42 街外れの孤児院
前回のあらすじ:孤児院の手伝いに誘われた。
孤児院の手伝い。
最低難易度の依頼で、報酬は安く、一日一杯かかり、そもそも荒くれ者が多い冒険者にやりたがるものがいるはずもなく、不人気の代表格みたいなもの、だそうだ。
ただ昼食は孤児院側から提供してくれるらしい。そうたいしたものでもないようだけど。
「たまには他のやつも来たほうがあいつらのためになるかと思ってな。別にどうしてもやってほしいってわけじゃないから断ってもかまわねぇよ」
そんな風に説明を締めくくったカラジャスさんはどこか優しい目つきをしていた。
だけどそれもある意味当然のこと。
なんでもカラジャスさん、その孤児院出身らしい。
お世話になった恩を返すため、最低でも週一で様子を見に行ってるそうだ。
Bランクになった今でも変わらず。
んー。
わたしとしてはカラジャスさんには街を案内してもらった恩もあるし、手伝うのは何も問題ないけど……。
報酬が安いのは今の懐状況を考えると痛いけど、そもそも仕事してお金稼ぎたいっていうのはわたしのわがままだし。カグヤは【瞬間錬成】でも【倉庫】のアイテム群でもぱっと売ってお金稼ぐほうがいいって考えてるみたいだから。
まあひとりで悩んでてもしかたないから、とりあえず意見を聞こう。
「どうする? 依頼受ける?」
いつも通り無表情のカグヤに向き直る。その顔からは今の話を聞いてどう思ったのかはよく分からない。
だけどその声は若干弾んでいる……ような気がした。
「わたしは受けていいと思う」
口調自体はフラットな感じだけど、あれ、カグヤ意外と乗り気?
「街の外に出なくてすむなら安全」
感じた疑問を口に出そうとする前に、カグヤに先を取られる。
アーシュとかからわたしの護衛を頼まれてるのもあってカグヤはこうやって安全面を人一倍気にかけている。昨日のリンドウ戦もわたしが危ない目に遭ったってことで若干騒ぎになったし。
そこまで気を使わなくてもっていうか、カグヤも護衛とかじゃなくて普通に仲間でいいと思うんだけどな。
「悪いけど、わたしはこの依頼受けないでおくわ」
頭の中で昨日の騒ぎを思い出していると、レーシアさんが話しかけてきた。
「子どもの相手は苦手だし、わたしにはあんまりメリットもないから」
たしかにレーシアさんはカラジャスさんと同じBランクで、もっと高額報酬の依頼だって受けられる。そもそもFランクでもそうそう受けない不人気依頼だ。一般的な冒険者としては真っ当な判断だ。
だけど、なんだろう?
どこがおかしいのか分からないけど、今のレーシアさんからは違和感を感じる。
もっともらしい理由をつけて本当の意図を隠しているみたいだ。
「レーシアさん……?」
「わたしは他のことをするけれど、ヤクモちゃんも頑張ってちょうだいね。子どもの相手って結構体力を使うから」
穏やかに微笑むレーシアさんは、立てた人差し指を唇の下に持ってくる。
聞くな、ってことだろうか。
わたしはそっと口を閉じる。
レーシアさんはそんなわたしを満足気に眺めて、カラジャスさんに向き直った。
「あなたも余計なことはしないでね」
「……分かってるよ。あんたには敵いそうにないしな」
後半は呟くような小声で、人の時と比べて耳の良くなった狐耳でぎりぎり聞き取れるかどうかといった音量だった。
「さ、行くわよフリューム。ついてらっしゃい」
わたしの側に控えていた狼さんが、名残惜しげにわたしのほうを見上げた後、一声吠えて外に向けて歩き出したレーシアさんを追いかける。
出口で手を振ってきたレーシアさんに手を振りかえして、そのまま彼女は視界から消えてしまった。
「邪魔者が消えた」
「それは思っても言わないものじゃないかな……」
姿が完全に見えなくなった後ぽつりと零されたカグヤの本音に思わず突っ込む。
二人が仲良くなるのはまだまだ先の話になりそうだ。
「なんだ、あいつとは仲悪いのか?」
やりとりを聞きつけたのかカラジャスさんが訝しげに聞いてくる。
「悪い」
