48 強化計画
遅くなって申し訳ないです。
前回のあらすじ:みんなで模擬戦。ルシアは強くなりたいそうです。
「強くなりたい、かぁ」
穏やかな風が吹く木陰。
ルシアの話を聞いていたわたしは、ただ繰り返すようにそう呟いた。
「うん。わたしが15歳になったときに、ヤクモみたいに強くなりたい」
「目標はわたしなのか」
年齢も近いし、戦闘力は確実にルシア以上のわたしなら目標として妥当なのかもしれないけど。
……達成は、なかなか難しいような。わたしはステータスだけ見たらかなり強いし。
ステータスだけ見たら。
実際は経験不足なうえ、カグヤに攻撃を当てることもできずついさっきもカラジャスさんに負けたばかりだという……。
思い返すように天を仰いで、浮かんだ疑問をそのまま口に出した。
「目標になるほどにわたしは強いかな?」
わたしの言葉が意外だったのか、ルシアはきょとんとして、不思議そうな顔。
「Bランクと接戦して、そこそこ訓練してるわたし達を完封したんだから十分強いと思う」
「んー、たしかにそう見たら強いんだろうけどさ」
数値上の能力とのギャップが、わたしが強いという認識をもたせない。
ふとした時に思い出してしまうこの体への違和感も含め、高スペックな「身体」に対して、操る側の「わたし」という本質があまりに力不足――弱いのだということもできる気がする。
それにそもそも。
「主観的には置いといて、客観的にわたしを『強い』って言えるのは戦闘力くらいだし。ルシアが求めてる『強さ』はそれだけじゃないよね?」
彼女に「強くなりたい」と決意させてるのは、何もできなかった過去への反省と……自分は貴族の娘であるという自負だと思う。仮にわたしを目標にして戦闘力を挙げたとしても、ルシアの目的は半分以下しか達成されない。
「誰かに頼りっぱなしのわたしじゃ、一人でも頑張ってるルシアの目標にはふさわしくないんじゃ……」
きっともっと目標になる人たちがいるはず。
「わたしはそうは思わないけど」
自分なりに自分のことを考えての自己否定は、思いがけずルシアに遮られた。
「ヤクモは誰かに頼ってるっていうより、周りが甘やかしてくれてるっていうのが正しい」
「……その二つは、あんまり変わらない気が」
それじゃ結局自分では何もしてないよ。
「それでもさ、ヤクモは甘え方っていえばいいのかな? どこまで頼ってどこから自分でやるべきなのか、ちゃんと理解してる風に見える」
昔のわたしは際限なく甘えてたから、そういうの結構敏感なんだ、なんて呟いてルシアは恥ずかしそうに頬を掻いた。
ルシアの言葉には、否定も肯定もできない。自覚があってやってることじゃないし。
ただ、ルシアの純粋に尊敬するような目が、その無自覚と相まって随分とくすぐったかった。
「そういう人にはきっと、いろんな人が力を貸してくれる。人の上に立つのは無理かもしれないけど、人の中心にはいることができる。そしてそういうのも、領主とか貴族の資質だと思うんだ」
力強く語るルシアの様子が、なぜだか直視できなくて、思わず目線を反らした。
褒められてるんだろうし、それはとても嬉しいんだけどね。……恥ずかしさからか頬が熱い気がする。
そうか、これが褒め殺しというものか。
「……なんて、年下が生意気でしたかね?」
語り口がだんだん強くなっているのに気づいたのか、はたまたわたしの恥ずかしさがうつったのか、困ったような顔で笑う彼女の顔は少し赤い。
お互いに曖昧な表情で笑いあう……きっとはたから何をしてるのか分からない、謎空間になってることだろう。
とりあえず、気にしないと首を振ってから、小さく深呼吸した。
「えっと、まあ、そんな訳で、ひとまず目標は成人までにヤクモくらい強くなることです。お姉ちゃんは確実に人の上に立つカリスマ性があったけど、わたしにはないだろうし、そういう意味でもヤクモを目標にしたい」
「んーと、えー……光栄です? 頑張ってください……は、なんか違うか……」
まだなんとなくぎこちなさは抜けないものの、ひとまず話は元に戻った。
強くなりたいというルシアの様子は真剣ではあるけど、切羽詰まった感じや焦った感じは受けないから、きっと無理はしないでコツコツと目標に向けて頑張っていくんだろう。そういう地道なのは苦手だから、素直にすごいと称賛できる。
これなら別に、わざわざ聞き出す必要はなかったかな。
とはいえ、聞いた以上、そのまま去るなんてことはしないけど。
「わたしたちはさ、行くところがあるからこの街にずっといるわけじゃない」
立ち上がってルシアの正面に移動する。つられて視線を上げるルシアに微笑みながら、手を伸ばした。
「だけど、この街にいる間だけでもよかったら、いろいろと教えようか?」
わたしは教えるのうまくないし、ルシアが求めてるものをどう伝えればいいのか見当もつかない。けどそれでも教えられることはあるだろうし、目標になっているわたしが近くにいることもきっといい影響になるに違いない。二歳差とはいえ人生の先輩として言えることもあるはず。
それに手伝いたいと思うくらいには、ルシアのこと好ましく思ってるし。
一緒に入れたらきっと楽しい。
そんなことを、目を丸くするルシアに提案した。
「今なら師匠役としてカグヤもついてくるよ! ちょっと……いやかなり厳しいけどカグヤ以上の師匠はなかなかいないよ」
まあカグヤが嫌がったらこの提案はなしだけど。
