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詰め込みすぎた幸運が混沌としてる。  作者: 夜彦
第四章 未熟者達の調べ
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46 模擬戦

……遅くなってすみません。


前回のあらすじ:孤児たちに歌を教えた。

 お昼ご飯も食べ終わり午後。

 小さい子どもがたくさんいるとやっぱり騒がしく、あんまり落ち着いて食べられなかったけど、これはこれで楽しかったように思う。

 思ったより信用してもらえてるのか、孤児院の中でも特に小さい子たちを任されたわたしとカグヤは、請われるままに遊んだりお話ししたりしていた。


「……んだけど、これはなんとかしないとかなあ?」


「ヤクモ。これじゃ動けない」


 首を傾げながら困ったように呟いてみれば、小さな声でカグヤが助けを求めてきた。

 いやどっちかというと困惑しきっている、というのが正しいかな。


 床に足を伸ばして座っているカグヤの、両脇に二人ずつ、左膝に一人、尻尾を抱くようにして一人。子どもたちがすやすやと寝入っているのだ。


 かくいうわたしの腕の中にも一人眠っている。


 久しぶりのお客さんに興奮して、午前中を全力で過ごした子どもたちは、ほとんどが昼食後の眠気に負けてしまったらしい。


「どうすればいい?」


「どうすればって言われても……」


 あどけない寝顔を見るとそのままにしておいてやりたいけど、それだとカグヤは動けない。

 そっと動かせばいいんだろうか。

 起こしちゃいそうだな。


「というかそもそも、なんでそんなに群がられているんだか」


 なぜかカグヤは、無口無表情がデフォなくせに子ども人気が高いんだよね。

 群がられても本人も嫌がらないし。

 ……意外と子ども好きなのかな。


「ふーむ…………えい」


「え」


 抱えていた子どもを、空いていたカグヤの右膝に寝かせて、部屋の出口へと向かう。

 カグヤが驚いた顔でこっちを見ていたけど……。


「わたしにはどうしたらいいか分からないので、カグヤはそのまま待機!」


 動けなくても子どもたちを見張るくらいできるだろうし、眠ってるのを二人がかりで見張る必要もないだろう。それよりは他のところに行ったほうがいい気がする。はず。違いない。


 子どもたちが起きる前には戻ってくるようにしよう。



 去り際に見た、ぽかんと口を開けるカグヤがとても珍しかった。




 ● ● ●




「わあ……なにこれ」


 カグヤに押し付けて自由になったはいいけれど、だからといってふらふらしてるというのも難しい。

 仕事を探すため【空覚】を使ってたくさん人のいるところを探ってみたら、孤児院の裏に結構な人数が集まっていた。


「お? ヤクモか?」


 振り向いたカラジャスさんは、一心不乱に木剣を振る一団を見守るような位置にいて、わたしを見ると少し驚いたような顔をした。


「何か問題でもあったか?」


「あーいや……全員眠っちゃったからカグヤに任せて出てきた」


 眉を曇らせる彼に若干ばつの悪い気持ちになる。

 正直に告げると、一瞬呆けたような顔を見せたカラジャスさんは顔を苦笑の形に変えた。

 何か言いたげな様子をあえて無視して、他の話題に持っていく。


「そ、それよりも! 今何してるの? 何か手伝うことはない?」


 慌てたように口を開くと、カラジャスさんは苦笑を深めて、だけど特に質問以外のことには触れないで、率直に答えてくれた。

 ……なんだか、大人の対応ってのをされた気がする。


「今はしてんのはほら、戦闘訓練だよ。おまえらに任せたやつら以外のと、午前中で仕事終わって返ってきた年上のやつらと、後近所に住んでる希望者のな」


 改めて見てみると、一団は小学校高学年くらいからわたし以下くらいの子どもたちで構成されていて、見覚えのない顔が大半を占めていた。獣人種の子とかもわずかながらいる。わりと剣を振る姿が様になってるルシアやまだまだ武器に振り回されてるフィン君なんかも確認できた。

 地味にみんな強い。勇者ごっこでわたしを翻弄した技術はここで学んだものか。


「近所のやつも呼んでんのは、あれだ。院外との交流も大事に……って、院長がな」


「それで、これ?」


「俺も孤児院でやるイベントとしてはどっか違う気もするが、このご時世力はあったほうがいいだろ」


 そういうものかな。

 わたし的には戦闘以外のことを学んだほうが将来的にいいような気もするけど。

 でも日常的な脅威として魔物が存在する以上、訓練は必須、なのかな?

