53 もう十分
ぎりぎり12月。……いやこんな時期になってしまってごめんなさい。
簡易的人物紹介
【ヤクモ】
主人公。クラスごと勇者召喚されたけど転移事故に巻き込まれて紆余曲折あったのち、白髪狐耳尻尾付き女の子にTSしてしまった。今は幼馴染との合流を目指しつつ、偶然出会った少女の手助けをするため街にとどまっている。義理の兄姉がいっぱいいるが、みんな神族。
【カグヤ】
ヤクモが契約した熾天使。強い。普段はヤクモの姉設定で狐耳尻尾の少女に擬態している。無口無表情がデフォ。
【ルシア】
ヤクモたちが偶然出会った少女。貴族であるが親から見放された状態なので孤児院暮らし。ヤクモより年下だけど背はヤクモより高い。
前回のあらすじ:正体不明の存在にちょっかいを出されているが、対応は神様たちがすることに。ヤクモ達はひとまず予定通り孤児院へ向かう。
目が覚めた。
太陽もまだ昇らない早朝でも、カグヤがその天使としてのスキルで灯した聖炎のおかげで周囲を確認できる程度には明るい。それでいて眠るときには邪魔にならず、体力魔力の回復も早くなるという至れり尽くせりな一室だ。
……宿屋の主人に了解は取ってない、違法改造だけど。出ていくときにはちゃんと元に戻していかなきゃ。戻るよね?
まあ、仮に直らなくても悪影響なんて何もないけどさ。
「…………」
溜息を漏らす。至上の部屋で寝起きしているにも関わらず、今日の目覚めは良くないものだった。はっきり覚えてはいないけど、夢の中で散々にからかわれたような気がする。夜雲の顔をした“彼”とふたりきり、混沌の海で溺れていた。
単なる夢なのか、何か意味があるものだったのか、……本当は夢ではなかったのか、何も分からない。ただ少なくとも、朝から気分は落ち込んでいた。
「……ヤクモ? 今日は早起き。珍しい」
「んー、そだね。たまにはこんな日もあるよ」
すぐに起きだしてきたカグヤから顔を隠すように立ち上がり、部屋の窓を開ける。いつのまにか昇り始めていた太陽が光を差し込み、部屋を明るく照らしていった。
窓に背を向け、わたしは言う。
「今日もいい天気だよ。きっといい日になるね」
笑う門には福来る。
今日はまだはじまったばかり、さっそく外出の準備をするとしよう。
● ● ●
いちおうギルドを覗いてみたけれど、孤児院の手伝い依頼はなかった。
そこまで余裕がある場所にも見えなかったし、常設の依頼ではないんだろう。……旅費を稼ぐために冒険者をやっている身としては報酬のもらえる仕事をするべきなんだろうけど、まあ依頼以外にもわたしたちには稼ぐ手段たくさんあるし、あくせくすることもないよね。
余裕、大事。カグヤも何も言わないし。
昨日ぶりの孤児院の門は、あいかわらず威圧的な存在感でわたしを圧倒していた。
「やっぱりこの威圧的な存在感は孤児院の門じゃないよね」
「ん。同意する」
孤児院として作られた施設じゃないからしかたないのかもしれないけど、どうしてこんなところを孤児院にしようと思ったんだろうね。
犯罪者避けにはなるのかもだけど。鍵も頑丈そうだし。
「まずは門を開けてもらわないと…………あれ?」
人を呼ぶために声を上げる前に、内側から門が開いた。
「…………」
門の向こう側にいたのは狼のような獣耳のついた少女だった。色の抜けたような灰色の癖毛が特徴的で、茫洋とした目でこちらを見つめていた。
「……入って」
突然の登場に思わず固まっていると、少女のほうから話しかけてきた。いや、話しかけてきたというよりは言葉を零したといった風で、|獣耳がなければ〈耳が悪ければ〉聞こえなかったかもしれない。だけど、わたしたちが入ってきやすいように門をさらに開いてくれる心配りはあった。
じっと見てくる幼女にはそんな気はないのだろうけど、なんとなく急かされてるような気がして、心持ち速足で門を抜ける。
わたしたちの後ろで、静かに門が閉められた。
「えっと、ありがとね。開けてくれて……」
お礼を言えば少女はこくんと頷いて、わたしの腕を引っ張ったかと思うと首筋に顔を近づけてすんすんと…………ってにおい嗅がれてるっ!?