「……わたしはそうでもないけど、カグヤが妙に敵対してるというか」
「ふーん、そうか」
無表情を崩し露骨に嫌そうな顔をするカグヤに多少動揺しながら返すと、カラジャスさんはそこまで気になることでもなかったのか気のない返事をしてきた。
「ま、とりあえず。おまえらは孤児院に来てくれるってことでいいんだな?」
「あ、それは、うん。誠心誠意頑張らせていただきます」
確かめるように聞いてくるカラジャスさんにはっきり返す。
すると彼はにかっと笑った。
「そうか! それは助かる。そうと決まればさっさと行動しようぜ。あいつらも待ってるだろうからな」
● ● ●
孤児院は街の端にあった。
あまりきれいな建物ではないけど、丁寧に補修されていて大切に扱われているのが分かる。敷地も広いし意外といいところじゃないかな。
どこからか子どもの元気な声が聞こえてくる。
穏やかな雰囲気に和んだ気分のままカラジャスさんの後をついて歩く。
正面の門は閉じていた。
「なんだか頑丈そうな門だね」
武骨な黒い門は威圧感を覚える硬い造りで孤児院にはふさわしく思えなかった。
元は別の建物だったのを孤児院に改築したとかかな。だとしてももう少しこの門はなんとかならなかったものか。小さい子とか泣きそう。
「見た目だけだけどな。古い門だから実はぼろぼろなんだ」
苦笑するカラジャスさんはおもむろに息を吸い込むと、
「おーい!! お客さんだぞ、門を開けてくれ!!」
「ふぇっ!?」
突然大声で叫びだした。まるで空気が爆発したかのような音だった。
何も心構えをしてなかったせいで至近距離から直接耳に音が叩きつけられる。
うああ……耳が、耳がきーんってする……。
狐耳になってから小さい音もよく聞き取れるようにはなってたんだけど、近くで大きな音を浴びるとこうなるのか。
大声ってわりと凶器だ。
わたしと同じ目にあったらしいカグヤが鋭い目でカラジャスさんを睨みつける。
よく見ると若干涙目だ。
「耳良い種族の横で。突然の大声はご法度」
「あー……悪い。ついいつもの癖でな」
睨まれたカラジャスさんは気まずそうに目を逸らす。
次からは気をつけてほしい。
「呼び鈴使わないの?」
「いやあ、中で忙しくしてたりすると聞こえないらしくてな。声出したほうが手っ取り早い」
それじゃ何のための呼び鈴か分からないじゃん。
でも子供の世話って大変だろうししかたないところもあるのかな。お客さんが頻繁に来るような場所でもないし。
なんとなく耳鳴りの残っているような気がする頭をゆるゆると振っていると、孤児院の扉が開いて小学校高学年くらいの男の子が出てきた。
「カラジャス兄さんですか? 今日は遅かったですね……と」
小さな外見に反して大人びた雰囲気で話す彼は門のところまで近づいてくると、カラジャスさんの側にいるわたしたちを見て首を傾げる。
「どちら様ですか?」
「お客さんだ、って言ったろ。手伝いに来た冒険者だよ」
「ヤクモです。よろしくね」
「ん。カグヤ」
カラジャスさんの紹介に合わせて簡単に名乗る。
「はじめまして。僕はフィンと言います」
丁寧にお辞儀をして返すフィンくんの様子はだいぶ堂々としている。
……ずいぶんしっかりしてるね。
わたしがこのくらいの頃は幼馴染たちを巻き込んで遊びまくっていただけのような気がする。
「カラジャス兄さんが連れてきた人なら信用できます。今門を開けるので待っていてください」
フィンくんは低い背を懸命に伸ばし鍵を外すと門を開けてくれた。
少し動かしただけで軋み音を立てる門が地味に不気味だった。
「そういやルシアはどうした? いつも門を開けるのはあいつがやってるだろ」
「姉さんは買い出しに行ってます。ついでに普段より遅い兄さんの様子を見に行ったんだと思いますが」
「あー、入れ違ったか」
そっと門を通るわたしの横でカラジャスさんとフィンくんがそんな会話をしていた。
聞き覚えのない名前に興味を惹かれる。
好奇心に駆られて質問をする前に、フィンくんがふと気づいたようにこちらを向いた。