 うーん、異世界事情がいまいち実感できない。


「まあ、それはいいとして……。何してるのかは分かったけど、手伝うことはやっぱりない?」


 見た感じカラジャスさん一人で間に合ってる気がするから必要ないとは思うけど。

 そもそも細かな雑用とかなら別だけど、指導を任されてもわたしにはどうしようもないし。


「んー、そうだな……」


 予想通りというか、即答しないで考え込むカラジャスさん。

 【空覚】で探った感じ、ここ以外に人が集まってるところもないし、おとなしくカグヤのところに戻ろうかな。大丈夫だろうと判断した結果とはいえ、押しつけたのには変わりないし。


 一応寝起きの子たちの宥めかたを聞いてから戻ろうと、口を開きかけた瞬間、カラジャスさんがぽつりと聞いてきた。


「……カグヤは今小さいののとこか?」


「え、うん」


「ならおまえ今一人だな?」


「見ての通りだけど」


 分かりきったことも念を押すように聞いてくるカラジャスさんの様子はどこかおかしかった。

 明らかに訝しげな目を向けていたと思うけど、カラジャスさんはそれに反応することもなくおもむろに木剣を二振り手に取ると片方をわたしに向かって放り投げた。


 突然のことに慌てながらも思わず木剣を受け取ったわたしの向こうで、さっきまでのおかしな雰囲気はどこへやら、にやりと笑ったカラジャスさんが木剣を構えて言った。


「どうせだから一回、模擬戦しようぜ」




 ● ● ●




 状況に流されてるうちにいつのまにか戦う流れにされてしまった。

 周りで木剣を振ってた一団も今は立派な観客やじうまに早変わり。年下の期待したような瞳がじわじわとプレッシャーをかけてくる。

 ……これ逃げようがないね、もう。


 でも突然模擬戦なんてどういうつもりなんだろう。

 遠回しに「おまえも訓練に参加したらどうだ?」って言われてるってことかな。カラジャスさん、わたしのことかなり頼りなく思ってるし。今までの彼の前でのわたしを思い起こせばしかたないことではあるけど。


 でもある意味これはチャンスかも。

 訓練ならカグヤとしてるし、カラジャスさんのわたしへの評価を上げさせることができるかもしれない。

 うん、ちょっとやる気出てきた。


「よし、準備出来たんならこっちはいつでもいいぜ」


 向かい側のカラジャスさんは訓練用の防具を着けた状態で(当然わたしも孤児院のを借りて着けている)、軽く木剣を握った余裕の構え。

 隙だらけの姿であるわけだけど、きっと軽く訓練をつけてやるくらいの気持ちなんだろうな。

 見返してやる。


 模擬戦のルールはざっくりしたもので、はっきり言われたのは殺しかねない攻撃の禁止と魔法の禁止のみ。勝利条件も特になく、納得いくまで、といった感じ。

 始めの合図も審判もなし。だから始めるのは、カラジャスさんが言うようにわたしのタイミング。


 木剣を緩く構えてカラジャスさんをじっと見る。

 静かに静かに力を溜めていつでも飛び出せるようにして――。


 カラジャスさんが瞬きをした瞬間を狙って弾かれるように前に出る!


「……っ!」


 今のわたしの身体能力なら、瞬きの一瞬でカラジャスさんの目前に飛び出ることくらい簡単。

 目を瞠る彼にはわたしがいきなり目の前に現れたように見えるはず。

 その動揺を突いて、まず一撃を入れる!


 ガンッ!!


