45 音楽
前回のあらすじ:子どもたちと遊ぶ中、歌を披露することになった。
音楽スキル。
単純な名前であるが、むしろだからこそ最高峰のスキルだ。
取得条件は厳しく、具体的に言うと、〈歌唱〉、〈演奏〉、〈指揮〉、〈美声〉、〈感応〉その他もろもろ、音楽に関わりそうなスキル十種以上をLV10にまで上げること。
スキルのレベルを上げるのに、才能があってレベルと同じだけの年数がかかるなんて言われているこの世界で、ゼロから達成するのはかなり厳しい。実際、先天的に持っていた場合や森人族みたいな長命種くらいしか所持者はいない。
もちろんそんな条件に見合って効果は高く、ざっくり言うと「ありとあらゆる音楽的動作に多大な補正がかかる」だ。取得条件の音楽関連スキルは当然十種以上あるので、好きなものを十種極めたら他のスキルも無条件で使えるようになる、というわけ。〈音楽〉LV1=その他の音楽関連スキルLV10なので、もっと上も目指せるようになる。
つまり今のわたしは、スペックだけ見たら世界最高レベルの歌手。
この体になってから歌うのは初めてだから不安がないといったら嘘になるけど……。
日本にいた時は(あまりうまくなかったとはいえ)声楽部だったのだ。
たぶん今持ってるスキルの中で一番使いこなせるのはこれのはず。
若干緊張している心臓を、深呼吸で落ち着かせて。
息を吸い込んだ――。
● ● ●
「すごかったです! 感動した!!」
「ん。完璧」
「そ、そう? ならよかった」
歌い終わった後の静寂を破るような拍手が鳴り響く中、カグヤと、頬を上気させたルシアが近づいてきた。カグヤが珍しく満面の笑みを浮かべて、ルシアなんてかなり興奮したようすで、裏表なく賞賛してくるのをなんとなく恥ずかしく思いながら受け流す。
いや、だって。
今まで歌い終わった後にこんな拍手喝采みたいなシチュエーションになったことないし。
ちょっと、いやかなり感無量というか。
正直――気を抜くと叫び出しそうな気分だ。
今まで振り回されっぱなしだったけど、このスキルを手に入れられたことは素直に幸運だと思えるね!
「その、あの……。ぼ、僕も綺麗な歌声だって思いました」
ルシアから少し遅れてやってきたフィン君も褒めてくれた。
彼も興奮気味なのか顔が赤い。
「フィン君まで……。ありがとう」
次々に褒められる状況になんだかむずがゆいものを感じながらも、彼に笑顔でお礼を返す。
フィン君は一瞬びくっと肩を揺らして、その後咳き込むような勢いで……。
「え、えとそのもし――」
「おねえちゃんすごかったー!」
「こえがね、おどる感じ?」
「今まできいた中でいちばんすてきだったっ!!」
フィン君は、雪崩れ込んできた子どもたちに飲み込まれた。
何か言いかけていたような気もするけれど、もみくちゃにしてくる子どもたちが邪魔で相手ができない。
慕ってくれるのは嬉しいけど、これじゃ身動きがとれないよ。
あと、また尻尾引っ張られそうな気がする。
助けを求めてカグヤを見ると、こころなしか羨ましそうな顔でこっちを見ていた。
「か、カグヤー……」
みんな興奮状態なのかパワフルすぎる子どもたちに押されながらなんとか声を出すと、首を傾げたカグヤが不思議そうに聞いてきた。
「どうしたの」
「できればここから引っ張り出してもらえるとうれしいんだけど……」
一瞬きょとんとしたカグヤ。
ただ次の瞬間には、群がる子どもたちを掻き分け掻き分け、わたしをずるずると引っ張り出してくれた。
「あ、ありがとー」
「子ども苦手?」
「いや別にきらいではないけど」
あんな風に全方位からぐいぐいこられるのは初めてだったから動揺したというか。正直少し怖かった。
子ども自体は好きなほうだし、日本ではけっこう小さい子の相手とか任されるほうだったんだけど。
……よく考えたら日本で相手してたのって、ひねてるっていうか世間擦れしてるっていうか、子どもっぽくないのばっかりだった気がする。
誰だったろう「おまえのほうが精神年齢低いんじゃね?」って言ってきたのは。
ものがない異世界の子どもたちのほうがやっぱり純粋になるのかなぁ。
「あー! カグねぇがヤクねぇ独り占めしたー!」
「ずるい!」
「む?」
わたしを逃した子どもたちはカグヤに標的を移したのか、今度はカグヤに群がり始める。
激しく子どもたちに絡まれながら、カグヤは近くの一人を持ち上げると勢いよく放り投げた。
思わずわたしが目を剥く間に、投げられた子どもは悲鳴をあげながら……ふわふわした動きで着地した。
無事着地した子どもも何が起きたのか分からなかったようだけど、すぐに「なんだか不思議な体験した!」とばかりに笑顔を見せカグヤのところに戻っていった。
そうこうしてるうち、カグヤは二人目、三人目も同じように放り投げていく。
あー。
