7 情報確認と今後
なんとか書き上げた。
……いつまで続くだろうか。
水面に映る男子制服姿の美少女を眺めながら俺は溜息を吐く。いつもならここで幸運が逃げたとか騒ぐんだけど、今はそんな気になれなかった。というか実際少し幸運捨てたほうがいいのかもしれない。まさかこの俺がこんな事を思う日が来るとは思っても見なかったけど。
そりゃあ不細工よりは可愛いほうがいいに決まってるし禍々しい角が生えてたり不気味な青い肌だったりするよりはマシだろうと思う。
でもなぜわざわざ女の子なのか。
想定外すぎて許容範囲を超えそう。女神様は俺の容姿はもう変更できないと言ってたから必然的に死ぬまでこの体だというのに。
「せめて教えてくれれば良かったのに……」
壊れかけた魂を直してくれた恩人(神?)なのだし文句を言うのは筋違いな気がするけどどうせならもう少しアフターサービスが欲しかった。
そんな風に思っていたせいだろうか、握り込んだままだったプレートが突然震えだした。まるで着信があったスマホみたいな震え方だ。
「…………」
怪訝に思いながらも画面を見ると『着信:女神アーシュ』の文字。
……おかしいな、いくらスマホみたいな操作方法だからってプレートには通話機能なんてないはず。
とりあえず、表示されていた『通話』をタッチしてみると画面が切り替わり声が聞こえてきた。さすがに耳にあてる必要はないようだ。
『もしもし。アーシュです』
「……ずいぶんとタイミングいいですね」
『呼ばれた気がしたので』
……近くにいなくても心を読めるとはさすが神様。
「なら一応聞きますけど、今から性別変えてもらう事って」
『これ以上あなたを弄ると存在ごと消えます』
「……ですよね」
知ってたよ前聞いたからさ。でも少しは期待したくもなるでしょ?
「これからどうすればいいですかね」
『受け入れて、ひとまずは町を目指すのがいいと思います』
「そうですか……」
諦めろと。女神様から匙を投げられてしまった。しかも話を逸らすように別の話題も提示された。
でもこれからの行動を決めるのも大事だよね。
町の位置すら知らない、今いる森からどの方向に行けばいいのかすら分からないし。
『町の位置、知りたいですか?』
誘うような甘い声。人の心を絡め取るような妖しい響き。勝手に清純な感じだと思ってたからそんな声を出すとは驚きだった。そこまでして町の位置を教えたいのかな。
そんなことされなくても素直に聞くんだけど。
「はい、知りたいです」
『ふふ、そうですか。……なら少し失礼しますね』
そう言うと同時、プレートの画面が再度切り替わる。
今回浮かび上がったのは『上位者の干渉を確認。特殊スキル【開架:叡智の書庫】起動します』……?
ガチャリ、音がした。固く閉じていた扉が開いたような、そんな重い音だ。
「あれ……?」
急に足下が崩れたような不安定感。遠のいていく意識。まぶたは重く立っていられない。プレートが手からこぼれ落ちる。
気づいたときには俺は倒れ込んでいた。
● ● ●
目を開けたら不思議な空間だった。空中だろうと関係無しに、所狭しと棚が並びその中には本が収められている。あるのは棚と本だけではなく俺の近くにはテーブルがあったり少し先にはカウンターらしき物があったりと、全体的に見て……
「図書館みたい?」
「私たちは叡智の書庫と呼んでますよ」
声の方向を振り向けば、見覚えのある姿。
白金色の髪、黄金色の瞳、柔らかそうな狐耳と尻尾。服装はなぜか女子制服だけど。
ついさっき判明したばかりの今の俺の姿だ。でも俺はここにいる。
となると中身はきっと。
「また会えて嬉しいです、ヤクモさん」
「やっぱり女神様でしたか……」
自分の体を見てみると半透明になっているようだ。また体を借りられたんだろうか。
「半透明なのは今のヤクモさんが意識体だからです。あなたの体は泉の縁で眠ってます」
え、つまり魔物もいる森の中で無防備だってこと? それってまずいんじゃあ……。
「結界をかけておいたので大丈夫です」
なら問題ない……のかな?
「ちなみに私の体はヤクモさんの姿をコピーしたものです。似ているけれど微妙に違うんですよ?」
たしかによく見たら細かい部分が違うかもしれない。でもだからって姉妹みたいでいいですよね、なんて言われても困ります女神様。あとまだ兄妹とか姉弟と言ってほしかったです、見た目的におかしくても!