 威力よりも速さを重視したわたしの一撃は、しかし完全に防がれた。

 木製の剣からしたとは思えない重い衝撃音が辺りを揺らす。


「……ははっ。さすが獣人種、身体能力はピカイチだな」


 入ると思った攻撃を防がれて思わず目を見開くわたしに対し、カラジャスさんは薄い笑みを見せる。


 対応された。

 いくら経験の差があったとしても、油断した状態でさっきのをやられて対応できるとは思えない。

 仮に思わず体が動いたんだとしても、その後であんな風に笑えるだろうか。


 そもそもカラジャスさんの動きは、目を瞠ってさえいたけどちゃんと心構えが出来ている人の動き方に思えた。


 つまり……思ったよりカラジャスさんは、わたしのことを高く評価していた、ってことかな。


 余裕そうな雰囲気を出してはいたけど、その実何が起きても対応できるようにしていた、と。


「……どうした? それで終わりか?」


 あくまで余裕の笑みを崩さず挑発してくるカラジャスさんに、わたしも笑みで返した。


「まだまだ!」


 その言葉を証明するように、わたしは木剣を振りかぶって前に出た。




 ● ● ●




 もはや何度目かも分からない衝撃音。

 攻撃の失敗を悟って跳び退ると、カラジャスさんから疲れたような呆れたような声をかけられた。


「なあ……もういいんじゃね?」


「じゃあわたしの勝ち!」


「そういうわけにもなあ……冒険者のプライド的に」


 困ったように眉を潜めるカラジャスさんに、もう戦い始めた時のような笑みはない。


「そもそもおまえの攻撃は全部防ぐか避けられて、俺の攻撃は一度当たってんだし、勝敗は明らかだろ?」


「まだ勝負はついてないもん!」


 ぼやくように呟くカラジャスさんに大声で返す。


 だけどカラジャスさんの言ったことは紛れもなく事実なのだ。

 戦い始めてから大体三十分くらいかな、その間何度も何度もぶつかりあったわけだけど、正攻法だけじゃなくトリッキーだったりとか飛び跳ねてみたりとか格闘も混ぜてみたりとか、思いつくかぎりの方法を試してみたけどどれもぎりぎり当たらず、逆に長時間の戦闘で集中力を切らしてしまったわたしがカラジャスさんの突きを避けきれず当たってしまったのだ。


 でも当たったといっても掠ったようなもの………………いや、それすらもわたしはできてないんだけど。


 おかしいなあ。

 勢い余って酷いことになりそうだったからスキルの類は使ってないけどステータス上は明らかにわたしのほうが強いのにな。


「俺から誘っておいてあれだが、他のやつらの訓練もあるからおまえにかかりっきりってわけにもいかないんだよ。……まあ見てるだけでも収穫多そうな模擬戦だったからまだいいが」


「むぅ……」


 囲んでいる子どもたちのほうを見る。

 長い戦いではあったけど、子どもたちにとっては刺激的だったのかみんな食い入るようにこっちを見ていた。楽しそうではあるけれど、ただ、たしかに彼らのことも考えなきゃだめだろう。

 一応わたし年上だし……今さらではあるけれど。


「分かったよ……。負けたよ」


 負けず嫌いな心を無理やり飲み下して、カラジャスさんに降参を告げる。


「なら、これで終わりだな。正直終わってほっとしてるぜ。…………おまえも普通じゃねぇんだな」


 長く息を吐きながらカラジャスさんが零す。

 後半はかなり小声だったけど、高性能な狐耳は余さず拾ってきた。

 なんだか失礼なことを言われている気もするけど、反論するような気分じゃなかったからそのまま聞き流した。普通じゃない、のは確かだろうし。


 とりあえず借り物な防具を外した後で、ちょっと隅っこのほうにいって落ち込んでみる。いくらかオーバーリアクション気味だけど、悔しいのは事実。

 いまだカグヤにまともに一撃当てられないし、わたしってこんなものだったのかな。

 はあ……。


「あー、おいヤクモ。落ち込んでるのは分かったからちょっとこっち来い」


 ……正直、素直に言うこと聞く気分じゃなかったんだけど、わりと真剣な顔をしていたので渋々カラジャスさんの近くまで歩いていく。


「何?」


 わたしの明らかに不機嫌な様子を見て、カラジャスさんは「まあそうだろうなぁ」みたいな顔をしたけど、だからといってすぐに用件を話すことはなかった。

 数度ためらうように口元を振るわせて、悩むような素振りを見せて……それから意を決したようにはっきりと言った。


「ヤクモ、おまえやっぱ冒険者向いてないと思うぞ」




 

2017/4/29 模擬戦の時間変更(一時間→三十分)

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