これ魔法だ。風属性かな? よく分からないけど。
メジャーな魔法の情報はだいたい教えられたわたしが知らないってことはけっこうマイナーな魔法なんだろうな。
悲鳴混じりの歓声があがり、その度に吸い込まれるように子どもたちがカグヤのところに移動していく。
ついにはわたしの周りには誰もいなくなってしまった。
カラジャスさんは少し距離をたもって見てるだけだし、ルシアは子どもたちの面倒をみてるし、フィン君も微妙にうちひしがれた顔をしながらもルシアの手伝いをしてる。
急に人気が上がったと思ったらすぐに消えてなくなった……。
いや、群がる子どもに怯えて距離をとったわたしのセリフではないかな。
でも、やっぱり寂しくは思ってしまうものだよね、他の人の周りには人がいるのに自分のところにはいないなんてさ。
世の無常を嘆きながら遠い目をしていると、くいっと袖が引っ張られた。
見ると、六歳くらいの大人しそうな女の子がわたしを見上げていた。
「どうしたの?」
しゃがんで、目線を合わせて聞いてみる。
「そのね、わたしに歌を教えてほしいの」
「え?」
「わたしも、お姉ちゃんみたいにきれいな歌を歌いたいなって」
恥ずかしそうにはにかむ女の子。
「歌を教える、かあ」
どうしよう、いちおう部活でやってたりネットで調べたりした練習方法は教えられるけど、それでわたしみたいに歌えるようになるかといったら疑問だ。さっきのはほぼスキル頼りだったし。
この子の要望に応えるなら、むしろスキルが上がりやすい方法を教えるべきだろうけど、真っ当に訓練して手に入れたスキルじゃないからわたしには教えられない。
……だけど、こんな風にかわいく頼んできてる子の頼みを無下に断るのもな。
あんなに楽しそうにしてるあっちに混ざらないでこっちにきてくれたんだし!
うーむ……ひとまず教えられる範囲で教えておいて、ダメなら――――【叡智の書庫】でスキルの上げ方でも調べてこようか。
「……分かった。教えてあげる」
「ほんと!? ありがとう!」
ぱあっと顔を明るくする女の子に笑顔を返す。
どこまでできるか分からないけれど、期待に添えるよう頑張ろうじゃないですか!
● ● ●
「――というわけで、第二回音楽講座を始めます!」
「「 わぁー!! 」」
わたしが上げた号令に勢いよく返す子どもたち。
うむうむ、年長組は残念ながらいないけど、思った以上に小さい子が釣れた。意外とみんな興味あったんだね。それか単に楽しそうに思えたのかも。
この世界の歌は軽く調べたから、その中から童謡を選んで教えることにしよう。
「あ? ヤクモ、おまえこんなとこでなにやってんだ」
とりあえず発声練習でもさせようかなーみたいに思ってたわたしの背後から、カラジャスさんが訝しげな声をかけてきた。
一瞬言葉に詰まるも、あえて気丈に返す。
「見て分かるでしょ? 歌を教えてるんだよ」
「他の年上の女性陣は今昼食の準備してるだろが」
「…………」
カラジャスさんの無遠慮な一言によってわたしは硬直した。
「……おまえ、もしかして料理できないのか?」
「し、失礼な。料理くらいできるよ! ……ただ、三枚目のお皿を割った時点で退場させられただけで」
「…………」
今度はカラジャスさんが黙ってしまった。
なんだかわたしを見る子どもたちの目も白いような気がする。
おかしいなあ。
幸運ほど極端ではないとはいえ器用さとかそういうのも少しは上がってるはずなんだけどな。
それなのにもう、ぱりぱりと割ってしまったね。
一応言い訳しておくと、料理自体は日本にいた頃から問題なくできる。
高校生になってからは双子とローテーションで食事当番を回してたんだし。
皿への盛りつけは双子がやったけど。おまえは皿に触るなって。
「いや、理由があるならいいんだ。さぼってるとかじゃなければ。……悪かったな」
謝らないで。
「……こほん。えーと、とりあえず発声練習でもしようか」
ばつの悪そうなカラジャスさんに背を向けて、子どもたちに指示を出す。
今の一連の会話はなかったことにしよう、そうしよう。
そうしよう?
子どもたちは一様に優しげな笑顔を浮かべながら、素直に指示に従ってくれた。
かなり空気読める子たちだね……泣きそう、いろんな意味で。
ちなみに発声練習の方法自体は歌い終わった直後の第一回音楽講座で教えてあるから特にわたしが何か言うこともなく進んでる。
……ほんとは第二回を開催する予定はなかったから後は自主練習! って感じだったんだけど、厨房を追い出されちゃって暇になっちゃったから続きをすることに。
せっかくだからもっと本格的にやろうかなぁ。
一ヶ月くらいならかけても……。
深く思考に沈んでいくわたしとは対照的に、子どもたちの声はどこまでも澄んだ音を響かせていた。
純粋な声だなーなんて、ぽつりと思った。
10/11 誤字修正