ちら、と女神様を盗み見る。にこりと笑い返された。はっきり言ってすごい可愛い。こんな人が家族ならたしかに嬉しい……じゃなく、あれ今の俺とほぼ同じ見た目なんだよね、つまり俺も笑えばあんな風に周りから見えるってわけで。
双子並みには目立ちそうだなあ。
いややめよう。まだ性転換の事実も受け止めきれてないのにこれから起こりそうな厄介ごととか考えても気が滅入るだけだ。これはまた今度考えよう。
「それで……叡智の書庫、だっけ?」
「はい。私たちだけが利用できる、世界の知識全てが閲覧できる書庫です」
「……なんで俺はそんなところにいるの?」
「? 干渉したのは私ですが……あなたの特殊スキルの効果ではないですか」
俺の特殊スキル……。
「あ」
そういえば【性別:女】の表記に気をとられて肝心のスキル情報とか確認してないんだった。情報確認だーって騒いだわりに結局達成できてない。なんて行き当たりばったりな俺。
落ち込んでいると女神様のほうから一冊の本が流れてきた。
どうやら書庫の重力はテキトーな仕事をしているらしい。流れてきた本はそのまま目の前でふわふわ浮かんでいる。
「これは?」
「ヤクモさんの情報が書かれた本です」
開いてみると、たしかに俺の情報が書かれている。
「書庫の中には世界の情報全てがありますから」
「……そんなところに入れるスキルまで手に入れちゃった俺は」
「幸運かも、しれないですね」
女神様はふんわりと笑って、俺の言葉を先取りした。
上げすぎた幸運値は極端な仕事しかしないらしい。
―――――叡智の書庫:情報表示―――――
名前:ヤクモ
性別:女 年齢:15
種族:天狐族
状態:神力付与
【特殊スキル】
混沌の器
空間征服
永遠を紡ぐ者
血換法
聖炎融合
煉獄解放
瞬間錬成
魔導機関〈Vital Note〉
開架:叡智の書庫
【種族スキル】
九尾化
妖術
【通常スキル】
多世界統合式魔導闘術LV10
遠距離狙撃LV10
身体能力強化LV10
虹色魔法LV10
音楽LV10
【称号】
多世界転移者
混沌の器
異界の勇者
稀少種〈天狐〉
幸運の女神
「規格外ですね」
「やっぱりですか」
正直よく分かってないけど女神様が言うならそうなんだろう。
驚異を良く理解してないことに気づいたのか、女神様がこの世界のスキルについて軽く説明してくれた。
この世界のスキルには四つの種類がある。
一つ目が通常スキル。
努力すれば手に入るスキルで、熟練度に応じてレベル表記される。戦闘に使えるものから生活に役立つものまで様々な種類がある。
二つ目が種族スキル。
特定の種族のみが扱えるスキルで、後天的に手にはいることはほとんどない。
三つ目が職業スキル。
職業――この場合はRPG的な意味合い――に就くことによって得られるスキルで、その職業の性質をよく表したものが多い。例えば剣士なら「剣の才能」とか。
これを教えてもらったときに「もしかして俺って今無職ってことに」「そうですね」なんていう会話とともに狐耳が項垂れるシーンがあったが割愛する。
四つ目が特殊スキル。
勇者召喚の「特殊な才能」はもちろんこれ。スキルによっては同じものを取得することもできるけど、事実上の固有スキルだ。大抵は先天的なものか転移者みたいな特殊な人間が持っていて通常スキルとは一線を画する力を持つ。
当然どのスキルにも強い弱いがあるからただ数が多ければ強いというわけではないのだけど、もとから他のスキルを超える力を持つ特殊スキルを九つも有しているのは異常。さらに言えばいくら通常スキルとはいえLV10に到達できる人は少なく、それが追い打ちをかけている。
「簡単に言えば、片手間に世界滅亡させられるくらいの力をヤクモさんは持っていることになります」
「俺は核兵器ですか……」
うっかり暴発暴走でもしようものなら世界の危機だよ。魔族なんて目じゃない世界の敵だよ。
「……たしかにそうかもしれません」
俺が迫り来る破滅を妄想していると、ちょっと想定外だった、みたいに真剣な顔で言う女神様の声が聞こえてきた。
「えっ?」
「今のヤクモさんは棚ぼた的に手に入れた力を持て余すどころか使い方すら知らない状態です。このまま放り出したらうっかりでフェールリアを壊してしまうかもしれません。盲点でした」
話し方は淡々としているけど声には熱がこもり、女神様はだんだんと近づいてくる。ただ歩いているだけのはずなのに、言い知れぬ威圧感がある。前にも感じたけどこれが神の威光というものだろうか?
自然と足が後ろに下がる。
がしっ。
どうやら下がり始めるのが遅かったらしい。両肩を掴まれてしまった。
「ここで練習しましょう」
「えっと……」
女神様の雰囲気に押されて言葉が出てこない。でもこれは神の威光じゃないとなんとなく分かった。
強いて言うなら……欲望?
「もともとヤクモさんとは仲良くしたいと感じていたのです。今なら『世界の危機を回避するため』って建前が使えるので私がつきっきりでも問題ありません」
「……あの……」
「そもそもここは神の領域であるわけですし、私が世界に降りるときに生じる諸々の問題を考える必要もない。他の方々の許可も簡単に下りそうです」
そこまで一気に言い切ると、女神様は俺の肩から手を放しきらきらした笑顔で言った。
「少し用事ができたので行ってきます。私が帰るまでここにいてください」
「い、いってらっしゃい……?」
一気に進んだ状況に頭がついていかない。ぼんやりした声で思わず送り出してしまった。
そして女神様は、それを非常に満足そうに見ているのだ。
「あと、その容姿に『俺』は似合わないです。ついでに女性としての過ごし方とかも教えますね」
「えっ」
結局女神様は俺が話を理解する前に、わずかな空間の波紋を残して消えてしまった。転移だろうか。……じゃなくて。
「このままここにいたらまずい気がする……!」
状況はまだ分からないけど俺の本能が警鐘を鳴らしている! このままここにいたら後悔すると!
だけど隠れる場所なんて見つからない。本棚の裏程度じゃだめだろう。一番いいのは書庫から出ることなんだろうけど、出口なんて見えないしそもそもスキルの効果で入ってきたらしいから出るのにもスキルを使う必要がありそうだ。
そして俺はスキルの使い方を知らない。
……詰んだかな。
「いや、諦めるな。何か方法が」
「ただいまです」
「 」
お早いお帰りですね女神様。ずいぶん満足そうな顔をして。
右肩に手が乗せられる。規格外と言われようと所詮人、神から逃げようなんておこがましかったようだ。
第一章副題、チュートリアル編。
ストーリーの起伏が足りない章になりそうな予感。