なんだかんだこの孤児院気に入ってるみたいだから、反対はしなさそうな気がする。
「それは、なんだか二人にわる……」
「――ね、いいかなカグヤ?」
「ん。それがヤクモの願いなら。手伝う」
突然の展開についていけないのか、遠慮しそうな気配がしたので、出鼻をくじくようにカグヤに話しかける。いつのまにか気配を消して近づいてきていたんだけど【空覚】のおかげで気づくことができた。いきなり話しかけられたにもかかわらず動揺のかけらも見せないカグヤにはなんとなく不満だけど、代わりにルシアが飛び上がるほど驚いてるから良しとしよう。
驚かすといえば、蒼華や紅樹にドッキリを仕掛けても、もう手の内がばれてるのかまるで驚かないんだよね。
……そう考えると、単に天使の能力的な問題かもしれないけど、もうカグヤは二人と同レベルでわたしのことを分かってるって風にもとれるかもしれない。
まだ出会ってからそう経ってないんだけどな、そんなにわたしって分かりやすいのかな。
閑話休題。
「わたしもカグヤも歓迎するけど、どうかな? ルシア」
わたわたと動揺するルシアに畳みかける。
ルシアはいくらか逡巡するように瞳を揺らした後、おずおずとわたしの手を取った。
「よ、よろしくお願いします」
「うん! こっちこそ改めてよろしくね」
手を握り返して軽く振り回すと、若干呆れたような、困ったようなものではあったけれど、ふんわりと微笑んでくれた。
● ● ●
時刻はすでに夕暮れ。
刻々と沈む太陽が、長かった一日を早く終わらせようと焦っているように思えた。
孤児院の手伝いという今日の依頼には、夜は含まれていないので今回はこれでおしまい。
名残惜し気に引き留めようとする子どもたちによる怒涛の攻撃を耐え、こころなしか赤めの顔をしたフィン君に再来を望まれ、軽く微笑んで手を振るルシアに同じように振り返しながら、孤児院を後にした。
もう後は宿に帰るだけだと思うと、子どもたちじゃないけどもう少し今日が長く続いてもいいのになんて思える程度には楽しい一日だった。
「今日も一日おつかれさまでしたって感じだね」
「ん」
「……そうだな、予想してたよりちょっとばかしイベントが多かった気もするが、ちみっこどもは楽しそうだったしな」
充実した一日と、それが終わることへの少しの寂しさを言葉に乗せると、隣のカグヤからだけじゃなく、少し前を歩くカラジャスさんからも返事があった。表情はわたしの位置からは見えないけど、声音はどことなく疲れたようで今にも溜息を吐きそうな雰囲気だ。
一日中子どもたちの相手してたらそりゃ疲れるか。わたし達は楽なほうの仕事を任されてたみたいだけど、それでも結構体力気力を消耗したし。
それに今もこうしてついてきてくれてる。
カラジャスさんの家はわたし達の宿とは違う方向らしいけど「もう遅いから送っていく」なんて言って宿までついてきてくれることになった。彼から見たらわたし達なんて小娘だろうし、頼りなく感じられるのもしかたないかもしれないけど、まだ夕日も沈み切ってないし疲れてるなら無理してついてこなくてもよかったのに。
まぁ、どんな理由を並べたとしてもカラジャスさんはついてきただろうけどね。これはきっと男子の矜持というやつ。
うんうん、大丈夫。分かってる。男は女の前で弱いところは見せられないよね。
だからわたしは、思っても口には出しません。
「なんか間違った解釈をされてる気もするが……まあいいか、ほら着いたぞ」
おっと。
考え事をしながら歩いてるうちに、いつのまにか宿まで辿りついていたらしい。
宿の中からは夕食の匂いか、いい香りが漂ってきている。
「送ってくれてありがとうございました」
「ありがと」
「いや、今日はこっちも世話に……あぁ、世話になったしな」
…………今なんで一度言い淀んだの。
そりゃ全部完璧にこなしたとは言えないけど、わりとうまくやれてたと思うんだけど。
少なくとも最後に挨拶した院長先生は褒めてくれたぞ。
なんとなく納得がいかなくてじとっとした目で見つめると、誤魔化すように頭を掻いたカラジャスさんは別れの言葉もおざなりに、そのまま去っていった。
むぅ。
……まぁいいや。次会ったときに覚えてたら問いただそう。
それより今はすることがあるし。
「とりあえず晩御飯を食べて、それからみんなで会議しなきゃ」
「……会議?」
あれ、カグヤに首を傾げられた。
「ほら、明日のために決めることが」
カグヤは不思議そうな顔のまま。
おかしいな、カグヤも手伝ってくれるって言ったはずなのに。
「ルシアが強くなりたいって言ってたでしょ? だから……」
「……もしかして」
ようやく思い当たったのか、カグヤがぼそりと呟いた。
よかった、わたし一人じゃできることにも限界があるからね。
一応ルシアには「わたしは教えるの下手だし、できる範囲で~」なんて予防線張ったけど、やっぱりやるからにはしっかりしなきゃと思うんだよ。
目標に向かって頑張るルシアを、わたしはもっと効果的に応援したい。
だからそのためにどうすればいいのか……手伝ってくれるって言ったカグヤはもちろん、アーシュやノルン、まだ見ぬ兄姉達も含めて、今わたしが話を聞けるみんなで会議して考えよう。
「――名付けて、ルシア強化計画だよ!」
全てはスケジュール管理と体調管理ができなかった作者が悪いんです。
次はなるべく早く上げます(というふうに自分を追い込まないとまたしでかしそう)。




