6 到達
異世界フェールリア。
魔法によって発展してきた世界で逆に科学はあまり発展していない。またスキルという文章化された才能がある。人間だけでなく獣人やエルフ等、様々な種族が生活している。
日常的な脅威として魔物が存在しており、それを討伐するために騎士団や民間の冒険者が活動している。強力な魔物の縄張りでは自由に行動することができないので未開拓の土地も多い。
魔法のない世界では見ることのできない現象や風景も存在する。
現在魔族が侵攻を開始しており、じわじわとだが戦火が広がっている。
● ● ●
太陽を覆い隠すほど育った木々。行く手を遮るように生い茂った草花。独特の匂いのする空気。色鮮やかな景色が目に映る。どうやら俺は森に跳ばされたらしい。わりと深い森だった。街の近くに送るよう努力するって言ってたから油断してた。俺の幸運値本当に上がってる? そろそろ分かりやすい幸運があってもいいんだよ?
ま……いいか。
これでようやく、異世界に到達だ。
ああ、ここまで来るのがこんなに辛く長いものになるとは思ってなかった。気楽に異世界に行けるなんて思ってなかったけど、それでも大変なのは異世界に着いてからだと思ってた。いつまで経っても白い部屋、最終的には存在消滅の危機、そんな地獄に突入するとは完全に予想外だ。
色の違いがある景色にちょっと感動する。ああ。
…………。
ちょっと落ち着いたところで改めて周りを確認。
今いるのは森の中。日の光も通らない、なんてほどじゃないけどそれなりに深い。近くに人里なんてなさそうだ。こころなしかいつもより良く聞こえる気がする耳を澄ましても木々のざわめきしか聞こえない。「魔物」や動物の類も近くにはいないようだ。……最優先は食糧確保になりそうな予感。
一番気になるのはどうやら容姿とか種族とかいろいろ変わってるらしい自分のことだが、それについてはあてがある。日本なら自分のことを知ろうと思ったら検査とかしなきゃいけないんだろうけどこの世界には……魔法がある。日本じゃできないこともこの世界では簡単だったりする。才能の文章化なんて最たるものだ。これまでの俺の成果が簡単に分かるのだ。
これでもしスキルが少なかったら泣けるかもしれない。これからの努力次第で手に入れることはできるし少なくとも一つは「特殊な才能」があるのは分かってるけど。でもやっぱり才能も努力の成果も多いほうが嬉しい。
まあとにかく、まずは情報の確認。
初めての魔法でちょっと緊張しないでもないが、そもそもが特殊な魔法で小さな子どもでもできるほどの難易度しかないので問題はないだろう。
効果は簡単。自分の魂に刻まれた情報をプレートとして具現化する。
練習は必要ない。一言唱えるだけで世界の側がアシストしてくれる。
この時に力の流れを体感して他の魔法を使う足掛かりにするんだそう。
フェールリアの住人なら誰でも使える魔法。失敗はありえない。
……いつまでも足踏みしてられないよね。
いや分かってるよ? 何も問題ないってことくらい。でもね、一度魂が壊れかかった身としては「魂」関連のものだっていうだけで躊躇する理由にはなるんだよ。消滅は嫌だ。
ふう……少し落ち着こう。そしてもう勢いに任せてしまおう。三つくらい数字を数えてから。
せーの。さーん、にーい、いーち……
「『リアライゼーション』」
体の中を何かが流れていくのを感じた。初めは細く、だんだんと速く。流れ出す量が増すたびに付きだした右手に宿る光が強まり、やがて魔法陣を象り始める。うわ、なんだこれ。確かに自分では何もしてないから楽に発動はできているんだけど無理やり動かされてる感が酷い。というか気持ち悪い。全身の血を他人の心臓に任せたらこうなるだろうか、拍動と血流があってないような違和感。
え、これ正常だよね。魂壊れかけたせいじゃないよね!?
俺がじわじわとくる違和感と沸き上がった懸念に翻弄されている間も魔法陣は勝手に動き続ける。最終的に三層になったそれは無駄に神々しいエフェクトを撒き散らしながらプレートを形作っていく。……普通ならこの光景を見て魔法すげーって子どもたちに思わせるんだろうけど、今はもう早く終わって欲しい気持ちでいっぱいだ。まだーっ?
