47 抱える事情
……お久しぶりです、みなさん。
何はともあれ、まずは――
――こんなに長い期間待たせて大変申し訳ありませんでしたっ!
言い訳はたくさんありますが、こんなに待たせたうえで前書きで時間をとるのもどうかと思うので、長めのあらすじの後すぐ本編に移りたいと思います。
今までのあらすじ:
勇者召喚のボーナスに幸運を選んだヤクモはその影響で世界をたらい回しされることになり、最終的に強力なスキルを多数備えた狐耳美少女の姿になってしまう。そのごたごたで仲良くなった神様と異世界への準備(+α)を済ませ、先に召喚されている幼馴染の双子を探して旅に出ることに。
途中で仲間になった天使と姉妹設定で最初の街に着いたヤクモは旅の資金を稼ぐため冒険者として活動を始める。
世話になった先輩冒険者に誘われて孤児院の手伝いをすることになった二人は四苦八苦しながらも依頼を進めるのであった。
それでは、更新再開です。
期待の視線が突き刺さる。
年下とはいえ、小柄になってしまったわたしと比べるとすでにわたしを越えている身長の人たちも結構混ざってるからなかなか威圧感があった。
ごめんなさい。
そんな目で見られてもわたしの戦闘技術はこの世界に来てからの後付けで、しかもまともな指導を受けたのはここ数日だけ(しかも教官は天使)なので、あなたたちに指導できるような実力はないんです。見逃してください。
というか、カラジャスさんもひどいと思う。
冒険者に向いてないだなんて否定しておきながら、ある程度は戦えるみたいだからって指導役にしてしまうなんて、鬼畜の所業だと思う。
いやまあ、わたしとカラジャスさんの模擬戦を見てた人たちが、わたしにも教えてほしい! みたいな目をしてたせいなんだろうけどさあ。そこはほら、わたしの精神状態を考えて自然にフェードアウトさせるとかしてくれてもいいと思うんだ。
いまさら断れないけど、……なんだかさっきもこんな感じで模擬戦させられた気がする。成長しないなわたし。
「最初に言っておくけど、わたし教えるのうまくないからね。あなたたちのためになるとは限らないよ?」
一応最後の悪あがきとして警告を発してみるけど効果はなく、むしろ望むところだ! みたいな雰囲気になってしまった。なんだろう、技は見て盗むものとでもいうつもりかな。なんてことだ。
気合の入った声を上げる人たちを見て、わたしは内心溜息を吐きたい気持ちでいっぱいだった。
● ● ●
わたしにも分かる問題点を指摘しながら五人くらい連続で相手してみた。
さすがにBランクに鍛えられてるからといってみんながみんなそんな高レベルのわけはなく、若干落ち込み気味のわたしでも軽くあしらえるくらいの強さだった。
よく見ればわたしのところに集まってるのは、わたしのふんわりした指導でもなんとなく理解できるくらいの比較的高年齢(とはいっても15前後だろうけど)の人たちで、ずば抜けて強そうなのはいないから、問題なく指導を完遂できそうだ。
ちなみに低年齢の子たちはカラジャスさんが基礎を教えている。たぶん意図的な配置だろう、カラジャスさんの仕業に違いない。低年齢の子がわたしに流れてもうまく教えられたとは思えないのでありがたいといえばありがたいんだけど、そんな配慮ができるならそもそも指導役にしてほしくなかった。
そんなふうに表面上余裕を見せながらも内心ではぐちぐち文句を言っていると、次に前に出てきたのは金髪碧眼の少女。木剣と訓練用の防具を付けたルシアだった。
「ヤクモ、強いんだね」
「……まぁ、ね」
「わたしの相手も、お願いできるかな」
正直、ルシアが出てくるのは意外だった。
このわたし相手の模擬戦は別に強制されてるわけじゃなくて希望者が参加する形になってる。実際模擬戦に参加しないで自主練をしてたり、見学してたりする人たちも一定数いる。ルシアが訓練に参加してるのは知ってたけど、積極的に訓練するほどだとは思わなかった。
わたしが言えたことじゃないかもしれないけど、お人形みたいに整った容姿のルシアにボロボロの訓練用防具はまるで似合わず、まったく戦えるようには見えなかった。
とはいえ、だからといって模擬戦を拒否したりはしない。
やりたいことがあって、それができる状況があるなら、ためらいなくやるべきだ。
挑戦的な光を目に宿してわたしを見てくるルシアに、わたしも木剣を構えて対応する。
「もちろん、受けて立つよ」
「ありがと。胸を借りるつもりでいくね!」
木剣を構えるルシアの姿は思ったより堂に入っていて、さっそく戦えそうに見えないという評価を覆さなきゃいけないようだった。
ルシアの鋭い振り下ろしをステップで避けて、警戒度を一段階上げる。
……気を抜いたら当てられそうだね。
まあ、当たるつもりなんてないけど!
