここから出よう。


 ページの内容に集中して、スキルを理解する――



「――ヤクモちゃん♪」



「きゃああ!?」


 唐突に響き渡る、今一番聞きたくない声に叫び声が上がった。

 おそるおそる振り向けばわたしとよく似た顔をした少女の姿。アーシュのご帰還だ。

 それにしても、きゃああ、って……。とっさに出てくる叫びがこれな時点でアーシュの教育の侵食度が分かるよ……。


「こんなところで何をしているんでしょう?」


「う……」


 アーシュの目に迫力が追加された。口元は笑ってるのに目が笑ってない。はっきり言って怖い。今すぐ謝りたい。思わず視線が下がる。


「宿題にまるで手が着いていないみたいでしたが」


「…………」


 アーシュが一歩近づいてくる。冷や汗が止まらない。やはり神に逆らうなんて無謀だったのか。

 ……だけどここまで来て退くわけにはいかない。


 ――すでにスキルの使い方は理解しているのだから……!


 アーシュが来る前に内容は理解し終わっていた。実行する前に見つかってしまっただけで。あとは使うだけなのだ、それでこの状況からも逃げ出せる。


 さあ今こそその力を解放するとき!


「えい」


「…………あれ?」


 わたしの中で滾る力が解き放たれようとしたまさにその瞬間、アーシュが軽く手を振るとまるで何事もなかったように力は引っ込んでいった。それどころか鍵をかけて閉じこもった感じがした。

 ……嫌な予感がする。


「私も神の一柱。人間程度のスキルを封じるなど容易いことです」


「……それはすごいですね」


 アーシュはいつのまにかすぐ近くまで来ていた。その白く柔らかな手がわたしを掴む。華奢な見た目からは想像も付かない力強さだ。

 いやそれよりも。やっぱり目が笑ってない笑顔のほうが怖い。


 震えが止まらない。


 そんなわたしを見てアーシュは深く溜息を吐く。威圧感が消えると同時、今度は慈しむような微笑みを浮かべてきた。体の震えも止まる。

 その様子を見て少し期待してしまったわたしは悪くない。








「悪い子にはおしおきが必要ですね」


「わあやっぱりそんな甘くなかったーっ!!」


 一転無表情になったアーシュに戦慄したわたしは逃げ出そうと暴れたけどまるで拘束は外れず。

 そのまま引きずられていったわたしは、その先で自分の叫び声が響くだろう予想をどうしても覆すことができなかった。




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