俺の思いが通じたのか、一気に魔法陣は収縮し完成したプレートがゆっくりと手の中に降りてきた。
どうやら初めての魔法は何の問題もなく成功したようだ。
「つ、疲れた……」
思わず声が漏れる。さっきは初魔法の緊張で意識しなかったが声も変わっているようだ。どこか聞き覚えのある高めの涼やかな声。容姿が変わっている以上当然かと疑問には思わなかった。
落ち着いて確認してみても身体的には何も問題ない……魔力がちょっと減ったんだろうか? そんな感じだけど精神的にはもうぼろぼろだった。この魔法を使ったあとにここまで消耗したのは俺くらいだろう。
まあ何はともあれ。
「思ったより綺麗だな」
手の中にあるプレートを見る。スマホくらいの大きさ厚さだ。軽く叩いてみると澄んだ綺麗な音がした。色は基本的に白金色だがカバーのように黒水晶みたいなのが覆っている。素直に宝石のようで綺麗だと思った。
ちなみにこのプレート、出しっぱなしが基本らしい。自分の情報は逐次更新されるし身分証明としても使えるからだ。特別頑丈というわけでもないので壊れはするが、その時はまた「リアライゼーション」を使えばいい。何より大きいのは必要な時にいちいちあの派手な魔法陣を見るのは手間だということだけど。
魂の情報を具現化するなんて魔法なんだしあのくらいの魔法陣は必要なのかもしれない。
「て、あれ……?」
綺麗だなーなんてぼんやり眺めてたけど肝心の情報が書かれてない。あれ? 慌てて裏返してみたりするものの何も書かれてない。……やっぱり何か失敗してたのか?
と思ったところで側面にあるボタンに気がついた。どことなく電源ボタンのようにも見える。
「…………」
とりあえず押してみた。
ブォン、と鈍い音がしてプレートの表面が淡く光る。そこに文字が浮かび上がった。
『使い方を説明します。画面をスクロ-ルさせてください』
…………。
「なんか思ってたのと違う……」
裏切られた気分がする。画面の表示に従って操作すればするほどファンタジー感が薄れていく。これスマホだ、操作方法が一緒だもの間違いない。機能は自分の情報表示しかないけど。
あれだけ派手な魔法陣描いておいて出てきたのがこれとか、詐欺だよ。
釈然としない気持ちを抱えたままようやく情報画面まで辿り着く。ちなみに今までは表示言語の設定をしてた。エルフ語とか竜語とかファンタジー感満載のやつに紛れ込むように地球語もあった。これは俺が地球から来た影響だよね、この世界の人にも表示される選択肢じゃないよね? というか「地球語」って日本語で書かれてたんだけど日本語って地球語なの? 最近納得できないことばっかりだ……。
表示言語は地球語にしてやったけどさ。慣れ親しんだ文字がいいよね、やっぱり。
さてさて、ずいぶんと引き延ばした感が否めないけどようやく当初の目的である情報の確認ができそうだ。
さあ、その正体を俺の前に晒すのだ!
―――リアライゼーション:情報開示―――
名前:ヤクモ
性別:女 年齢:15
種族:天狐族
ブツッ。
……思わず途中で電源を切ってしまった。予想外のことが続いてるからってそれに慣れるわけじゃない。
視線を自分の体に落とす。どうやら俺はだいぶ浮かれていたらしい。そうだよね、いくら魔法の響きに憧れて使ってみたくなったからって自分の五感を使った調査も必要だよ。むしろそれこそが真に信じるべきものだ。……先に確認してたらショックも少なかったかもしれないのに。
少し見ただけで分かる大きさの、二つの山が体に付いている。
いやいやいやいや待って、ちょっと待って!
これは完全に予想外だ、なんでこんなことに!
確かに種族変えるか聞かれたときに性別には言及しなかったけども。これはありなのか!?
触る勇気は持てないので鏡……顔とか体とか映せるものを探す。都合のいいことに近くに泉があった。
駆け寄って膝をついて水面に顔を映す。
「――――!」
映ったのは見覚えのない顔……ではなかった。
腰まで届く柔らかそうなプラチナブロンドの髪。瞳は神々しさを感じる黄金色。頭の上には三角形の狐耳がぴんと立っている。全体的に柔らかそうな印象を受ける――
白い空間で会った女神様と同じ顔だった。
――いったいどういうことだ?
壊れかけの俺を助けるために自分を犠牲にした? まさか、そんな雰囲気はまるでなかった。神様だからそのくらい隠し通せると言われても驚かないけどこれは違う気がする。
思い出せ、何か推測できるものがあるんじゃないか? 女神様は何か言っていなかったか?
『……少しあなたの身体お借りします』『お身体返します、あまり無茶はしないよう』
しん、とした気持ちになった。なんだかひどく混乱したけれども結局は単純にそういうことらしい。
女神様が俺に身体を渡したのではなく、俺から身体を借りた。
――つまりはこの狐耳の美少女は、紛れもなく俺の身体だということである。
「俺の女神様は……俺自身だったと」
もう散々な気分だ。
泉の縁でこてんと横になる。
もう何回目か分からないけど言わせてもらう。
上げに上げた幸運値、ちゃんと機能してる?
これにて序章は終了です。
これからは更新の間隔空きそうです。
いつになるかは確約できないので言いません。
感想お待ちしてます。