「あ、すいません。ヤクモさんにカグヤさん」
「どうしたの?」
改まって声をかけてくるフィンくん。
「失礼かもしれませんが、フードを外してはいただけないでしょうか? 怪しい風体なのは確かなので……」
「あー……」
そういえばずっとフード被ったままだったね。
被ったままでも視界が狭まったり、暑かったりしないから忘れてた。
……冷静に考えるとおかしいねそれ。魔法効果とかかかってるのかもしれない。
「おいフィン」
「分かってます兄さん。事情があるかもしれませんので無理にとは言いません」
カラジャスさんがきつい目つきで咎めたけど、フィンくんはそれを流してさらりと答える。
別にわたしは外しても構わない。カグヤが被れって言ってるから被ってるだけだし。
まあ被ってたほうが厄介事が起きないだろうっていうのはさすがに認識してるけど……。
カグヤを見ると少し悩む素振りを見せた後に、小さくこくりと頷いた。
外してもいいってこと、かな。
フードを後ろに払う。横目にカグヤも同じことをしてるのが見えた。
「――――」
フードの中で絡んだ髪を軽く直して、フードの位置も整えて。
よし。
「これでいいかな?」
軽く微笑んでフィンくんを見る。
フィンくんは答えない。みるみる顔が赤くなっていく。
あれ?
「おいフィン」
「――――っ! は、はい。もちろん大丈夫です!」
固まっていたフィンくんはカラジャスさんに小突かれてようやく動き出す。
動き出したとはいえ顔は赤いまま、さっきまでと様子が違うフィンくんに心配になる。
「えっと、顔赤いけど……大丈夫?」
「は、はい。もちろん大丈夫です!」
声は元気そうだけど、なんか挙動不審な動きしてる。
さっきまでしっかり前を向いて話してたのに今は俯いちゃってるし。
急にどうしたんだろ?
「問題ない。ヤクモは少し下がって」
「え、でも」
「いいから」
正直納得はしてなかったけどカグヤの声に有無を言わせない響きを感じとって大人しく下がる。
「カラジャス」
「ここで俺に振るか……」
名前を呼ばれたカラジャスさんも一瞬面倒な顔を浮かべたものの大人しく動き、フィンくんを引きずって少し離れたところにいってしまった。
えっと、今どういう状況?
「ん。ヤクモは自覚が足りない」
「ええ?」
カグヤに説明する気はないのかそれっきり口を閉じてしまった。
なにやらフィンくんとカラジャスさんのほうをじっと見ている。
わたしもなんとなく同じほうを見ていたけど、しばらくすると二人とも戻ってきた。
「フィンがここまで動揺するなんて久しぶりだな」
「う、うるさいです。僕だって感情くらいあります。普段は冷静さを心がけているんです」
にやにやしながら話しかけるカラジャスさんと、そこから一歩逃げるように先を歩くフィンくん。
わたしと目が合ってまた顔が赤くなりかけるも咳払いをして立ち直した。
「失礼しました」
「それは別に構わないけど……」
そもそも何が起こったのかよく把握してないし……。
「いやぁ、フィンもそういうのに反応するんだな」
「だからうるさいですって! ……あ、ほらちょうどいいところに! ルシア姉さん、おかえりなさい!」
大声で門のほうに向かって叫ぶフィンくんにつられて、門のほうを見る。
わたしたちのために開けて、まだ閉めていなかった門から入ってきたのは食材の大量に入った袋を抱えた女の子。
純金を溶かし込んだような色の髪。
透き通った青い瞳。
前見たときは腫れ上がっていた頬も今はなんともない。
人形みたいに整った顔をした少女は、わたしたちに気づいたのか足を止める。
――やっぱり間違いない。
「アステルシアさん……?」
フィンくんに姉さんと呼ばれ、食材を抱えて孤児院に入ってきたのは、貴族と名乗ったあの少女だった。
彼女のこと、覚えてます?
30話(通算31話)とその次の話に出てきた彼女ですよ。
本当はもっと早く再登場する予定だったのですが、ずいぶん遅くなりましたね……。