攻撃を外した隙を突くように、今度はわたしから踏み込んだ。
● ● ●
息も絶え絶えの少年少女たちの中心にわたしは立っていた。
ふっ、わたしの勝ちだね。……やりすぎたかな。
乗り気じゃなかったのもあってここまでする予定はなかったんだけど、なんだかやってるうちに楽しくなってきちゃって、つい激しくしてしまった。
乗りやすい性格も改善するべきだろうか。
「ヤクねえ、終わった?」
「そうだね。終わりだろうね」
ひとまずこれからどうするべきかな、と悩むわたしに話しかけてきたのは、歌を教えてほしいと頼んできた少女。周りには同じ年頃の子たちがたくさんいて……ん? この子たちって確か、カグヤに押しつ……預けてきた子たちだったような……。
「ヤクモ」
「ぴっ」
背後というより死角から、どこか冷たい声が届けられる。いや実際には声のトーン的には普段と違いはないから受け取り手の心次第というやつだと思う、たぶん。
恐る恐る振り向けば、いつも通り無表情のカグヤがわたしを見ていた。
「楽しかった?」
「え、いや…………たのしかったです」
なぜか冷たくなる背筋に反射的に誤魔化そうという考えが浮かんだけれど、静かでありながら暴力的な圧力を発する目に負けて正直に告白する。
最初はともかく、後半はいくらか……いやかなり楽しんでいた部分があるのは否定できない。
「ん。それはよかった」
「……えへへ……」
「ふふ」
……やばいなぁ、冷や汗が止まらないよ。
カグヤはただ笑ってるだけなのにね、おかしいね。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
「……ほんとに?」
「怒ってはない」
そっかぁ、怒って「は」ないんだね、怒っては。
「押し付けてごめんなさい」
頭を下げて謝ると、おもむろに近づいてきたカグヤにぎゅっと抱きしめられた。ふわりとした抱擁の感覚はくすぐったく、突然だったこともあってはっきりと分かるほど大きく心臓が跳ねる。なんとなく甘い匂いが……って何考えてるんだろ。
な、なんか恥ずかしい。
振りほどくこともできず固まっていると、しばらくしてやり切ったような顔をしたカグヤが体を離した。
「ん。満足した」
「そ、そう」
先ほどまでとは打って変わって微笑みまで見せるカグヤは上機嫌そうだ。これ以上この件で何か言われることはないだろう。ただ影響は大きいというか、……こころなしか顔が熱い。
両手で頬をこすってみたら、少し落ち着いた気がした。
「そっちも終わったみたいだな」
こちら側が静かになったのに気付いたのか、タオルを首にかけたカラジャスさんが近づいてくる。彼越しに向こうを見ると、指導を受けていた生徒たちが座り込んで息を整えているので今日の分は終わったんだろう。わたしのほうは全員体力切れで強制ダウンみたいなものだけど、これ以上やろうとは思ってないから実質終わりみたいなものだ。
肯定の意を込めてカラジャスさんに軽く頷いておく。
「ちょうどいいタイミングだな……っと、カグヤも来てたのか」
「ん。子どもたちも起きたから」
「なら、あいつらの訓練も少しはしねぇとな」
そう言うと、彼は子どもたちのほうに向かっていく。準備万端なことに子どもたちはすでに木剣をそれぞれ持っていて、すぐにでも訓練を始められる状態だった。
――あ、違うや、まずは体力作りからだってカラジャスさんに木剣を取り上げられてる。どうやら勇み足らしい。
「それにしても、さっきからずっと動き続けて、カラジャスさん疲れないのかな」
「……ヤクモがそれを言うの?」
指導役とはいえ、何人もの模擬戦の相手もしてたカラジャスさんを心配しての一言だったけど、ようやく息が整ってきたルシアに突っ込まれた。
まあ確かに、同じように何人もの相手をしてたわたしが言えることでもないか。
「はあ、結局手も足も出なかった……」
「んー。ルシアはかなり強かったよ」
この孤児院の中で言うなら一二を争うレベルだと思う。それぐらい洗練された、本気を感じられる剣術だった。ほかの子たちと気迫が違ったし。
「……まだまだだよ。仮にわたしが町の外に出たとして、魔物に勝てると思えないし」