あまりに自然な動きに反応が遅れ、驚きを表に出す前に少女はカグヤによって引き離されていた。
「いきなりなにしてる」
呆れた表情のカグヤに襟を引っ張られ、首が締まっているはずだけど、少女はどこかやり切った雰囲気を醸し出しているように見える。
そんなもう終わったみたいにされてもこまるんだけど、説明とか……ないの?
「……満足した。あなたたちは素敵な匂いをしてるね」
うん。体臭の話をしてるんだったらなんか恥ずかしいけど、褒められたのは素直に受け取るよ。女の子は甘い匂いがするっていうしね。自分がそうなっても、しっかり嗅いだことなんてないから真偽は分からないけど。
それで、何か説明は?
「知らない匂いのあなたに、教えてあげる」
待って。そんな真面目な雰囲気出されてもついていけない。いきなり同年代くらいの女の子に密着されて匂いを嗅がれるなんていう初体験に内心めっちゃくちゃ動揺してるんだけど!
「もう十分集まったし、貯まったから……たぶん今日だと思うの」
気がつけば少女はカグヤの手から離れ、わたしたちに向き合うように立っていた。
「わたしは何もする気ないけど、あなたは応援する」
言うだけ言うと、そのまま少女はすたすたと歩いて行ってしまう。声をかけようにもなぜかそんな気にならない絶妙なタイミングの退場だった。
「……なんだったんだろ」
なんか変な汗かいちゃったんだけど。
「わからない」
なんというか、見た目は大人しそうというか、ちょっと影が薄いような雰囲気だったのに、行動のせいで完全に記憶に焼き付いてしまった。いつもあんな感じなんだろうか。
「おそらく。昨日わたしもいきなり嗅がれた」
……言われてみれば、見た気がする、かな?
● ● ●
院内に入れば歓声を持って迎え入れられた。
「こんな早くから来てくれたんですか!?」
群がってきた子どもたちをかきわけ、慌てた様子で駆け寄ってくるルシアに緩く手を振って返す。
「依頼も出してないのに……わたしはてっきり、依頼をこなした後の夕方とかにちょっと顔を出してもらえる程度かと思ってました」
「あー、まあほら。わたしたちはちょっと余裕はあるから……」
普通ならお金稼ぎをするべきだよね、日銭がないと生きていけないし。ルシアとはまだ出会ってすぐの仲だし。
でもここでお金を優先するのはわたし的にはなしだ。事故とはいえ幼馴染たちと何も言えず離れ離れになってしまった以上、せめて合流したときに笑って話せる事件にしないといけないと思う。
……サボってるみたいに感じてしまって後ろめたいとかそういうことはないよ?
言い訳じゃないから。
「その、ありがたいのは本当なんですけど。わたしも孤児院での役割とかあるので、今から抜けるのはちょっと」
「…………」
申し訳なさそうに言うルシアに何も言えない。
よく考えればその通りである。むしろ今までなんで思いつかなかった。昨日のせいか。いやでもあれは、あの日仕事休み組が中心で、カラジャスさんが来るからと休み組を増やしているって話を聞いてたはずなのに……。
「い、いやいや。せっかく来たからね、報酬がなくても手伝いするよ? そのつもりで来たとも」
「……ん。頑張る」
「……すみません。ありがとうございます」
頑張ってごまかそうとしたけど、完全に声が震えていた。とっさに合わせてくれたカグヤも反応が遅れたし。目を逸らして返答するルシアの態度からもう欠片もごまかせてないことは明白だった。
気まずい空気が流れる。
「ヤクねえとカグねえも手伝ってくれるの? だったらね、今裏の畑仕事に人が必要なの」
「広い畑なんだよ!」
「力仕事だから僕たちだけじゃ辛くてー」
わたしよりだいぶ背の低い子どもたちに手を引かれて庭に連れていかれた。
あー! ここの子どもたちのフォロー力が高すぎるよぉ!
● ● ●
――ひゅるりと風が髪を揺らした。
冷たい風に身を震わせる。空を見れば遠くのほうから灰色の雲が流れてくるのが見えた。
子ども特有の甲高い騒ぎ声の向こうから、小さくベルの音が響いてきた。
「門のとこにあった呼び鈴かな? こんな音が鳴るんだね」
どうやら来客らしい。