「そう、かなぁ?」
わたしもまだそんなに戦った経験があるわけじゃないけど、ゴブリンとかのよく低級と言われるような魔物相手なら、余裕で勝てるくらいの実力はあるように思う。そうそう強力な魔物なんて出ないし、戦闘を生業にしないのなら今のレベルで十分だろう。
何か理由があるなら別だけど……これって、簡単に聞いちゃダメなやつな気がする。たぶんだけど、ルシアが伯爵令嬢なのに孤児院にいる事情にも関わってきそうだし。
……でも、聞かなきゃ何もできない。
付き合いは短いけど優しい人みたいだし、できればルシアの力になりたい。
「どうしてそんなに強くなりたいの?」
「…………」
口を閉ざして下を見るルシア。
やっぱり教えてくれないかな、まあ簡単に教えられるものでもないよね。
座っているルシアの隣に腰を下ろして、少し待ってみることにした。
日差しはだいぶ傾きかけて、伸びた木陰がわたしとルシアを覆っている。
カラジャスさんが子どもたちに魔法を教えてほしいとカグヤを呼んだ。
心配そうにわたしを見るカグヤに微笑んで頷くと、彼女は振り返りながらも移動していった。
「……魔法、教えられるんだ」
「カグヤはたいていなんでもできるよ。わたしに戦闘を教えてくれたのもカグヤだし」
「なんでも……」
呟いたルシアは、しばらく子どもたちに魔法を教えるカグヤを眺めていた。
それから、視線は変えないままおもむろにその唇を開いた。
「……少し前まで、わたしにもお姉ちゃんがいたんだ」
懐かしむような目で語る。
「なんでも、本当になんでもできて、みんな天才だって言ってた。わたしもそんなお姉ちゃんが誇らしくて大好きで、ずっとべったりくっついてた」
今思うと、ちょっと甘えすぎだったけど、なんて苦笑するルシアに、なんとなくその状況が思い浮かんで、わたしも小さく微笑んだ。
だけどルシアの表情はすぐ変わって、暗くなってしまう。
「みんなから愛されていたお姉ちゃんだけど、でも、運命には愛されなかったみたいで。
もう半年以上前になるかな、領主代理として領内を視察するためにお姉ちゃんが乗っていた馬車が魔物に襲われて、……そこで死んじゃったの」
こぶしがぎゅっと握られて、ルシアの瞳が滲みだす涙でうるんだ。
衛兵が救助しに行ったときにはもうすでに酷い状況だったそうだ。馬車の残骸が燃え盛り、乗っていたはずの使用人たちやルシアのお母さんもお姉ちゃんも含めて、誰が誰かも分からないようになっていたらしい。
「かなりの愛妻家だった父様は、それにかなりショックを受けて……少し壊れちゃって。領主としての仕事は最低限するんだけど、それ以外はみんな怪しい研究に費やして、研究費用を増やすために使用人をほとんどクビにして……残されたわたしは頼る相手も、庇護してくれる相手もいなくなって何もできなくなった」
貴族令嬢は令嬢であって貴族ではない。
親から見放されてしまえば、平民とほとんど変わらない。
「途方に暮れて街をさまよっていたところをカラジャスさんに拾ってもらわなかったら今頃どうなっていたか」
他人事のように呟くルシアだけど、実際にその『IF』が起きていたらかなり悲惨なことになっていたのは想像に難くない。実際わたしがルシアと初めて会ったときも、男たちに殴られていた。善悪に関わらず貴族というものに拒否反応を示す人たちは少なくないのだ。
狙われる可能性の大きさに対して、今のルシアを守ってくれるものはほとんどない。
「ここに来て、少し落ち着いて、考えたの。わたしが、お姉ちゃんに甘えっぱなし、頼りっぱなしじゃなかったら。もっと自分の力で何とかできる存在だったら。……もう少し、良い現状だったんじゃないかって」
零れそうだった涙を拭いて、ルシアは力強い瞳でわたしを見た。
覚悟と決意の目だった。
「だからわたしは、強くなりたい。魔物に負けない力があって、誰かを支えられるくらい立派な心を持って、答えの見えない状況で前を向いて歩けるような、強さがほしい」
自分で自分に言い聞かせるように、ルシアは呟いた。
――誰かに頼らず生きていけるようになりたい。




